エピローグ

第44話 魑魅境のハーピー

 ドッペルゲンガーの利園校正による、本物の利園への復讐を願ったドッペルゲンガー成り代わり計画は幕を閉じた。

 それから数日程が経ち、鬼島は銀母食堂の一席で浮絵から事件の経過報告を受けていた。


「すまないね、浮絵君。食事をしながら報告とは」

「いいんですよ鬼島さん。ここだと、リラックスしながら伝えれますので」


 浮絵はテーブルの上にいくらかの資料を広げ、鬼島リーダーの方に向きを変えつつ報告し始める。


「世間的には、今回の事件は利園貿易会社のタンカー星握爆発事故という事になりました。当時石油も積んでおらず、不可解な爆発として世間では話題になりましたが……利園社長を始めとした社員たちが死亡として発表。社内で役職交代もあると思いますが…それよりも、本物の利園が秘匿していた魑魅魍魎関係の密輸品類が、騒ぎの種になりそうです」

「なるほどね……。本物さんは、厄介な地雷を残したものだよ、こちらの方で回収する事になるだろうねぇ…」

「ええ。そして、生存したドッペルゲンガー達なのですが。利園の死亡によって、事実上の解散です」


 浮絵は資料の一つを手に取る。そこに書かれているのはこの町の地図だ。


「こちらは、本人スパムの噂時に使っていた資料なのですが。事件終了後、街の中で撤退を始めるドッペルゲンガー達を追跡調査してみました。結果、卯未ちゃんから伝えられていた、いくつかの生気搾取場の場所が分かりました」

「それは朗報だね」

「その内の幾らかは、破棄され、犠牲者たちの救助が出来たのですが……いくつかは、まだ成り代わりを諦めないと言って、残党が稼働させているようです」

「まだ動いているところがあるのか……」


 鬼島はため息をつく。この事件は、相手の下準備が根深かった事もあってか、目に見えないところでの傷は多い。

 生気搾取場の運用も、タンクへの供給の為だった。そのタンクが無くなった今となれば……浮絵が言った破棄の後の撤退、その中にも……捉えていた人間を保管しておく必要も無くなったと、成り代わった者も居るかもしれない。

 今は、とにかく残る残党と、ドッペルゲンガー達の活動によって変貌した部分の全貌を把握する事に集中した方がいい。


「ふむ……調べてくれてありがとう、浮絵君。今後も事件に関わったドッペルゲンガー達のその後追跡と、残党の討伐で動こう」

「はい、かしこまりました。討伐の方は、お二人に動いてもらいましょうか」


 二人、そう聞いて鬼島はその二人の姿が思い浮かんだ。


「そうだね。彼女達も回復してきたからね」


 鬼島は、安心したように頷いた。






 その日の夜、空に月明かりが出る中、少女がビルの屋上の淵に座り眺めていた。

 少女は、時刻も遅くなり人も居なくなった街道を目にする。かつて、あの街道を普通に歩くことも出来なくなった自分の姿を、呪った事があった。

 自分の姿への嫌悪は、大きな憎悪に変わり、無作為に敵を睨んでいた事があった。

 懐かしい。そうとさえ感じれる事に、少し驚いた。


「卯未ー」


 ふと、背後で声を掛けられた。

 振り返ってみれば、満月を背に、にこにこと微笑んでいる吸血鬼が居る。


「エリカ!」


 卯未は、エリカの姿を認めると、嬉しそうに手を振った。

 卯未もエリカもあの後、仲間たちの船に救出され、しばらくは病室での療養生活だった。いつもの任務の場にこうして二人そろう事が出来ただけでも、とても嬉しい。


「ふふ、卯未。下の町を見てたの?」

「うん、突入時刻までもう少し時間があるから」


 卯未がそう言うと、エリカも卯未と一緒に腰かけた。


「……ねえ、卯未は、今も人間に戻りたいって、思ってる?」


 ぽつりと、エリカが卯未に質問をする。


「へ?」

「私もね、卯未の昔の事知りたくて、浮絵に聞いちゃったのよ。お互いさまってね」

「浮絵さん……。まあ、同じ事したか……」


 この場に浮絵が隠れていたら、それだけで彼女の高笑いが聞こえそうな気がした。


「……いや、今は思わないや」

「そうなの?」

「戻りたかったってより……右も左も、分からないものばかりで怖かっただけだったのかも。だから、ここに放り込んだ分からない者が怖くて……そいつと同じ存在は、みんな化け物だと思ってさ……」


 卯未はふぅっと息をつく。


「でも違った。そりゃ私を喰い殺した奴は許せないさ。でもそれ以上に、怯えてた私を見守ってくれた人が、怖がらなくていいんだよって、立ち直らせてくれた」

「! ……ふ、ふふん? 堂々と言われると照れますわね」

「そうかな? エリカは名前の通り、誰かを助けてくれる」

「? 名前の通り?」


 エリカがきょとんとした顔で首を傾げる。


「エリカって花だよ。 日本でよく咲いている方のエリカの花は、違う意味があるんだ。『希望』とか『幸運』だってさ」

「! …そっか、そういう意味もあったのね……」


 エリカは少し目を細めて微笑み、空を見上げた。


「……ふふ、今までの何が変わるってわけでもないけどね。そう言ってもらえるなら、色々あった分だけ、この先だけでも良い方向に変えていこうって思える気がするわ」

「それでいいと思うよ。私も、ハーピーとして魑魅境として。エリカと一緒に頑張っていくよ」


 卯未も空を見上げ、そして翼を広げだした。


「そろそろ時間だ。今日も一緒に頑張ろう、エリカ」

「ええ。私も頑張っていきますわよ!」


 お互い強く頷くと、夜空に向かって飛び立った。

 二人は同じ気持ちで魑魅境の任務に立ち向かっていく。今の在り方が似合っているなと、お互い思った。


おしまい

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ハーピーは街道に似合わない 斉木 明天 @konatucity

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