松平さんの言霊

 また別の休み時間。わたしは、せっせと物語を書き続けていた。その時は、加奈子が先生に呼ばれていて、いなかった。わたしは一人で、桐谷くんにもらった本や、別のノートを使い分けながら、どんどん物語を書いていく。


 今までより、物語を作るスピードが速くなっていることを自分で感じる。それに、今までなら一つの物語を書き始めてる間に、別の物語のアイデアが出てきて、前書いていた物語を途中で書くのを辞めてしまったということが結構あった。新しいアイデアが出てきて、こっちの方がいい作品になりそうだからと言い訳して、完結させるだけの力が私の中になかったんだと反省する。

 でも今は違う。物語をきちんと完結させてから次の物語に進むことができる。まさか、『神本書店』でお客さんのためにお客さんのための物語を作ることで、ここまで自分の作品作りにも変化が起きるとは、思ってなかったよね。


 物語を書き進めていたら、いくつもの影がわたしの前にやってきた。さすがに、加奈子じゃないな、と思って顔を上げて私は言葉を失った。

 そこに立っていたのは、松平菜緒ちゃんと、そのグループの女子たち。え、今日は桐谷くんと学校ではお話一回もしてないんだけど!?


 わたしがびっくりしていると、松平さんはわたしを見て言った。


「何書いてんの」


 そう聞かれて、わたしはどもる。本当のことを言うべきかな、と迷っている間に、他の女子たちがわたしのノートを見て、ざわつき始める。


「え、神本さんこれ、物語?」

「うそー、物語書いてんの。へぇー」


 なんだか、とってつけたような言葉。わたしも、仕方なくへらっと笑って答える。


「え、えっと。……うん」

「でもこの物語ー、なんか似たような話読んだことあるなー。もしかして、パクり?」


 松平さんが大声で言う。そんなに大きな声で言わなくても。教室中の視線が、わたしたちの方へ集まる。すると、一緒にいた女子たちも口々に言い始める。


「あー、確かにあの話に似てるかも。キャラクターとかも」

「でも、本物に比べたら文章下手だし、いいんじゃない」


 勝手に女子たちが話し出す。それを聞きながら、わたしの心はずきっと痛んだ。一生懸命、考えて書いたんだけどな。どこか、やっぱり好きな作品とかに似てたかな。文章も頑張って作ってるつもりだけど、やっぱり下手かな。

 考えるのがつらくなって教室から出ようと思ったけど、ノートや本を置いたままで出て行くのも嫌だし……と思っていたら、ばんっと大きな音がした。


 わたしや松平さんが音のした方を振り返る。音を出したのは、桐谷くんだった。彼は、すっごく冷たい目をしてこちらを見ていた。一瞬わたしをにらんでるのかなと思ったけど、どうやら違ったみたいで。


「……松平、お前、そういうやつだったのな」

「え……」


 さっきまですごく勝ち誇ったような顔をしてわたしの作品を見ていた彼女の表情が一変した。


「だって神本さんの物語、全然面白くないし、パクりだし……」

「面白くない、パクり。……内容を読まなくても言える言葉だな」


 そう言われて、松平さんの顔が曇る。


「第一、本当にお前が読んで面白くなかったからってそれをそんなに大声で伝える必要、あるか? こいつの作品を今以上に、いい作品にしたくって言ってやるのなら、具体的にどう変えたら面白くなるか、伝えてやるべきだしな」


 桐谷くん、今日はいつになく言葉が多い。


「人が一生懸命頑張ってるところをそうやってけなす奴、オレは許せねー」


 そう言うと、桐谷くんは肩をいからせて教室から出て行った。それとほぼ入れ替わりに、加奈子が教室に入ってくる。彼女はどこか、落ち込んだ顔をしていた。だけど、松平さんとその女子グループがわたしの周りに集まってるのを見て、表情が一気に変わる。


「ちょっと! ゆめに何の用よ! あたしの親友に何かしたら、絶対許さないんだからっ」


 そう言って、松平さんのグループを追い返してくれる。元々桐谷くんの態度で教室の空気が変わっていただけに、彼女たちはすぐに帰っていった。何より、松平さんがだいぶショックを受けてたみたいだし。


「大丈夫だった? ごめん、あたしがいない間に……」


 これからは絶対はなれないからと息巻く加奈子。ポニーテールが大きく揺れる。わたしは、片手をヒラヒラさせて笑う。


「大丈夫大丈夫。……わたしより、松平さん、大丈夫かな」

「ちょっと、ゆめ! あんた本当にお人よしね! 悪口言ってきた相手の心配なんて、する必要全然ないから! ほんと、優しすぎ!」


 今度はわたしに向かって怒り始める加奈子を軽くあしらいながら、わたしは桐谷くんの席を見た。そうこうしているうちにチャイムが鳴った。



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