ハーピーは街道に似合わない

斉木 明天

プロローグ

第1話 街中のハーピー

 自分がハーピーになってから、数週間後ぐらいの事だろうか。


 私は何を未練がましく思ったのか、店に入ることはできなくても表通りぐらいなら今まで通り歩けるだろうと。

 車の音に人の喧騒が騒がしくも温かみさえ感じれる、あの道に出たことがあった。


 ぶかぶかのコートに、ダサいダボダボのハカマ。

 できる限り素肌が見えないよう変装してから、表通りに出てみた。


 結果は。まあ、歩くことそのものはうまくいった。


 けれど、一直線の商店通りを歩き終えたところで、自分自身が、隠さなくてはいけないことの塊であることに気が付いた。

 そこに居る事自体が、馬鹿らしくなった。






「それで? 鳥の生まれはなんでしたかしら?」


 ビルの屋上で、人が居なくなった深夜の商店通りを見ていると、隣に来た女性が声を掛けてきた。

 顔を向けてみれば、そこには真っ白で生気の無い肌には似合わない、自身に満ちた笑顔をしているゴスロリ姿の女性が居た。

 その背中からは、まるで好奇心旺盛な尻尾のようにはためいているコウモリの翼があった。

 初めて見る顔だが、彼女は吸血鬼のようだ。


「私は、の方よ」


 自分は口をへの字に曲げ、また下の町に目線を向ける。


「ふふん、じゃあ私は二つの意味で先輩ね?」


 吸血鬼は、腰に手を当て翼を大きく広げ、自慢げに笑う。

 先輩といえばまあ、先輩なんだろう。だが、生まれ方の違いに、先輩もなんもあったもんじゃない。笑えない冗談だ。

 言葉を返すのもやめて、仕事の話に移った。


「それよりも、ターゲットは?」

「む…腐った、美味しくなさそうな連中ですわ」

「美味しくない?」

「つまり、グールよ。人の目を盗んでは、食べる、荒らすの繰り返し」


 何をつまらなく思ったのか、ぴょんっと跳び、私の横にドサッと腰を掛けてくる。

 ちょっとでもすねると、すぐに振る舞いが崩れるタイプのようだ。


「それはまあ、許せない奴らだな。倒さなくちゃ」

「もう、これからチーム組むのに素っ気ないですわねぇ」


 不貞腐れた顔で、吸血鬼は言葉を続ける。


「貴方は、何かできる後者あとものですの?」


 顔を寄せてくる吸血鬼は、話題が浮かんだのが嬉しいのか、目を輝かせて見てくる。

 苦手だ、正直同じ組織じゃなかったら、先者さきものだけはどうしても無理だ。

 それでも答えが返ってくるのを期待するように、羽がさらにせわしなくはためいてるのが見える。

 その時、下の方でガシャンとガラスが割れる音がした。


 二人してハッと下を見てみると。

 向かいのビルの1階に並んでいるバーガー店のガラスが割れていた。

 その中から、四つんばいの獣が飛び出てくる。

 その獣は、ただれた皮膚に犬のようにひん曲がった顔の形をしたゾンビに見える。

 俗に言う、人が変じた怪物。グールだった。


「…先者さきものも揃って、隙突かれたね」


 隣の吸血鬼が青ざめて立ち上がる。


「あーっ!? 盗られてる!!? ああぁ、こんなはずじゃー!!」


 自分も立ち上がり、吸血鬼に顔を向ける。


「お互いやっちゃったね…。お互い様、って事で」


 そう言って、自分はビルから飛び。下へ向かって急降下しだした。


「後で、一緒に叱られよう!」

「あ、ちょっと!!」


 吸血鬼も遅れて、ビルを飛び降り、後に続いた。


 下から押し上げてくる風に、羽を後ろへ細めて速度を増す。

 獲物を狙う鵜のように、眼下肉を頬張るグールに向かう。

 グールは、風切り音に気づいたらしく、こちらを見上げた。だが、もう遅い。


「うおぉぉぉぉ!!!!」


 私は、勢いが付くと。羽を背中側で下へ仰ぎ、そのまま全身を前周りに回転させ、足を先端にした。

 鋭い鳥のゴツゴツとした爪を開き、飛び蹴りの構えでグールを襲う。

 グールは避けようと傾くが。それも間に合わない、自分の爪がグールの腹をえぐりこんだ。

 骨がべきべきと折れる音が響き、グールが地面に沈む。

 地面にヒビが割れ、グールは仰向けに埋まり、血反吐を吐いた。

 その末路を少し眺めるが、すぐに顔を上げることになる。

 店内から、もう一体のグールが飛び出し、カギ爪を自分に振りかぶってきたのだ。

 すかさず、自分は翼を前に盾のように構える。

 翼は自分の全身を覆い、グールから見て、自分をすべて覆い隠した。

 グールは金切り声をあげて、そのまま爪を振り下ろす。

 しかし、グールのその爪はふわりと何の感触も味あわず、空ぶることになった。闘牛士のマントの要領だ。

 自分の身体が爪の軌道上から抜け出したところで、グールは相手が消えたように錯覚したらしく驚いている。


 一旦間合いを取る。両腕を羽ばたかせ、後ろに飛んだ。

 周囲を見渡せば、ビルの裏路地と思われる隙間から、グールが4体。ビルの中から更に3体。目の前に1体と。合計8体のグールが目の前に立ちはばかっていた。

 両腕の翼を構え、私は声をあげる。


「私は、ハーピーの卯未うみ! 魑魅境ちみさかいとして、討つ!!」


 その瞬間、グール達がこちらに向かい走りだしてきた。

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