第2話 高飛車な先輩吸血鬼

 卯未は飛びかかってくるグールたちのカギ爪を、宙へ飛び上がる事で避けた。

その直後、バッと翼を広げると、勢いよく宙を滑空する。そのまま目の前のグールに足の爪を斬り込む。

 一人。卯未はこの体は好きではなかったが、こんな動きができるのだけは気に入っていた。

 着地してみて振り返ってみれば、こちらの一撃を受けたグールは、地面に倒れ動かなくなっていた。

 この体になってから、もう一年近くは経っているんだ。心が付いていかなくても、それなりに馴染んできてしまっているようだった。

 なんとも、悔しいことだ。


「ちょっとあなた! 何止まってますの!」


 ふと、頭上から甲高い如何にも高飛車なお嬢様と言わんばかりの声が聞こえてきた。

 卯未が見上げて見れば、出遅れた吸血鬼が飛び込んできていた。


「えいっ!」


 卵未の背後に着地したかと思うと、自分のマントを前に翻した。

 その次の瞬間。4体のグールの爪が吸血鬼のマントに突き刺さった。

 しまった、物思いに浸りすぎていた。自分に迫ってくる敵にも気づかないなんて。そう卯未は悔やんだ。


「貴女ねぇ。なに考え込んでるのか分からないけど、後者あとものでも大怪我はするのですよ?」


 眉を潜めて吸血鬼は言ってくる。

 また後者あとものって言った!その言葉は、ただでさえ自分がハーピーになったというのにとどめを刺すような嫌な響きだった。


「まぁ、ここは先者さきものの私に任せなさいな。わたくし、先輩なんですもの!」


 自慢げに吸血鬼は言う。

 そう言ってる間に、今しがた吸血鬼に攻撃してきたグール4体が攻撃を仕掛けてきそうだ。


「……ん?」


 だが、グールたちが更に攻撃をしてくる様子が無い。

 いや、それどころじゃない、爪を抜こうにもマントから手を離せないようだ。

 驚き、必死に抜こうとしているが、それでも抜けない。


「あらあら、抜けませんの?」


 くすくすと笑う吸血鬼。

 そう、卯未の方からは見えないが、グールたちが今しがた刺したばかりの爪は、真っ黒なマントに刺さると。まるで沼にはまったかのように、その暗がりに半分ほど埋まり込んでしまい、抜けなくなっているのだ。


「あらあらー。ざーんねん。それじゃあ、いただきます♪」


 いただきます?鮮度がなさそうなこいつらを食べるのか?

 卯未はそんなことを一瞬思ったが。その直後、吸血鬼のマントから突然、

グール4匹を覆う巨大な顎は、そのまま、マントから抜け出せないでいる4匹を丸ごと噛みちぎってしまった。


「うわっ!?」


 にこやかな吸血鬼が見せつけた、突然の捕食行為に、思わず卵未は悲鳴をあげてしまった。

 なんという人間離れなやりようか。先者のすることは、あまりにもぶっ飛んでいた。


「んー…おえっ、やっぱり、美味しくないわねぇ…」


 小言を言うと、吸血鬼はふわりと宙に浮きあがる。

 その時、ビルの中から出て来ていた3匹のグールが。怒鳴り声を上げながらこちらに走って来ていた。

 自分が倒した1体、吸血鬼が倒した4体。残りの3体だ。


「仲間意識かしら?…いや、可哀そうですけれど。自我を保てなかった後者あともの達ですわよね…」


 ふと、そこまで先輩っぽく活き込んでいた吸血鬼だったが、寂しそうな表情を見せた。

 しかし、すぐにふふんと口癖のように笑うと、自信に満ちた表情でグールたちを睨む。

 今度は、グールたちがこちらに近寄ってくる前にマントを前に翻す。

 そして、吸血鬼の黒マントの表面が、ゴポゴポとおぞましく脈動し始める。


「楽にしてあげますわ。お仲間さん達の骨と肉はー…。うん、捏ね終えたわ。あとは、構えてー…」

「あ、あんた。何を?」

「ファイヤー!」


 吸血鬼がそう叫ぶと、黒マントの表面から目にも止まらない速度で、何かが発射された。それらは、まるでマシンガンのようにグールたちに降り注ぐ。

 その場からでも感じるほどの地響きに、血しぶき。グールたちの悲鳴も聞こえたが、それもすぐにマシンガンの騒音にかき消されてしまった。


「…ふふ、おーわり」


 吸血鬼はそう言うと、再び地面に着地した。

 今のはなんだ?体内に重火器でも隠し持っているのか?


「あ、貴女?」

「ん?」

「今、いったいなにを撃ったの?銃?」


 吸血鬼はきょとんとした顔で卯未を見る。


「あー、今のはね?さっきグールさん食べたじゃない?その肉と骨をかき混ぜて、弾にして撃ったの」

「肉と…!?」


 聞かなきゃ良かった。卯未は聞いてしまった後で後悔した。

 余りにもずれている。生まれが人間じゃないからだろうか、そんな冒涜的な事を平然とやってのけてしまうなんて。

 最初に一緒に任務をするよう言われてから。この先者さきものの吸血鬼にはいまいち慣れなかった。

 だが、こんな事をされてしまっては。こんな捕食の仕方を人間相手にもやってしまうんじゃないかと、想像がよぎってしまう。


「ああ、そうそう。まだ貴女に名前を言ってませんでしたわね」


 ふふんと笑って吸血鬼が口を開く。


「私は、先者さきものの吸血鬼。エリカ=ウォルフローと言いますわ。代々吸血鬼として生きる、由緒正しき吸血鬼ですの」


 そう言った吸血鬼、エリカは握手をしようと手を差し伸べてくる。

 握手…。握手?

 使

 卵未は、おもわずため息をついてしまった。


「はぁ……」

「むぅ…なんですの、その態度は」


 エリカは分かりやすく口をへの字に曲げた。

 卵未は、うんざりとした様子で顔を少し上げる。すると、その直後卵未はエリカの方に向かって飛び掛かった。


「えっ?きゃっ!!」


 卵未の突然の動きに、不意を突かれたエリカは思わずしりもちをついてしまう。

 その真上を、卵未は通り過ぎていった。

 その背後へと飛んでいき、卵未は足のかぎ爪を広げて、


「なっ…!」


 エリカは驚きの声を上げた。


「油断しちゃ駄目なんて。貴女もじゃないか」


 卯未は呆れたとため息をつき。地面に倒れ伏したグールの頭から、かぎ爪を引き抜いた。


「私も。自己紹介が遅れました。私は、なんて名前じゃありません。ハーピーの卯未うみです」


 元人間だから、後者あとものですねと。卯未はうんざり気に付け足した。

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