書店員見習い二日目

学校でのトラブル?

 次の日の朝早く。


「ゆめー、加奈子ちゃんが迎えに来てくれてるわよー」


 お母さんの声で目覚めたわたし。え、加奈子が迎えに来た!? あわてて目覚まし時計を確認する。えー、ただいまの時間、七時五十分。

 そして現在のわたしの状況。パジャマ姿。朝ごはんもまだ。顔も洗ってない。ああ、これは終わった……。

 わたしはがっくりと肩をおとした。でも、落ち込んでる場合じゃない。そして、まだ諦めるのも、早い。わたしは自分の部屋の窓から外にいる加奈子に声をかけた。


「ごめん、先に行ってて!」

「え、ゆめ、まだパジャマ!?」

「そう! 多分ギリギリになるから! 先に行ってて」


 わたしの言葉を聞いて、加奈子はわたしに手を振って家から、はなれていく。よし、さっそく着替えにとりかかろう。

 そう思った時だった。さっき加奈子がいた場所に今度は別の誰かが立っていることに気づいたの。あのすらっとした背にさらさらの黒髪は……!


「桐谷くん!?」


 わたしが声をかけると、桐谷くんがうちを見上げて、そしてわたしと目が合った。彼は、わたしを見ると顔をしかめて言う。


「オイオイ、まだパジャマかよ……」

「そうだよ。何か用」

「色々報告したいことがあったんだけど……」

「今ムリ! また後で学校で聞く!」


 わたしが窓は開けたままで大声で叫ぶと、桐谷くんの大声が返ってくる。


「それで、本当に間に合うのか!? 間に合わないのなら、ちょっとした仕掛けはしといてやるけど!」


 仕掛け!? 何それ気になる!


「そもそも、桐谷くんがホウキで空を飛べれば学校までひとっとびなのに!」


 あたしが文句を言うと、桐谷くんの怒った声が聞こえる。


「だから昨日言ったろ、オレは高所恐怖症なの! そもそも人に頼ろうとするなっ」


 そこで急にぱったり、桐谷くんの声が聞こえなくなった。ちらっと外を見ると、桐谷くんの姿はもうない。あ、学校に行っちゃったのかな。わたしも急がないと!


 わたしが校内に入ったのは、ちょうど朝の会の始まりを告げるチャイムが鳴り始めた時だった。まずい、先生に怒られる!


 自分の教室の前に来た時、廊下と教室をつなぐ窓から、桐谷くんと目があった。彼は先生の目を盗みながら、昨日使った空色の本をたたいてみせる。どうやら、桐谷くんに何かいい考えがあるみたい。わたしは、ランドセルの中からある意味で桐谷くんとおそろいの、赤色の本を取り出した。

 この本が昨日、桐谷くんの本に書かれた内容をこちらにも映してくれるのは見たもんね。もしかしたら、メッセージのやりとりとかも、できるのかな。そう思っていたら、本のページから、桐谷くんの本と同じような空色のインクで文字が浮かび上がってる。


『十分間だけ、お前がいるように見える魔法を先生にかけた。長くは持たない。なんとか教室に入って自分の席に座れ』


 え、桐谷くんそんなことできるの!? わたしは感心したけれど、そんなことをしてる場合じゃない。教室の時計は、八時三十九分になろうとしていた。時間がない。


 わたしは音をたてないように、教室に入ろうとした。幸い今日は、教室に入るドアは開いている。でもこのまま入って行ったら、先生に気づかれちゃう。どうしよう。


「先生、昨日の宿題を集めないんですか」


 すると、教室から桐谷くんの声が聞こえてきた。桐谷くん、ナイス。


「ああそうでしたね。それじゃ、みんな教卓の上に出してください」


 先生の指示が出て、みんなが一斉に立ち上がる音がした。今だ! わたしは、しゃがんだ状態でそっと教室に入った。そしてそのままランドセルを自分の席に置いて、すっと立ち上がる。

 となりの席の加奈子は、突然現れたわたしにおどろいたみたい。でも、何も言わなかった。わたしはそのまま、宿題を前に出しに行く。それから何事もなかったように、自分の席に座ったんだ。

 桐谷くんの席を振り返ると、彼は肩をすくめてみせた。あとでお礼、言わなくちゃ。


 休み時間になると、加奈子がわたしに言った。


「いつの間に教室に入ってきたの? まったく気づかなかった」

「うん、ちょっとね」


 わたしは言って、桐谷くんの席へ向かう。彼は自分の席で本を読んでいた。わたしが近づいても、彼は本から顔を上げようともしなかった。視線を本に落としたままで、彼はわたしにしか聞こえないくらいの声で言う。


「……いいのか」

「え」

「……学校でオレに話しかけるってことは、オレとお前が何らかの関係があるって周りに思われてもかまわないってことだぞ」

「え。だって、桐谷くんはわたしの友達でしょ。これから一緒に本屋を救ってもらう、大切な仲間じゃん」


 わたしが小声で返事をする。すると、桐谷くんはため息をつく。


「だけど、オレとお前の関係を、よく思わないやつもいるかもしれないだろ」

「桐谷くんの考えすぎでしょ」

「……それならいいけどな」


 桐谷くんは、顔をゆがめた。それからまだ本に視線をやったまま言う。


「悪いけど、今いいところなんだ。話なら、学校が終わった後でな」


 何よ、冷たいなぁ。わたしは自分の席に戻ろうとした。だけど、もう一度桐谷くんのところに戻る。


「今度は何だ」

「ありがとう」

「は?」

「さっき、助けてくれて」


 それだけ言うと、今度こそわたしは自分の席に戻った。加奈子が不思議そうな顔をして、わたしに言った。


「桐谷くんに、何か用だったの」

「うん、ちょっと」


 さっきと同じ言葉を加奈子に言うと、彼女は顔をしかめて言った。


「桐谷くんに近づくのなら、気をつけなよ」

「え、何を」


 わたしが首をかしげると、加奈子が両手をヒラヒラさせてみせる。


「まったく。ゆめは本当に、気づかないんだから」

「え、だから何に」

松平まつだいら菜緒なおちゃん知ってるでしょ」

「うん、知ってるけど……。それが、どうかした?」


 松平菜緒ちゃん。このクラスのリーダー的存在で、ファッションリーダーでもある。いつも学校で禁止されているファッション雑誌を持ってきて、休み時間になると、仲良しの女子たちで集まって眺めてきゃっきゃしてるのは知ってた。


「松平さん、桐谷くんのことが好きなんだよ。だから彼に近づく女子をすごく注意して見てるの」


 それを聞いたら、あとはわたしだって加奈子が何を言おうとしてるか分かる。あまり学校で桐谷くんに近づきすぎると、松平さんグループを敵に回すってことだ。それはまずい。元々そんなによくない、わたしの学校での立場がさらに危うくなる。


「うん、加奈子が言いたいことは分かった。忠告ありがとう、気をつける」

「そうした方がいいよ」


 加奈子のポニーテールがゆれたとき、チャイムが鳴った。そっと松平さんグループの方を見ると、わたしの方をじっと見ていた。こ、こわっ!


 放課後。わたしは帰る準備をしていた。桐谷くんは先に帰ってしまった。『神本書店』にいるといいんだけど……。

 そんなことを考えていると、わたしの上に影がかかった。見上げると、松平さんが立っていた。彼女は雑誌に載ってるブランドものの服を見せつけるように、腰に手をあてて立っていた。


「神本さん、今日、桐谷くんと何か話してたよね。何を話してたの」


 きた。たった一回しか話してないのに。わたしは、心臓の動きが早くなってるのを感じた。気分も悪くなってくる。


「あ、えっと……えっとね……」


 言葉がうまく出てこない。口をぱくぱくさせてるわたしに向かって、松平さんは鼻をならした。


「神本さんって、いっつもそんな感じだよね。全然、会話ができない」

「ごめん……」


 そう。わたし、人見知りなんだ。ふだんあまり話さない人から声をかけられると、しどろもどろしちゃう。担任の先生や学校の先生の質問とかにも、すらすら答えられないことが多いんだよね。


「ま、そういう人だから、桐谷くんを好きになったところで問題はないけど。でも、彼の周りをうろつかないでよね、迷惑だから」


 言うだけ言うと、松平さんはさっさと教室から出て行った。残されたわたしは、ぎゅっと、机でこぶしを握りしめるしかなかった。何にも言い返せなかった自分が、とても嫌だった。


 とぼとぼと学校の門を出た時。門の横から、声をかけられた。


「……遅い」


 わたしが振り返ると、そこには桐谷くんが立っていた。


「え、もしかして待っててくれたの」

「仕方なくだからな、別に待ってたわけじゃない」


 桐谷くんはそっけない。だけど本を手に持っていることや、門に立てかけたリュックサックで分かる。もうずいぶん、ここで待っていてくれたみたいだ。


「ごめん、ありがとう」

「本当は、松平が通ると厄介だから迷ったんだけどな。アイツらのグループが帰るのを待ってから、ここで待ってた」


 結局、待ってたって言っちゃってるじゃん。そう言いそうになりながら、やめた。


「ありがとう」

「……。何か言われたんじゃないか、松平から」


 そう桐谷くんに言われて分かった。そっか、桐谷くんはこうなることが分かってたから、あえて学校ではわたしに話しかけないようにしてくれてたんだ。


「ごめん、桐谷くんの優しさに気づかなかった」

「別に、そんなつもりで言ったわけじゃねーけど」


 そう言ってから、彼はにやりと笑う。


「まったく、空気の読めないやつは困るぜ」

「はいはい、ごめんって」


 桐谷くんを見ているとさっきの松平さんとのことを気にしてるのがバカらしくなった。


「ホラ行くぞ。次のお客さんが来ているかもしれない」

「そうだね」


 わたしたちは、並んで歩き始めた。


 


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