第26話 貴女を信じている

 エリカは卵未が階段を上り終え廊下に戻って来たのを見計らうと、扉を閉じた。

 ふうっと、お互いにため息をつく。

 部屋の床に散らばってる程度の量でも、あれだけの芸当が出来てしまうほどの液体だ。もしそれが、六つはあったほどのタンクに並々と溜められている事が分かった今、ため息の一つでも付きたくなるもんだった。


「……こうしてる場合じゃないね。上へ、行こう」

「そうですわね。早く、このタンカー自体の計画も知りませんと」


 二人は上へ向かった。

 あれだけの沼を、このタンカーと共にどう扱うのか。それを知り、本部へと情報を持ち帰る使命が二人にはあるのだ。

 卵未とエリカは、そのまま上の階を目指す。艦橋は4階建て。そのどこかに、ドッペルゲンガー側の計画をまとめた資料室があるはずだ。そう思いながら、2階まで登りあがる。

 まずここからだ。卵未はそっと廊下を覗きこんだ。


「これは……」


 見て見れば、奥まで長い廊下にいくつもの扉が無数に並んでいた。

 その一つ一つに、何の部屋かと看板が掛けられている。おそらく、その大半がクルー部屋なのだろうが、その場から看板の文字を読み取る事ができず、断定もまたできなかった。


「参ったな…。ここからじゃ、看板が読めない」

「あらまぁ…」


 こっそりと息を潜めつつ、廊下を忍び歩くか? いや、そんなこと卵未の身体じゃ不合理なのは明らかだ。

 いつ誰が出てくるかも分からない部屋群、コンクリートの上でもそれなりに音を立ててしまう足爪。タンカー内の環境のことごとくが、卵未とミスマッチしている。

 任務中は、いらないと言った手前。エリカが作ってあげようかと言ってくれていた、ハーピー用の靴が愛おしく感じれるぐらいだ。


「……まてよ」


 靴の話を思い出して、卵未は後ろを振り返った。

 そこには、手すりに腰掛けて卵未をきょとんとした顔で眺めているエリカが居た。

 そうだ、パートナーとしてエリカがここに居た。彼女なら、ばれることなく廊下内を散策できるのではないだろうか?

 あの時、姿を見せるまでトラックの運転手にばれる事の無かった霧。音も姿も見せない、逸品の能力だ。


「どうしたのかしら、卵未」


 エリカが何かと説いてくる。

 だが、その時。自分の中で脳裏に言葉が反射した。


『先者に協力を願うの?』


 今まで喋ってこなかったのに。煽り立てるような嫌な声だ。


『相手は野蛮な先者だよ?お前を喰い、今も多くの人間を餌にしている純粋な怪物達の仲間だ。おまえだって最初に組めって言われた時、絶対に嫌だと叫んだじゃないか』


 その声は、自分自身の声だった。そんな事が頭に浮かぶなんて。自分自身が考えて頭の中で言ってるなんて、思いたくなかった。

 卵未は、自分の心の中に目線を逸らす。そして、思案した後に、もう一度心に向かって言った。


『エリカがどんな人か、知らないで言ってただけだ。 今は違う、エリカは自分のパートナーだ』


 そう言って振り切り。卵未はエリカに耳打ちをする。


「エリカ。頼みたい事がある」

「頼みたい事?」

「この間、霧になる能力を見せてくれたでしょ。あれで、廊下のそれぞれの部屋の名前を確認してくれ」

「ふむふむ……。良いアイデアね、ふふん、任せなさいな」


 エリカは、腕をまくるような仕草をすると、徐々に体を透かして霧に変わっていった。

 良かった、答えてくれた。ありがとうエリカ。卵未は心をぬぐうように感謝をした。

 霧になったエリカはそのまま廊下へと流れていく。 照明に照らされても多少の揺らぎしか見えないほどに薄くなったエリカの霧は、それぞれの扉の前を眺めながら奥まで進んでいく。

 やがて奥で折り返してきて、卵未の居る階段までも戻ってくると、廊下から死角の階段途中で姿を戻した。


「資料室はなかったけど、成功よ、卵未! この階は全部確認できたわ」

「凄いよエリカ! ありがとう、助かる」


 卵未の言葉に、エリカは親指を立ててまたもふふんと笑った。

 これなら、資料室がどこにあるか探すことができる。

 さっそく、卵未とエリカは次の階へと昇っていく。


「エリカ。もう一度お願い」

「ふふん、任せて」


 当然と言った具合に、エリカは答えまたも霧になり廊下を渡る。

 そして、しばらく廊下を回ったところで、エリカが戻って来た。


「どうだった?」

「当たりよ、卵未! 資料室があった!」

「!ほんと!?」

「ええ、今扉開けるから。急いで来て」


 そう言って、エリカは再び霧になり廊下へと飛んでいく。

 霧は資料室の中へと入り込んでいき、それから中から扉が開いた。扉からはエリカらしい幼い少女の手が伸び、手招きをしてくる。

 その合図を受けると、卵未はあまり時間をかけないようにそそくさと廊下を渡り、開いた扉に入った。


「ふうっ……」

「ほら、見ての通りよ」


 卵未は息を整え、部屋の中を見る。

 するとそこは。橙色の柔らかい照明の元、ホワイトボードにデスク。そして、なにかしらの資料がいくつも積まれた部屋になっていた。

 ホワイトボードには、タンカーと思われる絵と、この辺りの海や町を描いた簡略的な図が描かれていた。

 ここが、計画を練っていた部屋のようだ。

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