第3話 アウトサイド達の本部

 グールたちの遺体を、マンホールに詰め込んでから。雨が降って来た。

 卯未とエリカはその場を去り、ビルの並ぶ街並みを更に下にして、雨雲すれすれを飛んでいた。


「なあ、さっきの死体…。あんな乱暴な方法でいいのか?」

「いいのよ、そっから先は痕跡回収班の仕事なのだから」


 エリカはそっけなくそう言い返す。

 荒っぽいな、さっきの戦い方と重なり、心の中でそう呟いた。

 その時、ピカッと空が光った。


「ひゃあぁっ!!」


 すると、エリカが大げさに声を上げ、なんと羽を羽ばたくのをやめて落下し始めた。


「なっ!?」


 先ほどの振舞からして、いきなり不意を突かれてしまった。

 卯末は慌てて落下していくエリカの後を追う。

あともう少しで、並ぶビル群の屋上にぶつかりそうになったところでエリカのマントを掴めた。


「ひゃあぁ…」


 腰の部分から、かぎ爪によって吊るされぶらぶらと揺れるエリカ。

 卯末も、そのまま再び雨雲近くへと戻り、ふぅっと一息をついた。


「びっくりした…。もう少し、気の強い性格だと思ったんだけど」

「な、なによ。怖いものだってありますわ!」


 エリカは、腕をぶんぶん振り回してキーっと抗議してくる。

 実際意外だった。吸血鬼は生まれた者によって弱点が違い、それによって生活できる場も違ったりすると、事前に上司に言われたりした。

 だが、雨が平気そうなんで安心していれば、雷が苦手と来るなんて思わなかった。

 まあ、雷とまで来てしまえば、人間どころかある程度の魑魅魍魎にも効きそうなもんではある。


「はぁ…」


 正直、この吸血鬼は荒っぽすぎて、自分は苦手だ。卯未はそう思った。

 グールの不意打ちを助けてくれたのと、落下しかけたエリカを助けたので、お互いに助け合ったって事で、帳消しになるかな。なんてことを考える。

 ただでさえ、先者さきものは苦手なんだ。

人間に近しい生き方に戻りたい自分よりも、人間に化ける事が得意で。そのうえで、魑魅魍魎である事の方に誇りを持つ。根本的に、憧れるものが違っていた。


「……そろそろ、本部だ」

「えっ、本当? ん、んもう。なら自分で飛ぶわ!ありがとう!」


 目的地が近いと知るや否や、エリカは取りつくように自分で飛び始めた。

 二人が進む先。そこには、立ち並ぶビル群の中で特にぼろぼろで古びた高層ビルがあった。






 屋上に着地し、中へ入る階段を降りるとそのまま暗い廊下を進んでいく。


「卯未とエリカ。ただいま帰還しましたー」


 屋上から入り込んだビル内部は、外見の雰囲気とはうって変わって、綺麗であった。

外のみてくれは、廃墟であるという事を見せかけるダミーである。魑魅境ちみさかいの本部であるという事は隠されているのだ。


「んー…?居ないな、浮絵さんー?」


 大きな羽を口許に添え声をかけるが、返事は返ってこない。

 魑魅境拠点ビル屋上からの入り口は、この廊下が受付みたいに機能しているはずだった。

 事実、廊下の壁際には、普通のビルの一階にありそうな受付カウンターが設置されている。

 出迎えてくれるはずの人は、そこにも廊下の先にも見えなかった。


「居ないのかな…」


 卯未がポツリと呟いていると、エリカはあたりをきょろきょろと見回す。

 すると、近くの壁に振り返って。


「見っけ!」


 と、突然壁に跳び込んだかと思うと、ドンっと手を押し当てた。


「ひゃあっ!」


 その瞬間、エリカが押し当てた壁から女性の悲鳴が聞こえた。

 卵未もぎょっとしてそちらの方に振り向く。


「あ、あっはっは。いやぁエリカにはばれちゃうかー…」


 軽い笑い声が、エリカの押し当てた手の辺りから聞こえる。

すると、エリカの正面の壁に、徐々に人の形が浮かび上がって来た。

 驚いたという仕草なばかりに両手の平を見せた状態で手の横に添えて、引き腰の姿。その恰好は、受付嬢のようなスーツ姿だった。


「透明人間さんに、帰ってくるたびに驚かされたらねぇ。分かるわよ」

「あはっ、それは残念」


 そう言って、姿の浮き上がって来た女性。浮絵うきえは笑った。

 浮絵。彼女はこの魑魅境本部ビル、屋上入り口の受付嬢だ。

そして、後者あとものの透明人間でもある。


「そこに居たんですね…。えっと、壁ドン?」

「卯未ちゃんおっかえりー!いやー、姿隠しても、慣れてきちゃた人にはみんなされちゃうのよー。こまったわー」

「だって、驚かすんですもの。一本取りたくなっちゃうわ」


 エリカは、またも自慢げにふふんと笑った。

 卯未にとって、浮絵は魑魅境に入ってから親しくしてくれる先輩の一人だ。同じ後天的に蘇生する形で、人以外の何かしらの魑魅魍魎に生まれ変わった後者あとものだ。

 先輩として卵未に優しく接してくれて、この組織でひとまずやっていける働き方を教えてくれる。

 だが、誰にも優しく接する人でもあり。正直、目の前の先者さきものであるエリカにも、優しくするのだから。卯未は不思議で仕方が無かった。

 先者なんて、それこそ、本当の魑魅魍魎で、危険だ。

 感覚的な部分でも、人間から離れている。いつ何をするのか分からない相手だ。

 卯未は、そう思うと目の前の光景も、いつ何が起きるのか分からない不気味なものに見えた。


「…えっと。浮絵さん。指示で出されていた。グールの人間社会干渉事案。無事解決しました」

「それは良かったわ!私は戦いが苦手だから。二人が頑張ってくれて、本当に助かるわー」

「そ、それではこれで」


 卯未は、取り繕うようにお辞儀をすると、足早に廊下を進んでいった。


「あ、卯未ちゃん!」

「…はい?」


 浮絵が卵未を呼び止めると、追記の事を伝える。


「帰ってきてばかりで申し訳ないけどー。休んだら、リーダーが話があるってー。5時頃に、部屋に来てってー」

「5時…。分かりましたー」


 卯未は翼を振ると、そのまま下の階へと降りて行った。

 卯未は、カチャっ、カチャッと、階段に鳴り響く自分の鳥の爪の足音を聞きながら、物思いにふける。

 頭の中で乱反射するのは、先ほどのエリカの冒涜的な戦い方。雷で慌てて落下しだしたエリカの姿。

 複数の顔が乱反射して、やがて最後に思い出すのは。雨が降る霧がかった森で起き上がる、自分の姿。

 背の高い木々の屋根を見ながら、ゆっくりと自分の変わり果てた大きな翼を見た時の、あの気持ち。

 ああなったのは。帰れなくなったのは。そう思い返して、首を振り、壁に腕を振るう。

 打撲音は響かず、パスンッという翼の当たる音だけが鳴った。

 こうなったのは、先者さきものが居たからだ。仲良くなんてできない。

 卯未は涙目を拭って、心臓に杭を刺すように思い入れた。

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