友達の輪

 わたしは、物語を語り終えると、桐谷くんを見た。彼は静かにわたしに向かって頷いた。よし、桐谷くんからのお墨付きももらった。

 物語を語っている間は気づかなかったけれど、わたしが作った物語の途中とちゅうに、桐谷くんが描いてくれた挿絵もついていた。

 ペンをテーブルにおく。すると、本がぱたんとページを閉じた。


「それじゃあ、締めくくりに入ろうか」


 桐谷くんの言葉に、わたしは頷く。そして力強い口調で言う。


「この本のタイトルは……、『旅する郵便屋さん』」


 わたしがそう言い終わった途端、わたしと桐谷くんの本が浮かび上がる。そして二冊の本がぶつかり合ったとき、間からもう一冊が現れた。

 その本を見て、わたしと桐谷くんはお互いの顔を見合わせた。


「やったな」

「うん」


 三冊の本は、わたしたちの前にゆっくりと着地した。わたしと桐谷くんはそれぞれ、自分の本を拾い上げた。わたしはそれから、呆気にとられた様子でこちらを見ている、宅くんに言った。


「宅くん、これはあなたの本だよ。あなただけの物語だよ」

「え、ほんま!?」


 宅くんは本に駆け寄ると、本を拾い上げた。その本にはたしかに、『旅する郵便屋さん』というタイトルが書かれていた。うん、物語づくり成功。


「おれな、怖かってん」


 本をぱらぱらとめくりながら、宅くんがぽつりと言った。


「最初はな、一生懸命友達を作ってたんや。でも毎回すぐお別れせなあかん。それに、お別れしてすぐだと連絡くれる友達もようさんおったけど、時間が経つにつれて、みんな連絡してくれへんようになるし、こっちも連絡しづらくなっていくねん


 宅くんがいう事は、なんとなく分かった。わたしは一度しかお引越ししたことがないから、経験自体は少ないんだけどね。

 でもせっかく仲良くなった友達とすぐ別れなくちゃいけないつらさ。そして、最初は連絡してくれた友達がどんどん連絡をくれなくなっていくさびしさ。宅くんはきっと、私よりも年下だ。だから私がそうなるよりも、もっと悲しいと思う。だって、まだまだ遊びたい盛りだと思うもん。


「だから途中から、頑張って友達を作ることをやめたんだ。だってどうせ、数か月でお別れすることになるんだもん。その方が、どっちにとっても楽なんじゃないかなと思って」


 そこまで言ってから、宅くんは本をぎゅっと抱きしめて言った。


「でも、この本を読んで分かった。自分がどうするべきか」


 ちょうどその時だった。宅くんの胸のあたりから、またふわふわが現れたのは。そのふわふわは、わたしの方へと飛んできた。そっと指でつまんでビンの中に入れる。今度のわたあめの色は、オレンジ色。きっと喜びの色。


「この本、いつでも持ち歩いて、同じクラスになった人たちにも見てもらうようにするよ。そして言うんだ。おれもその旅する郵便屋さんなんだよって」

「この街にいる間、それからこの街を離れてしまっても、いつでもここへ来てね。ここがあなたの居場所になるのなら、いつでもわたしたちは、大歓迎だよ」


 わたしがそう言うと、宅くんはすごくうれしそうな顔をした。


「おおきに」


 その時、また入り口のドアが開く音がした。しばらくして現れたのは、一人目のお客さんだった川井さおりちゃんだった。『眠り姫の大冒険』の本を大事そうに抱えている。


「お姉ちゃんお兄ちゃん、こんにちは」

「さおりちゃん、こんにちは」


 さおりちゃんは私たちに挨拶したあと、宅くんを見た。そして驚いた顔をした。

「あれ? 宅くん」

「川井さん……」


 宅くんもびっくりした顔をしていた。わたしがさおりちゃんに聞く。


「知り合いかな」

「そう。宅くんは、同じクラスのクラスメートなの」


 さおりちゃんが言った。そして彼が抱えている本を見て言った。


「あ、もしかして宅くんも、自分の物語を作ってもらったの?」

「川井さんも?」

「うん、よかったら交換して読みあいっこしようよ」


 宅くんとさおりちゃんは、自分の本をお互いに差し出した。そしてお互いの本を読み始めた。物語を読み終わると、さおりちゃんは言った。


「いい物語だね。すごくいいお話」

「さおりちゃんのお話も」


 二人は、お互いに笑いあった。


「ねぇねぇ、よかったら、お友達になろうよ」

「え……」


 宅くんは、迷った様子でわたしたちを見た。わたしたちはほぼ同時に頷く。それを確認してから、宅くんはさおりちゃんに言った。


「も、もちろん」


 二人はそれから仲良く、お店を出て行った。


「よかった、宅くんお友達ができたみたいで」

「そうだな」


 桐谷くんはわたしから『キモチのわたあめ』が入ったビンを受け取ると、他の二つと並べておく。


「これからもどんどんこうやって、お客さんの輪も広がっていくといいね」


 わたしの言葉に、桐谷くんは少しだけ遠い目をして頷いた。


「どうしたの、考え事?」

「いや。……創さんを手伝ってた時も、こんな感じだったなって思い出していただけ」


 それを聞いて、わたしは桐谷くんに尋ねた。


「おじいちゃんは、桐谷くんとどんな話をしていたの」

「ほとんど、神本のことだよ」


 桐谷くんは笑って言った。


「最近桐谷は書店に来なくなった、とか。後を継いでくれるとうれしいなーとか、そんな話ばっかり」

「そういえば、そうだったね……」


 おじいちゃんが入院する一年ほど前から、わたしは『神本書店』にはあまり顔を出さなくなっていた。近所に大型書店ができて、そっちばっかりに寄り道してたから。


「でも創さんは、きっと桐谷が物語を作れるようになって、後を継いでくれるっていつも一人で納得してたよ」


 それを聞いてると、ますますおじいちゃんの期待に応えたいという気持ちが強くなってきた。絶対、このお店はわたしと桐谷くんで守ってみせるんだから!

 

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