三人目のお客さん

 神本書店の店内には、すでにお客さんがいた。


「あ、宅くんにさおりちゃん!」


 わたしの最初のお客さんである、『眠り姫の大冒険』の物語を作ったさおりちゃんと、二人目のお客さんで『旅する郵便屋さん』の物語を作った宅くんがいた。


「お兄さんお姉さんこんにちはー」

「あ、こんにちは」


 二人は、わたしたちで作った本を今日も持ってきていた。


「あ、二人にわたしたいものがあるんだー」


 昨日の夜から今日にかけて、二人のために作った物語たち。これをわたしてあげよう。そう思ったら、桐谷くんがわたしのランドセルの中から本を取り出していた。


「おー、桐谷くん、さっすがわたしの相棒!」

「頼りない相棒持って、こっちはなかなかしんどいけどな」


 毒舌をはきながら、桐谷くんが自分の本とわたしの本を並べる。すると、二冊の本が空へと舞い上がって、お空でごっつんこ。それを何度か繰り返してたら、たくさんの本が生まれた。


 自分の本を手元に置いて、わたしは宅くんとさおりちゃんに言った。


「新しい物語、作ってみたんだー。よかったら読んでみて」

「新しい物語! ほんと! 読む読む!」

「郵便屋さんの新しい話もあるんか! おおきにおおきに!」


 二人は一冊ずつをそれぞれで、時には二人仲良く一冊の本を読み始めた。それをわたしと桐谷くんはほほえましく見守る。物語を書いてる最中に、タイトルも書いておいたから、今日は改めてタイトルを言う必要はなかったみたい。


 二人のお客さんの相手をしていたら、お店のドアが開く音がした。そして、加奈子とおそらく加奈子の弟らしき男の子がやってきた。


「あ、良平くんだー」

「瀬川くん、こんにちは」


 男の子を見て、二人のお客さんがあいさつをする。なんだ、ここも知り合いなのね。わたしが内心喜んでいたら。


「……」


 良平くんと呼ばれた加奈子の弟さんは、無表情で無言だった。かわりに、加奈子が二人の前にかがんで言った。


「ごめんね、愛想がなくって。良平のこと、これからもよろしくね」

「うん」

「まかせて」


 加奈子の言葉に、さおりちゃんと宅くんが答えた。その時、初めて良平くんが声を発した。


「余計なこと言うなよ! 誰とも仲良くする気なんて、ないんだから!」


 強い口調だった。思わず、みんな黙ってしまう。わたしは、ゆっくりと良平くんに近寄ると、彼の目の高さまで屈んだ。彼は、さっとわたしから目をそらす。


「……仲良くしたくないって気持ちは、本心なのかな」

「そうだよ」

「ほんとに?」


 聞き返すわたしの方を、良平くんは見てくれない。桐谷くんを振り返ると、彼は両手を肩口まで上げてヒラヒラさせる。お手上げのようだ。仕方ない、別の方法を考えよう。わたしは、さおりちゃんと宅くんにターゲットを変えた。


「さおりちゃんと宅くんは良平くんと同じクラスなのかな」

「うん、そうだよ」


 さおりちゃんが答えてくれる。さおりちゃんは言葉を続ける。


「良平くんは、運動がよくできるんだよ。サッカーとか、野球とか」

「へー」

「それにね、女の子にもモテるんだよ」

「あー、確かに。かっこいいもんね」

「え、おれはおれは!?」

「はい、宅くんは割り込んでこない」


 わたしたちが会話している様子を、良平くんは何も言わずに見ていた。桐谷くんは、空色の本を開いて、メモをとりながら加奈子と話をしている。わたしも自分の赤色の本のページを開く。


 先にメモを取り始めた桐谷くんの言葉がページに映りこんでいる。


『最近急に態度が悪くなり始めた』『前までよく遊びに来ていた男の子が急に、遊びに来なくなった』などと書いてある。


「最近はね、いつも一人で過ごしてるの」


 さおりちゃんが小声でわたしに教えてくれる。


「前までは、いつも一緒に行動してた男の子がいたんだけど……」

「うるさいっ! 何も言うなって言ってるだろ!!」


 良平くんが大声で言う。


「どうせ誰も、僕の気持ちなんてわかりっこない」


 そんな彼の胸。そこにそれはあった。『キモチのわたあめ』だ。わたしはすかさず、もう本棚に立てかけっぱなしになっているあみで、わたあめをキャッチする。今回のわたあめは、今までで一番青い色。


「ちょ、何するんだよ!」

「ごめんって!」


 説明するより先に謝っちゃうわたし。ささっと、つかまえたわたあめを、ビンにつめて桐谷くんにわたす。桐谷くんは、わたあめを混ぜながら言った。


「今回の場合だと、わたあめから考えた方がおそらく早い!」

「だよね。聞き出す方が時間かかりそうだし、怒鳴られるのはごめんだし!」


 桐谷くんは頷くと、わたあめを混ぜながら言葉をつむぐ。


「キモチのわたあめ、ココロのキモチ、シャボン玉にあらわせ」


 その言葉が終わるとすぐ、わたあめは液体になり始める。


「桐谷くん、いい感じに液体になったよー。ちなみにわたあめは、青色だよー」


 もう聞かれる前に言っちゃおうとわたし。桐谷くんは頷いて、シャボン玉を作る時の筒に液体を吸わせて、思いっきり吹いた。


 浮かび上がるシャボン玉。わたしは急いでシャボン玉に近づいた。シャボン玉に映っていたのは、二人の男の子。一人は良平くんで間違いない。もう一人は……――、さおりちゃんが言ってた、『いつも一緒に行動していた男の子』かな。


 男の子と良平くんは、とても仲がよさそうだった。楽しそうに会話して笑いあっていた。彼らはずっと友達だと約束していた。

 ある日のこと。男の子は、良平くんに言った。好きな女の子ができたのだと。良平くんは笑顔で、応援すると言った。場面が切り替わって別の場所。そこで、男の子は良平くんに言った。


『あの子、良平のことが好きなんだってさ。ほんと、ありえないよな』


 それから、男の子の様子が変わった。良平くんを無視するようになった。そして、わざと何か悪いことをして、その責任を良平くんに押し付けるようになった。彼は良平くんに言った。


『裏切ったお前が悪いんだぞ』


 そこでシャボン玉が割れた。良平くんの声が響く。


『じゃあ僕はいったい、どうしたらよかったの。どうしたら嫌われなくて済んだの』


「……」

「……」


 桐谷くんとわたしは、しばらく無言だった。これは……、とても難しい。こんな心に傷を負った彼が今、読みたい物語っていったいどんな物語だろう。一生懸命考える。


「あ……」


 しばらくして、わたしの本に二つのイラストが描かれた。一つは、仲良く手をつないでいるネコとイヌの絵。そしてもう一つは、他の動物たちいっぱいに囲まれた、イヌと手をつないでいたネコの絵。


 その絵を見て、わたしは書くべき物語が決まった。ペンを握りしめて、本のページの間に手を置く。そして、断片的に思いつくイメージを一つひとつ、ゆっくりとつなぎ合わせながら、物語を言葉にしていく。


『その世界では、たくさんの動物たちが暮らしていました……』



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