書店員見習い三日目

ご機嫌うかがい

 次の日。学校の休み時間中、わたしはずっと物語を書き続けていた。その様子を、加奈子はとなりの席から、うれしそうに眺めている。


「ずーっと見ていて、飽きない?」


 わたしが聞くと、加奈子はぶんぶんと首を横に振った。


「ぜーんぜん。友達が楽しそうにやってるところ見てて、嫌な人はいないと思うよ」

「そう言われると安心する」


 わたしは、小説賞に出す作品以外にもいろんな物語を書き始めていた。『眠り姫の大冒険』のお話の続きだったり、『旅する郵便屋さん』が出会った別の人たちの話の物語とかも、書いていた。

 またあの二人がお店に来てくれた時、新しい物語を彼らにわたすことができるように。そんな気持ちもあったし、書いていて自分が楽しいのもあった。

 だから、『眠り姫の大冒険』と『旅する郵便屋』さんに関係する物語に関しては、桐谷くんからもらった赤い本に、それ以外の物語は別のノートに書くようにしてたんだ。


「でもさ、ゆめ。そろそろ教室移動しないと、遅刻するよ」

「え」


 そう言われて周りを見渡す。すると、教室にはわたしと加奈子、そして桐谷くんしかいないことに気づいた。


「ほら、桐谷くんも移動しないと遅刻するよ」


 加奈子に声をかけられて桐谷くんはびっくりして顔を上げる。


「あ、ああ。……サンキュー」


 そう言って、彼は本とノート、そして授業に必要な道具を持って足早に教室を出て行った。今日は彼は、書店名の入ったブックカバーをした本は読んでいなかった。読んでいたのは、空色の本だったことをわたしは知ってる。つまり、わたしが書いた物語を彼は、読んでいたことになる。桐谷くん、挿絵描いてくれるかな。

 そんなことを考えながら、加奈子と二人で教室を出る。途中で、加奈子が先生に呼ばれたので、移動教室へは一人で行くことになっちゃった。

 廊下を歩いていると、見覚えのある二人組が廊下の向こう側から歩いてくるのが見えた。桐谷くんの弟の悟くんと、前に彼と一緒にいた、黒松ウララちゃんだ。今日も黒色のフリフリゴシックワンピースで、目がチカチカする。


「ごきげんよう、神本さん」

「こんにちは、黒松さんと悟くん」

「勝手に名前を呼ぶなっ!」


 悟くんが怒ったように言う。でも黒松さんは、穏やかに言う。


「よかったですわね、悟さん。なんだかんだで桐谷って呼ばれるの嫌なんでしょ」

「それ、今言わなくていいから!」


 悟くんはあわてて言うと、わたしに向かってふんぞり返って言った。


「勝負に向けての準備はどうかなと思って聞きに来てやったんだ」

「お兄さんなら、移動教室でもういないけど」

「え……」

「あらあら、それは残念ですわ」


 拍子抜けした顔の悟くん、ちょっとかわいい。悟くんはすぐに切り替えてわたしに聞いてきた。


「勝負に向けての準備はどうなんだ、五年!」

「五年って呼ばないでよ! わたしには、神本ゆめって名前があるの! 前名乗ったでしょ」

「お前なんか、五年で十分だ!」

「だめですよ、悟さん。ちゃんと名字で呼びましょうね」


 黒松さんがなだめると、悟くんはふんと鼻をならす。


「ウララが言うなら仕方ない。……神本、どうなんだ」

「そうだね、まだ三つくらいしか集まってないかな」


 わたしがそう言った瞬間。黒松さんと悟くんが固まる。え、わたし、何か変なことを言ったかな。わたしが首をかしげていると、黒松さんがゆっくり言った。


「……神本さん」

「はい」

「貴女は、正直すぎます。優しすぎますわ」

「あーあ、これじゃあ勝負にならねーよ!」


 悟くん、呆れた顔をする。それからビシィっと人差し指をわたしに向けて言った。


「そっちが言って来たから、こっちも言ってやるよ。こっちは、五個だ」

「五個! 昨日の今日で! 二人ともすごいね!」


 わたしが素直にほめると、一瞬悟くんはうれしそうな顔をした。しかしすぐに腕で顔を隠すと、大声で言った。


「バカかお前! 敵をほめてどうするんだよ! 感心してる暇があったら、さっさとわたあめ、集めろよ!」


 そう言ってだーっと走って帰ってしまう。帰り際、すれ違った先生に廊下は走ってはいけませんって注意されていた。


 残されたのは、黒松さんとわたし。黒松さんは悟くんの後姿を見てくすくす笑っていたけれど、しばらくしてわたしに向き直った。


「……どうやら、悟さんは貴女に調子を狂わされたようですわ。多分、貴女のような人とお話しすることが、今までなかったからでしょうね」


 そう笑って言うと、彼女は急に真面目な顔をしてわたしに言った。


「そんなすてきな貴女なので、わたくしは、わたくしの考えを貴女に伝えておきたいと思うのです」


 え、何を? わたしが不思議そうな顔をしていたんだろう、黒松さんは小声で言った。


「わたくしたちの魔法の使い方については、すでに啓真さんからは聞いてらっしゃいますか」

「えっと、はい。……人の悩みとかを、魔法で解決するとか」

「その通りですわ。でも、人の悩みといいますのは、そう簡単に解消されるものではありません、それは、お分かりになりますか」


 黒松さんの言葉に、わたしは慎重に頷く。


「だって少なくとも、悩みを誰かに打ち明けるまで悩んでいたことですもんね、魔法ですぐ解決したら、苦労しませんよね」

「その通りですわ」


 黒松さんはうれしそうに頷く。


「そのことに、悟さんはまだ気づいていないのですわ。魔法を使えば、問題は解決する、そう思っているのです」

「なるほど」

「今回悟さんが解決したと思っている五個の問題もそうです。確かに魔法を使ったあと、それをきっかけに自分で問題を解決する人もいます。でもそうしない人は、どうするかというと」


 ここで言葉を切って、黒松さんは怖い顔をしてみせた。


「魔法を使ってくれた人、つまりは悟さんや魔法を使って解決しようしていた悩みにマイナスの感情を抱くかもしれません。心の問題をケアするということは、そういうことです」


 黒松さんは大きなため息をつく。


「わたくしは、怖いのです。いつか悟さんが魔法を使ったことで、誰かに恨まれるのではないかと。貴女も、啓真さんと共に誰かのために何かをしようとするのなら、十分気をつけた方がよいかと思います」


 黒松さん、すごくいい人だ。初対面の時は、少し怖かったけど。それは、悟くんを大事に思っているからこそだったんだね。


「分かりました。気をつけます」

「わたくしは六年三組におります。あくまで勝負しているのは啓真さんと悟さんだとわたくしは考えています。ですから、何かあったら遠慮なく相談してくださいね」


 黒松さんはそう言うと、優雅に一礼して去っていった。その瞬間、チャイムが鳴る。……あ、遅刻確定。さよならさよなら……。


 





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