『旅する郵便屋さん』
ある日、一人の泣いている女の子が、不思議な格好をした男の子に出会いました。男の子は、旅する郵便屋さんと名乗りました。彼は紺色の帽子をかぶり、同じ紺色のベストとズボンを身に着けていました。何より目立ったのは、彼のかばんです。小柄なこの旅する郵便屋さんの半分くらいはありそうな大きさの、大きなかばんでした。
旅する郵便屋さんは、自分は今まで色々な場所を旅してきたのだと言いました。そして、旅先で手に入れてきた様々なものと、女の子の持っている何かを交換しようと言いました。
女の子の前には、大きなバニラアイスクリームの水たまりができていました。そう、彼女は買ってもらったアイスクリームを落としてしまったのです。事情を聞いた旅する郵便屋さんは、大きなかばんをがさごそすると、なんとかばんの中からアイスクリームを取り出しました。
郵便屋さんは、このアイスクリームは食べられないアイスクリームなのだと説明しました。これは、アイスクリームの形をしたキャンドルなのだと。そのキャンドルは、先ほどまで女の子が食べていたアイスクリームと、とても形がよく似ていました。女の子はうれしそうに、アイスクリームのキャンドルを受け取りました。
さて、郵便屋さんからプレゼントをもらった女の子は、何か代わりにわたせるものはないかと考えました。そして、自分の持っていた小さなかばんから、一枚のハンカチを差し出しました。
「これ、さっきのアイスクリーム屋さんでもらったハンカチなんだけど」
「これは、とても面白いですね。うん、これと交換しましょう」
旅する郵便屋さんは喜んで、女の子の差し出したハンカチを受け取りました。こうして、二人は別れました。
別の日。今度は男の子が怒っていました。男の子は、友達に自分の大切なゲームのカセットを貸してあげていました。しかし今日、その友達は男の子に言ったのです。大切な大切な、男の子のゲームのデータを消してしまったと。
男の子はカセットを貸し出すとき、何度も友達に言いました。くれぐれも、自分のセーブデータは消さないでほしいと。しかし、友達はその約束を破ってしまいました。悪気はなかったのかもしれません。けれど、男の子にとって今そのゲームのセーブデータは、とても自分や家族、そして友達の次くらいに大切なものだったのです。男の子は、友達とおおげんかして、家に帰る最中でした。
そんな彼のもとへ、旅する郵便屋さんが現れました。郵便屋さんは、彼の話を聞くと、ふわふわしたものを差し出しました。首をかしげる男の子に、郵便屋さんはこう説明しました。
「今の君に必要なものは、『人を許す心』です。たしかに、お友達は君に対して悪いことをしてしまいました。でも、それを許せなければ君は、ゲームのセーブデータ以上に大切なものを失うことになります」
男の子は郵便屋さんからふわふわしたものを受け取った瞬間、気がつきました。郵便屋さんの言う、『ゲームのセーブデータ以上に大切なもの』、それが友達との友情であるということに。
『ゲームのセーブデータは消えてしまいましたが、ゲームは何度でもやり直せます。しかし一度壊れた友情を直すことは、とても難しいことですよ」
郵便屋さんの言葉に、男の子が答えようとした時です。男の子の友達が走ってやってきました。友達は、男の子に言いました。
「きみの大切なゲームのデータを消しちゃってごめん。そりゃゲームのデータを消されたら、怒るのは当たり前だよね。本当にごめん。お礼にこのゲームあげるよ」
それは、友達がとても大事にしていたゲームであることを、男の子は知っていました。先ほどまでの男の子だったら当たり前のようにゲームを受け取っていたかもしれません。しかし、郵便屋さんから『人を許す心』をもらった男の子は、首を横にふって言いました。
「こんな大切なもの、もらえないよ。ゲームはまたやり直せばいいんだ。それより今度、このゲームで一緒に遊ばない?」
「うん、いいよ」
こうして、男の子とお友達は仲直りをすることができました。男の子は、郵便屋さんに『人を許す心』の代わりに、別のふわふわしたものをわたしました。それは、『楽しい気持ち』でした。
「これは、面白いものを頂きました。いったい、どんな人にわたすことになるのでしょう、楽しみですね」
そう呟きながら、郵便屋さんは満足そうに帰っていきました。
郵便屋さんは、ひとところに居続けることはできません。だから同じ人と何度も会うということは、ほとんどありませんでした。そこで郵便屋さんが始めたのが、『物々交換』でした。別の誰かから預かった何かをわたして、その人の何かをもらう。そうすることで、人とのつながりを持とうとしたのです。
やがて、日本各地に現れる郵便屋さんのことは、たくさんの場所で知られるようになりました。次に郵便屋さんが訪れるのは、あなたの街かもしれません。
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