二人目のお客さん。

 神本書店に着くと、桐谷くんはさっそく、わたしの『キモチのわたあめ』の入ったビンを、そっとカウンターに置いた。


「これでよし……と。そういえば」


 桐谷くんは、わたしに向かって言う。


「この書店内に他に、『キモチのわたあめ』が落ちてないか見てきてくれないか。さおりちゃんが帰り際に落としたものがあるかもしれない」


 まったく。自分で探しに行けばいいものを……。そう思いながら、わたしは店内を歩いて回る。すると……、あった。ピンク色のふわふわ。


「あった、あったよっ」


 わたしが、桐谷くんのところに戻ると、彼は無言であみとビンを差し出す。はいはい、取って来いってことね。


 わたしは頷いてあみで、『キモチのわたあめ』を捕まえると、ビンの中に入れた。


「はい、つかまえといたよ」


 わたしがビンごと差し出す。すると彼は、わたしの『キモチのわたあめ』のとなりに、そのビンを並べた。


「オレたちが今集めたのは、二つか」

「これも、勝負の数に含めていいのかな」

「……こちらには、このくらいのハンデがあってもいいと思うけどな。そもそも、一つは今日、お前が出したやつだし」


 なんで桐谷くんは、こちらの方が負けてるって思うんだろう? わたしがまだ物語を作り慣れてないからかな。それとも……。


「ちなみに、あいつらはこちらと違って、物語を作るわけじゃない。人の悩みや願いを魔法で叶えて、その感謝の気持ちを、『キモチのわたあめ』としてもらう」

「あ、じゃあさっき落ちてたわたあめは、さおりちゃんの感謝のわたあめだったんだ」

「そういうこと。オレたちが扱うわたあめは、二種類だ。物語を作るために必要な、彼らの見えない言葉にできない思い。そして物語をもらい受け、それに満足したときの思い」

「見えない言葉にできない悩みとか想いは、物語を作るのに使うから、一人の人から一回で回収できるわたあめは、一個ってことだね」


 わたしの言葉に、桐谷くんは頷いた。


「そういうこと。今朝、それを伝えておこうと思ってお前の家に寄ったんだけど、まさか遅刻寸前の寝坊をしているとは思わなかったぜ」

「だからごめんって。ありがとうって」


 わたしがムキになって答えると、桐谷くんは薄く笑った。それから真顔になる。


「あちらはさっさと魔法を使うだけでいいから、その分、悩んでる人間さえ見つければ数多くの『キモチのわたあめ』を手に入れることができる」

「短時間であればあるほど、向こうの方が有利みたいに見えるね」

「そういうことだ」


 でも、わたしたちは戦うことに決めたんだから。勝てるように頑張らなくちゃ。

 そう思っていたら、店のドアが開く音がした。あ、きっと新しいお客さんだ。わたしと桐谷くんは顔を見合わせてお互いに頷きあう。よし、絶対にお客さんが求める物語を作ってみせるよ。


 しばらくして、お客さんがわたしたちの前に姿を現した。そのお客さんは、わたしたちを見るなり、言った。


「まいど! おれは、旅する郵便屋の、たくっていうねん。どうぞ、よしなに」


 特徴的な関西弁を話すその男の子は、わたしたちに、にっこり笑いかけた。


「いらっしゃいませ。『神本書店』へようこそ」


 二人目のお客さんだから、わたしにも少しだけ余裕が出て来たみたい。いらっしゃいませが、自然と口にできた気がする。


「おれ、まだここに引っ越してきて一か月くらいなんやけど。今まで毎日ここを通ってて、初めて今日このお店を見つけたんや」


 不思議やなぁと、宅くんはわたしを見上げた。わたしと桐谷くんは頷きあった。この子は、お店が呼び寄せたお客さん。きっと何か物語にしてほしいことがあるはず。


「このお店は、その人がほしいと思う物語を一から作るお店なんです」


 わたしが言うと、宅くんは首をかしげる。


「なんやそれ。よーわからんけど、なんか、面白そうやなっ」


 意味はイマイチ理解できてない気がするけど、まあ興味は持ってもらえてるのかな。わたしはそう思いながら、説明していく。


「宅くんが読んでみたいなと思う物語を教えてくれたら、その物語をわたしたちが作って、本にするんだよ」


「おお! それはええな!」


 宅くん、どうやら楽しそうと思ってくれたみたい。


「それで、宅くんが読みたいと思う物語について教えてほしいんだけど、何かいいアイデアはないかな」


 わたしが聞くと、宅くんはうーん、とうなって言う。


「そう言われてもなぁ。……なんも出てこーへん」


 ありゃりゃ。わたしがずっこけていると、後ろにいた桐谷くんが一言。


「さっき宅くんが言ってた言葉、使えるんじゃないか」

「宅くんが言ってた言葉……」


 わたしは、宅くんの言葉を思い出す。あ、そういえば。この店でわたしたちに最初に言った言葉があった。


『まいど! おれは、旅する商売人の、たくっていうねん。どうぞ、よしなに』


「ねぇ宅くん。旅する商売人の話なんてどう?」


 わたしが提案すると、宅くんは目を輝かせる。


「それ、ええな! めっちゃおもしろそうや!」


 この子、おもしろいって言葉をたくさん使うんだな。わたしはさっそく、本とペンを取り出す。ページを開くと、すでに、『おもしろい』、『旅する商売人』というメモが浮かび上がっている。桐谷くんが書いたんだ。

 そして、その言葉の下には、宅くんによく似た、郵便屋さんみたいな恰好をした男の子。紺色の帽子をかぶって、自分の身長の半分くらいありそうな大きなかばんを抱えて笑ってる絵。

 うん、桐谷くんのイラストだけでも十分物語は浮かび始めたね。


「でもどうして、宅くんは自分のことを旅する郵便屋って言うの」


 わたしが問いかけると、宅くんは、にかっと笑って言った。


「とーちゃんにそう教わってん。おれ、とーちゃんの仕事の関係で、よく引っ越しするし転校ばっかりするから。だから、短い期間しか一緒にいられない友達の記憶に残り続けられるような、人に幸せを運ぶ郵便屋になるんやでって」


 そう話す宅くんの胸のあたり。そこに小さなふわふわができはじめていた。『キモチのわたあめ』だ。


「いいお父さんだね」


 わたしがそう言うと、宅くんは泣き笑いのような顔を浮かべた。


「そうやねん。めっちゃいいとーちゃんやねん。いっつも仕事遅くまで頑張ってるから、会われへんことが多いけどな。でも、休みの日は思いっきり遊んでくれるねん」


 宅くんのふわふわが大きくなって、ぽとっと床に落ちた。わたしはあみを持って、床のわたあめをつかまえる。


「え、何してんの」


 宅くんがぎょっとした顔をする。宅くんにはこのわたあめが見えてないみたい。さおりちゃんもそうだったのかな。


「えっとね、宅くんが読みたいと思える物語を作るためには、このあみをふるのも、大事なお仕事なの」


 我ながら、すごく苦しい言い訳だなぁ。わたしは心の中で苦笑いする。


「ふーん、そういうもんなんや……」


 宅くんは一応、納得してくれたみたいだけど、もう少しマシな言い訳がほしい。わたしは、つかまえたわたあめをビンにつめて、桐谷くんにわたす。彼は頷くと、シャボン玉を作る時に使うあの筒をまた出してきて、わたあめをかき混ぜ始める。


「今回のわたあめは、何色に見える」

「えっとね……、水色とオレンジがまざった可愛い色、じゃないかな」

「そうか……。宅くんの中に複雑な気持ちが入り混じってるんだ」


 桐谷くんはそう言うと、また呪文のような言葉をつむぐ。


「キモチのわたあめ、ココロのキモチ、シャボン玉にあらわせ」


 するとわたあめが少しずつ液体になっていく。わたしは、桐谷くんに聞いた。


「あのさ、このシャボン玉、外でやったらだめなの」

「だめだよ。風にあおられてお前が中身を見る前に飛んでいったり、割れちゃったらどうするんだ」


 桐谷くんに言われて、わたしもはっとなる。そうか、このシャボン玉は魔法のシャボン玉。普通のシャボン玉じゃない。割れちゃったら、新しいものを作ればいいって話じゃないもんね。わたしがちゃんとシャボン玉に写るあの映像を見なくちゃ、意味がないんだ。


「ナルホド」

「それに、このシャボン玉は本自体に悪影響は与えないよ」


 それを聞いて安心した。シャボン玉の液体がかかったら、本によくないんじゃないかって心配してたんだ。

 桐谷くんは、液にしっかりと筒をつけると、わたしに向かって言った。


「ちゃんと液体になってるな?」

「うん」

「いくぞ」

「うん」


 それを合図に桐谷くんはシャボン玉を作ってわたしに向けて飛ばした。ふわふわと浮かぶシャボン玉。そこに、また映像が映ってる。わたしは、シャボン玉の映像を見つめた。

 自分の部屋で、何通もの手紙とスマートフォンを眺めている宅くん。その背中は、とても丸まっている。


『みんな、おれのこと、忘れていっちゃうんかな……』


 そうさびしそうに言う宅くん。でも、と独り言を言う。


『でも今度休みの日にとーちゃん、遊園地に連れて行ってくれるって言ってたな。楽しみやなぁ。お父さんが悲しむから、大丈夫って顔してへんとな』


 そこでシャボン玉が割れる。それと同時に、宅くんの声が聞こえてくる。


『家族が一緒やったらきっと大丈夫や。それに、きっと今まで出会った人のうちの誰かはきっと、おれのことを覚えてくれてる。きっとそうや』


 半ば自分に言い聞かせるような、そんな言葉。それを聞いて、わたしが作ろうと思う物語は決まった。


 わたしは桐谷くんを見た。すると、彼はふっと微笑んだ。


「浮かんだみたいだな、宅くんのための物語」


 わたしは、彼にぐっと親指をつきだす。それから、カウンターのいすに座ると、開いた本のページの上にペンを持った手を置く。


 そして、少しずつ頭の中にある物語の断片をつなぎあわせながら、物語を言葉にしていく。


『ある日、一人の泣いている女の子が、不思議な格好をした男の子に出会いました……』

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