書店員見習い四日目

変わり始める日常

 次の日。学校に着くなり加奈子が、わたしの手をぶんぶん握りしめて振り回した。


「聞いて聞いて!」

「うん、聞く聞く! 聞くから手を放してえええ」


 それを聞いて、加奈子はわたしの手を放す。それから、とっても嬉しそうな顔で言った。


「あのね、良平が親に話したの」

「え、学校でのことを?」


 わたしが聞くと、加奈子は何度も頷く。


「そう。あと、昨日の二人組が家まで迎えに来てくれて、一緒に学校行った」

「ほんとに!?」


 さおりちゃんと、宅くんだ。


「良平、あの二人組と同じく、ゆめと桐谷くんが作ってくれた本を抱えて登校していった。親も良平が相談してくれたことだから相当のことだろうって、学校に電話入れてくれてるみたい」

「うまく……行くといいね」

「うん。うまく行くかはまだ分かんないけど。でも、ゆめのおかげ。ゆめと桐谷くんが良平の気持ちを変えてくれてなかったら、この変化はなかった。ありがとう」

「困った時は、お互い様だよ。わたしだって、いっぱい加奈子に助けられたし」


 友達ができなくて困っていたわたしに声をかけてくれたのは、加奈子だった。幼稚園の時から、この付き合いは続いている。彼女がいなかったら、今頃わたしは、一人ぼっちで学校生活を過ごしていたかもしれない。


「桐谷くんもありがとねっ」


 加奈子は斜め後ろの席の桐谷くんに声をかける。わたしも彼の方を振り返る。彼は、空色の本とペンで何かを書いていた。わたしはあわてて、自分の赤い本を広げる。


「え、なになに、桐谷くんと秘密の交換日記でもしてるワケ?」


 加奈子が小声で、でもにやっと笑って聞いてくる。わたしも小声で答える。


「違うよ。信じてもらえないかもしれないけど、これ、魔法の本でさ、桐谷くんの本に書き込まれた内容がこっちにも映るようになってるの」

「ゆめの言う事だから信じるよー。ってえ、何それ、超便利じゃん!」


 授業中とかに使ったらすっごく楽しそう! そう言う加奈子の様子を見ていたら、ページに桐谷くんからの書き込みが現れた。


「騒ぐな、静かにしろ。そして授業中にそんなことをして誰かに見られたらどうするんだよって書いてあるよ」


 わたしの言葉に、加奈子は、にししっと笑う。


「ばれないようにやるのがミソじゃん」

「まあそうだね」


 そう言っていると、別の文字が浮かび上がってくる。


『それと、礼には及ばない』

「えー、お礼は言うよ、常識だもん」


 加奈子がぷうと頬をふくらませる。


「ねえ、返事書かなくてもいいの」


 加奈子の言葉に、わたしは首を横に振る。


「加奈子の声、でかいからわざわざ書かなくても、桐谷くんに聞こえてる」

「えーそうなのー、書いてみたかったんだけどなぁ」

「それに、このペンは私の言う事しか聞かないから」

「残念ー」


 その時だった。ふとした違和感に気づいたのは。


「あれ……?」

「どうしたの」

「桐谷くんと話しても、怒られない……」

「え……、あ!」


 加奈子とわたし、松平さんの席を見る。でも誰もいない。そもそもランドセルもかかってないし、もしかして今日、松平さん学校に来てないのかな。


「松平さん、たしか今まで休んだことなかった気がするよね。桐谷くんの姿を一日でも見逃したくないって感じだったから」


 加奈子が言う。そんな桐谷くん大好きな松平さんがお休みだなんて。昨日の桐谷くんの言葉に相当、ショックを受けたのかな。


 わたしと加奈子が松平さんの欠席の理由について議論していると、黒いフリフリワンピースが目に入った。教室前のドアに立っているのは黒松さんだ。桐谷くんが走って黒松さんと話に行く。彼は黒松さんと数分話した後、席へと戻ってきた。本のページに、文字が新たに浮かび上がってきた。


『今日 放課後 校門前集合』

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