第23話 エリカ=ウォルフローの命名事情
先ほどの場から、さらに進んだか。タンカーは更に姿を大きく見せつけてくる。
おそらく、数分もしない内にタンカーそのものへ入り込むことになるだろう。
「しかしまぁ。敵も居なかったですわねぇ」
「そうだね…おそらく、あいつが居たからだろう」
「締結が?」
「そうそう。彼、沼の中でもそうだったんだけど。事件の事ペラペラ話しちゃうし、任務の事よりも、自分自身が敵と戦える事ばかりを楽しみにしてるぽかったから」
「ああぁ、戦いの邪魔になりそうな人は、あらかじめみーんな追い出しちゃったと?」
「おそらくね」
脳裏に思い返すのは、コンテナが置かれてない広場だ。
最初に見た時は、日中の荷下ろし作業であそこに置く程の荷物が無かったのじゃないだろうか思っていた。が、もっと前から見張っていただろうにあそこで勝負を挑んできた締結といい、戦うために用意したバトルフィールドだったのではないだろうか。
そんなに準備をしていたのだと思うと、今更になってまともに戦わないで倒したことが申し訳なくなってきた。……いや、戦っといえば、戦ったのだが。あの戦いは、自分が死んでてもおかしく無いような攻め方しかできてなかった。
人間を餌にしてる事は許せないけど、ごめん締結。生きてたら生きてたのと驚いたうえで、軽く謝るよ。軽く。
「そういえば、あの死体……もう、死体でいいわよね。かなり切り刻んだような跡が見えましたけど」
「切り傷?」
「ええ。卵未がやったんですよね。足爪でやったのとも違いましたし……どうやって斬ったんです?」
「それなら……えっと、どうだったかな。そう、翼で斬った」
「へぇ、翼で……。ん、翼で?」
エリカは言われた言葉を頭の中で反芻するが、少しして首を傾げる。
振り返って卵未の両肩を掴んで見つめてきた。
「え、卵未、翼で斬れるの!?」
「え、ええぇ?なんか違うの?」
「ハーピーが翼で敵を斬るなんて、そんな能力聞いたことありませんわ。カマキリじゃありませんし」
「かまきっ……もう少し違う例えなかったの?」
「カマキリかっこいいからいいじゃないですか。ふふん」
なぜかエリカは自慢げに言った。まあ、カマキリは卵未も好きだった。庭とかでバッタに紛れて見つかったら、レア発見したというぐらいの、それとない嬉しさはある。カマキリは良いものだ。産卵だけ除けば。
「しかし……本当に不思議ですわねぇ……」
「ハーピーの特有の能力とかじゃ、ないの?」
「たぶん、違うと思いますけど……。吸血とか、金棒とか、沼とか。……各魑魅魍魎の能力と比べると、種族そのものの能力ではないような気がしますわ」
エリカは両手を手刀のように構え、しゅっしゅっと振ってみる。
「例えば考えてみてくださいな。ハーピーがみんな、翼を剣のように振るって、大勢で敵と戦っているのを」
「ハーピーが刀で……」
言われたとおりに想像してみる。
脳裏に浮かぶのは様々な見た目のハーピー達数百匹。それが、西洋の騎士団のような軍勢と向かい合う。
そして、戦いの合図が鳴り響き。騎士陣とハーピー陣の戦いが幕を開ける。
戦いが始まり、ハーピー達はまず足爪で騎士団をさらいあげ……ない!翼を構えると、一気に騎士陣を空から急降下しては斬り捨てていく強襲だ。
「……うん。ハーピーの特有の能力じゃないな」
「でしょう? もしかすると、別の事由来の能力かもしれませんわ」
「別の?」
「ええ、もしかすると……」
エリカがぽんっと手を打ち、近くのコンテナを指さす。
「卵未。ちょっとこのコンテナを斬ってみてくださいな」
「えっ。今!?」
「早く早く。タンカーに着いてからじゃ、きっと試す暇もありませんわ」
「それもそうだけど……わ、分かった」
言われるがままに、卵未は近場のコンテナの前に立つ。
このコンテナ。別に敵の偽装品でもなんでもなく、普通の外国からの輸入品とかだよな……。それを斬るなんて、魑魅境としてどうなんだ?そんな疑問が浮かんだ。
「……ま、まあ。完全に斬らなければ。平気か……?」
エリカが横で目を輝かせて催促するまま、変な納得を自分に効かせ、卵未は翼を振り上げた。
「はぁぁぁぁあああ!!」
シュッと、翼をコンテナに斬り込んだ。
「!……あ、あれ……?」
ぱすっと、以前も聞いたような気がする翼が壁に当たる音。そして翼の先に走る痛み。
おかしいぞと思い、卵未が目を開くと。そこには、表面に傷さえも与えられてないコンテナが変わらず残っていた。
「あらまぁ……」
「そんな、斬れてない!?」
足しか攻撃手段が無い自分に、やっと良い切り札が見つかったと思ったのに。この結果にはショックだった。
「おかしいな…。さっきは斬れたのに」
「やっぱり、ですわねぇ」
うんうんとエリカは頷いた。
「んう、やっぱり?なにか知ってるの?」
「知ってるといいますか。卵未自身、翼で攻撃をするなんて、普段はしてないんでしょう?」
「う、うん。そういう攻撃ができるって。よくよく考えれば……知らなかった」
「つまり。無自覚の攻撃だったというわけですねぇ」
ふふんとエリカは笑う。
「それは、私の妖具みたいな、種族から来ない別の力ですわ」
「!そういうものなのですか?」
とは言ってみた物の、いまいちイメージが付かない。
エリカの織二口は、吸血鬼の能力で無い。いわゆる武器のようなものだ。つまり、装備したりすることで使える武器だ。でも、自分はそんな武器を付けているわけではないし……。
「えっと。つまり、私の潜在能力か何か、っていうことかな?」
「ふふん。そうそう、卵未だからこそできる能力だよ。 そして、その能力の発動条件は……おそらく、感情が高ぶる事!」
そう言って、エリカはびしっと指を指した。
「感情が、高ぶる事……」
そう言われてみると。先ほど締結と戦っていた時は、相手を……酷い言い方をすれば、自分と同じぐらい惨い死に方で殺す事を一心に考えていた。
まさか、そんな歪んだ気持ちで能力が発動するのか……?
「……なんか。そんな理由で出来るようになったのかと思うと……ナーバス…」
「そう?すごいですわよ」
卵未は自分の翼の先をもう一度見直す。
この先に、いったいどんな刃が生えると言うんだろうか……
「……そう言えば、頭に血が上ってた時、翼に血流みたいな、変な流れがどくんどくんって、流れていたような……」
それが、妖力だか魔力だか、生気だか。なにかしらのエネルギーが流れる感覚だったのだろうか。
もう一度、その時の流れの感覚を意識してみる。
だが、いくら力んでも力の流れは感じれず。翼の先に力が籠る感覚もなかった。
「ふぅ……だめだ。感情が高ぶらないと、駄目みたい」
「ふふん。それでしたら」
そう言って、エリカは翼を手に取る。
「せっかく、強そうな技の可能性が出てきたんですし。その内、いつでも使えるようになりましたら、嬉しいですわね」
またもふふんと笑い、期待の入り混じった微笑みを見せた。
「……う、うん。そうだね……」
余りにも狂気的な中で、凶行じみた方法の為に使えた技だった。だが、きっかけはそうであったとしても、今後普通の戦いで使えるようになれば。変に不気味と拒絶しなくてもいいのかもしれない。
そう思うと、未知の力に期待を持てるような気がした。
「さて、それでですけど」
再び歩き出そうとした卵未に、背後からエリカが呼び止める。
「え、なに?」
「せっかくですし。その未知の技に名前でも付けておきましょうか」
「……はいっ!?」
修得さえしてないのに、命名のお誘いがやって来た。
「ちょ、ちょっと待って。名前つけるの?」
「ええ。 不思議な気を操って使う攻撃でしょう?でしたら、もう名前を付けてあげた方が、良いと思いますの」
「そうは言っても、まだ身に着けても無いし……」
「名前を付けておけば。いざ使う時に技の形をイメージできるはずですわ」
エリカはぴょんっと間合いを取って、目を閉じる。
「例えば……
声をあげ、首元からマントに掛けて血が流れる。その血に呼応するように大きな獣の両手が現れ。コンテナを掴む。
エリカは仁王立ちしてその光景を眺める。目の前では、背中のマントから跳びだした獣の巨大な腕が、コンテナを軽々しく持ち上げていた。
「このとおり。私も妖具に名前をつけてからというものの、シンパシーが深まったのか、以前よりもさらに強力に、そして呼び出しやすくなりましたわ」
「効果、あるんだ……」
卵未はコンテナを見る。
たしかに、名前を付けた効果が目に見えるほど出ているようだった。
しかし、ここでふと疑問が浮かぶ。
「……えっ、ちょっと待って。今、わたくしが名前を付けたって言った?」
「?ええ、言いましたわ」
「それ、貰った妖具とかじゃないの?自分で名前を付けたの!?」
「イエスですわ」
「イエスですわって…」
エリカはコンテナを地面に降ろすと、呼び出した手をマントに引き下がらせる。
「このマントは、私が実家をとびだした時に一緒に持って来ちゃったんですけどねぇ……名前知らなくて」
「……だったら、せめて実家の方の国の名前付けなよ……」
つまるところ、その身一つとマントで日本に流れてきたものの。異郷の地で知り合いも居なく、心細くて。心細くなって、持ち物に名前を付けた、という事になる。
そう考えると。急にミステリアスな先輩から。なにか身近なお姉さんにランクが変わったような。そんな気がした。
「なるほど……」
「漢字って、便利なんですわよねぇ……文字一つ一つが、それだけで幾らかの意味を含んでいますから。いくつか漢字を並べると、それだけで意味を持っていそうになるといいますか」
「それは、否定できない……」
「なので、ここは私が付けてあげましょう!」
エリカはびしっと卵未の翼を指して、ふふんと笑う。
「!エリカが付けてくれるんだ」
「ええ。そうですねぇ……そうだ!」
しばらく思案した後に、ぽんっと手を叩いた。
「思いが高ぶったら翼が刃物のように使える武器……名付けて、
「そ、
織二口よりも、直球なネーミングだった。
だが、変に難解にしないでそのまんまだからこそ、そこまで否定する理由も無い。
エリカは、外国出身だろうが。漢字に関してはとてもシンプルなネーミングセンスをしているようだった。
「……まあ、良いと思う」
「ふふん。でしょう、でしょう!? やっぱり名前を付けるときは、漢字ですわ……!」
「…………」
これ以上、ネーミングアイデアの副案をお願いしようとすると、漢字が意味の形を失い、
だから、卵未はゆっくりと頷いた。
「良い名前だよ。ありがとう、エリカ」
「ふふん。卵未は、早く使えるようになってくださいね!」
そうして、二人は再び歩き出す。
タンカーはどんどん近づいていき、とうとう、目の前にまで来た。
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