親友の相談ごと

 放課後。桐谷くんはさっさと帰ってしまった。校門で待ってくれてるかなぁとぼんやり考えていたら、加奈子がわたしに遠慮がちに声をかけてくる。


「ゆめ、あのさ、相談したいことがあるの」


 一瞬、桐谷くんや神本書店のことが頭に浮かんだ。でも、親友が相談したいことがあるって言うんだから、まずはその話を聞かないとと思う。


「ここで聞いて大丈夫?」


 わたしが聞くと、加奈子は頷いた。教室にはもうわたしたち以外に誰もいない。


「あのさ、あたしが最近先生によく呼び出しくらってるの、気づいてる?」

「あ、うん。どうしてかなとは思ったけど、聞いていいことなのか分からなくて……」


 わたしがそう言うと、加奈子は笑った。


「聞いてくれていいに決まってるじゃん。あ、あたしのこと心配してくれてるんだって思ってうれしくなるもん」


 あ、なんだ聞いてよかったんだ。わたしは安心した。


「でね、あたしが先生に呼び出しをくらっている理由なんだけどさ。弟のことなんだよね」

「加奈子の弟……」

「そう。あたしの弟、問題児でさ、家でも学校でも態度が悪くてね。学校の先生も困ってるみたいなんだよね。といっても、あたしに言われても困るんだけどさ」


 最近、加奈子が先生に呼び出されていたのは弟さんについて家での様子を尋ねられたり、弟さんの学校での態度について注意されていたかららしい。


「うち、母さんも父さんも仕事ばっかりでほとんど家にいないからさ、三者面談とかしたくても、できないんだろうね」


 それで、お姉さんである加奈子に言うんだ。


「でもそんなの、加奈子がどうにかできる問題じゃないのに……」

「そう、それなんだよねぇ」


 加奈子が顔をしかめる。


「それでさ、『神本書店』の力を貸してほしいんだよ」

「え、加奈子、『神本書店』のこと、知ってるの」


 この前、桐谷くんが言ってた。『神本書店は普通の人には見つけられない』って。だから神本書店を知っているのは、一度お店に来たことがある人か、今現在悩みがある人だけだって。


「ずいぶん昔、一度あたしがお世話になったことがあるんだよ」


 加奈子が言って、胸を張る。そういえばこの前、わたしが加奈子に神本書店がなくなるかもしれないって話をしたとき、加奈子は本気で心配してくれてた。あれは一度、うちの本屋に来たことがあったからだったんだ。


「おじいちゃんは、もういないけど……」

「いないけど、最近はゆめが、物語書いてるじゃん。だからゆめになんとか、弟の考え方を変えるような物語を作ってもらえないかと思って。正直なところあたし、弟が何を考えてんのか、全然分かんないしさ」


 わたしは、少しだけ考えた。でも親友の頼みだもん、断るわけにはいかない。


「わたしで問題が解決できるかどうかは分からないけど、精いっぱいお手伝いするよ。神本書店に、弟さんを連れてきてくれるかな」

「ありがと、ゆめ! 今日、絶対連れて行く」


 加奈子は言うと、急いで教室から飛び出していった。わたしもあわてて教室を出て、校門を出た。急いで神本書店に行かないと、先に加奈子たちが書店に着いちゃうと思ったから。


「……遅い。今度は何をしてたんだよ」

「ぎゃあああっ」


 校門を出ると、ちょっと苛立たし気な声がした。そうだ、忘れてた。


「ぎゃああとはなんだ、失礼な」


 桐谷くんが本をぱたんと閉じて、大きなためいきをつく。


「だから、待っててくれるなら、そう言ってよ!」

「じゃあ、今言った」

「いや、言ってないけど! でも分かった明日からは急ぐようにする!」

「それでいい」


 そう会話したあと、桐谷くんはあらぬ方向を向いて言った。


「……ごめん」

「え」

「もしオレが余計なことを言ったせいで、松平との関係が悪化してたら、ごめん」


 桐谷くんが謝った! わたしはおどろいてしまう。でもすぐに言う。


「ううん、桐谷くんに助けてもらえて、嬉しかった。それにあの後からは、何もないし」


 そう。桐谷くんが女子たちに一喝したあの休み時間以降、松平さんとそのグループは、わたしや加奈子たちに近づいてこなかったんだ。


「それなら、よかった」


 桐谷くんがすごく安心した表情をする。わたしはそんな彼の背中をばんと叩いた。


「桐谷くんが心配するなんて、らしくないよ。ほらほら行くよ、加奈子が来るから」

「らしくないって失礼だな!? ……で、なんで瀬川が来るんだよ」

「弟さんがちょっとした問題児なんだってさ」


 わたしが走り出しながら言うと、桐谷くんは後ろでぶーぶー文句を言う。


「えー。問題児を助けるのかー、気が乗らないなぁ。そもそもちゃんと話聞けるのか」

「問題児になるにいたった何か理由があるかもしれないでしょ、会ってもいないのに決めつけないのー」

「はいはい、やるだけやってみましょーねー」


 わたしたちは、冗談を言い合いながら、それなりに楽しく『神本書店』へ向かった。



 


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