第10話 自他境の崩壊する音
「……近しい、穢れ者?何をしに来た」
目の前の苛立たし気な人間もどきは、明確な敵意を持って問いただす。
卵未もエリカも答えようなんて気は無い。ただ同じく敵意を持って質問を上乗せする。
「そちらこそ何が目的だ。ドッペルゲンガーと見えるが、大勢をさらって何をする気だ」
質問を聞くと、ドッペルゲンガーは乾いた下品な高笑いを上げ室内を揺らす。顔を戻せば、にやにやといやらしい笑みを投げかけてくる。
「!あらまぁ…」
沼の異変にエリカが気づいたようで、小さく驚きの声をあげる。
卵未も目を向けて見れば、沼からさらに泥人形のような影が十数体起き上がっている。
どれもが頭から泥が崩れ落ちる。その下から現れる顔は、やはり沼の中で苦しんでいる人間達と同じ顔だった。
「こんなに…」
「驚きましたわ、ドッペルゲンガーが徒党を組むなんて。本人スパムの噂も、成り代わりだったからこそかしら?」
関心してエリカは問う。それを聴いたドッペルゲンガーは、またも下品に乾いた笑いを挙げる。
「はは、うあははは、あっはっはっは。まさに、その通りだ」
ドッペルゲンガーはポケットをまさぐり、スマホを取り出す。
恐らく、本人スパムのうわさで出ていた、盗難品の物だろうと想像がつく。
だが、もういらんとばかりに。沼に沈みかけている人間に向かって放り投げ捨てた。
「我々は、いわば彼ら自身だ。同じ顔、同じ体、そして、同じ記憶。我々が居ること自体が、個人情報の流出足りえる。自分自身の記憶を元に脅すことぐらい。とても容易い」
「……そんな事してさらってまで、何をしたいんだ?」
「そりゃあ、正体分かってんなら分かるだろう? 成り代わるんさ」
ドッペルゲンガーは自分の足元に転がる、死に掛けの同じ顔を踏みながら笑う。
「確実が欲しいんだよ。我々はただの恐怖の思い出で終わりたくなどない。人間に成り代わって、人間らしい生き方を得られるという確実さが欲しいのだ」
そこには、這い上がる方法の中でも醜悪な形、貪欲な略奪の意が溢れてる。
記憶してた都市伝説と違う。卵未はそう感じる。
ドッペルゲンガー。それは、都市伝説の一種みたいなものである。世の中には、自分と同じ顔のなにかが住み着いており、それとばったり顔を合わせてしまった時が命の危機。見てからすぐに、偽物よりも先に『お前は俺だ』と告げてやらねば、存在を乗っ取られ、成り代わられてしまうという都市伝説だ。
「何かが、変わったようだな……」
聞いていた伝承によれば、一対一で蝕んでくる恐怖がこの怪物であったはずである。しかし噂に反して、大勢で見合った量の人間を捕まえているようだ。
しかも、それだけではない。ドッペルゲンガーが現れてきたこの沼、成り代わる為にこんなやり方が必要には思えない。
沈んでいる人々も、成り代わられるどころか、生きながらえたまま
ちゅぅ、ちゅうと。沼に触れてしまっている肌から、何かが吸われ続けている。それこそが生気であり、世にも珍しいドッペルゲンガーの捕食行為だ。
「変ですわねぇ。ドッペルゲンガーがそんな風に野心を抱くなんて。何かありましたの?」
「そんな事よりも」
卵未は歯を噛みしめ、再び敵意の目を溢れさせる。
「こんな事をするのはよせ。言葉が通じるなら、話し合いで済ませたい。人間達を開放し、元の生活にっ戻れ」
「戻れと言っても。その人たち、人間の人生を奪う恐怖を与えるっていうのが、存在意義ですけどねぇ」
卵未の真剣な目に、ドッペルゲンガーは噴き出し笑いを見せる。
「ああ、そう。そうだねぇ。我々は、奪われるかもしれない、そんな恐怖を与える為の存在」
「存在」「その通りだ」「怖い思いを味合わせる事が、生きがい」
無言を貫いていた。沼に散らばるドッペルゲンガー達も、小さく笑い声をあげる。
その姿は気味が悪いものだ。相手を見下してる、嘲笑の笑いではない。まるで自分の人生を呪うかのような、自分自身を皮肉るような、乾いた笑いの合唱であった。
「怖がらせる事だけが、生きがいであった。怖がらせるだけ怖がらせて、その後に、成り代わった人生なんて、得られなかった!!」
突然、最初のドッペルゲンガーが絶叫をあげた。
床に沈む人間を強く踏み抜き、沼に沈める。
「なっ!?」
「我々の人生なんて、この泥溜まりに噴き出す、泥泡みたいなもんだ!!生まれるだけ生まれて、羨ましがるだけ羨ましがって、最後には、たった一つの言葉で消えていく!!なんの喜びの無い人生だ!!」
散々足元の人間を踏み沈め、凶事に反応が遅れてしまった卵未に目を向ける。
「我々の見た目も、記憶も人間のそれだ!!なのに、なのになのになのに!!なんでこれだけ人間のふりをしても、人間の人生を得られない!!」
「!!」
怒り狂って、纏まりが無く叫ばれた言葉。
その言葉に、卵未は声を失った。
脳裏によみがえるのは、1年ほど前。表の街道を歩いた自分の姿。
人間のふりをいくらしても。そうでもしないと、人間に混ざれない。人間の人生を得られない。
叫ばれたばかりの言葉が、いったい誰が叫んだ言葉だったのか、頭の中で叫んだ姿が混ざってしまった。
「はぁ、はぁ……!もう、遅いんだよ」
肩で息をするドッペルゲンガーの周りに、またも不定形な触手が浮き出る。
「変わらない日々を続けていた我々が、変わる事もできるんだと、教えてくれる同胞が居た。我々は、もう人間に成り代わる事だってできるんだと、理解した!」
「あ、えっ……ま、待て、教えてくれた同胞って、なんだ!」
自分の脳の空白に飲み込まれないよう、卵未は言葉に疑問を投げかける。
「どうでもいい!邪魔なお前らは、とっと死ぬがいい!!」
その疑問に、ドッペルゲンガーは答えなかった。
「かかれっ!!」
その声を皮切りに、部屋の中のドッペルゲンガー、十数体が一斉に駆け出した。
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