神本書店へ


 神本書店に着くと、桐谷くんは当たり前のように店内に入る。あたしも彼に続いて店の中に入る。すると、当然のように桐谷くんがカウンターに座っていた。

 彼は、カウンターの下に置いていた収納箱を引っ張り出した。


「え、ちょ……っ! それ、おじいちゃんのっ!」

「大丈夫だ、創さんからはちゃんと許可をもらってる」


 桐谷くんが当然のように言う。


「え、いつ……?」

「創さんが、病院に入院してた時」


 おじいちゃんは天国に行く数ヶ月前から、病気で入院してた。そのときってことは、桐谷くんもお見舞いに来たことがあったってこと!?


「全然、病院で会わなかったじゃん」

「そりゃ、創さんが嫌がったからな。まだその時じゃないって」

「その時じゃ、ない……?」


 桐谷くんは、収納箱から一冊の分厚い本を引っ張り出しながら言う。


「そう。……あの時はまだ、お前とオレを引き合わせたくなかったんだろうさ」

「なんで」

「創さんが魔法使いで、オレがその弟子だって言ったら、あの時お前は信じたか」


 あの時っていうのはきっと、おじいちゃんが入院していた時。その時、おじいちゃんが桐谷くんが言ったことを話してくれていたとしたら。わたしは、信じてただろうか。


「……多分、答えはノーだ」


 桐谷くんはきっぱり言う。


「創さんがもうこの世にいないからこそ。信じたいと思うんだ」


 その言葉に、わたしも否定ができなかった。たしかに、おじいちゃんが生きている間だったら多分信じてなかった。今は、もうおじいちゃんはいない。そしてお店もなくなろうとしている。

 だから、普通なら信じられないようなことを今わたしは、信じようとしている。


「そう……だね。その通りだと思う」


 わたしが認めると、桐谷くんは少しだけ拍子抜けしたような顔をする。


「あっさり認めるんだな」

「だって、こんなことで争ったって仕方ないもん」

「それは、そうだな」


 桐谷くんは言って、引っ張り出した本をわたしに見せた。


「これが、創さんが愛用していた魔法使いの本だ」


 わたしは思わず、桐谷くんの方へ走り寄って本を観察する。その本は、今までの人生の中で見たどの本よりも分厚かった。


 空色のきれいな布表紙。まるで、晴れの日の青空の色を、そのままここに落とし込んだみたい。


「この本で、創さんは物語を作っていた」


 この本で。わたしは桐谷くんから本を受け取る。それから、表紙を開いて、ぱらぱらとページをめくってみた。


「……あのさ」

「うん」

「……わたしの心がにごってるのかな、全部白紙なんだけど」


 心が汚れている人には見えなくて、きれいな人には見える、そんなアイテム。確か、世界の名作か何かで見た記憶がある。わたしが声を絞り出して言うと、桐谷くんは頷く。


「うん、今は白紙だよ」

「え」


 わたし、桐谷くんを見る。桐谷くんは肩をすくめてみせる。


「当たり前じゃないか、物語は今、作られてないんだから」


 そういうことは、先に言ってほしかったかな!!



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