『自信がない魔法使い』
その魔法使いは、自信がありませんでした。両親はとてもすごい魔法使いで、みんな、その息子である魔法使いもきっと、すごい魔法使いになると信じて疑いません。
『今にきっと、君はどんな魔法でも使えるすごい魔法使いになるよ』
そう言われ続けて、自信のない魔法使いには、自信とは違った『自惚れ』が芽生えました。自惚れが芽生えた魔法使いは、様々な魔法を使いこなし、いつしか
『魔法さえ使えればどんなことでもできる』
そう思うようになっていました。ある日のことです。魔法使いのもとに、恋愛の相談にやってきた人がいました。魔法使いの世界では、恋愛に関する魔法は使ってはいけない、という掟がありました。しかし、どんな魔法でも使いこなし、どんな魔法も自分は使っても構わないのだと勝手に決めつけた王子さまは、その人に、恋愛の魔法をかけてあげてしまいました。
魔法使いは、魔法の世界を追い出されました。魔法を奪われた魔法使いは、元の自信のない魔法使いに戻っていました。魔法使いは、自分の失敗を大きく後悔しました。そして、あんなに大きなミスをしてしまったのだから、魔法世界にいられなくなっても仕方がない、そう思いました。
魔法使いは、行くあてもなくとぼとぼと歩き続けました。その時です。魔法使いが一軒の不思議なお店を見つけたのは。
お店には、たくさんの本が置かれていました。中には魔法について書かれた本もありました。魔法使いは、お店の人にここにある本を売ってほしいと頼みました。すると、お店の人は、優しく言いました。ここにある本は売り物ではないのだ、と。
ではなぜこんなにたくさんの本が置いてあるのかと魔法使いが聞くと、お店の人は答えました。
『わしは、しがない魔法使いじゃ。ここで、読者が求める、世界でたった一冊の物語を作り続けておる』
魔法使い。その響きは、魔法使いにとって懐かしい響きでした。自分も魔法使いだったのだと魔法使いが言うと、本屋の魔法使いは言いました。
『それなら、ここで魔法について学ぶといい。きっと、役に立つはずだ』
魔法使いは心を入れ替えて、本の魔法使いの店で物語について学びました。魔法使いは、物語を書くことはできませんでしたが、絵を描くことは得意でした。
本の魔法使いは言いました。
『わしの孫が、物語を作る才能を持っている。もう少ししたらきっと、このお店にやってくるから、わしの代わりに、ここのことを教えてやっておくれ』
それからしばらくして、本の魔法使いは息を引き取りました。途方に暮れていた魔法使いのもとに、本の魔法使いの孫がやってきました。
彼女は魔法使いと一緒に、物語を作り始めました。本の魔法使いと同じく、読者のための、世界でたった一冊しかない物語を。
彼女と過ごしているうちに、魔法使いは少しずつ自分に自信を持てるようになりました。そして本の魔法使いの弟子も同じように感じていました。
本の魔法使いの孫と魔法使いは、二人で一人前であると感じました。二人で力を合わせればどんなすてきな物語でも作り上げることができると分かったのです。
そんな二人のお店は、今でもどこかにあり、世界でたった一冊の物語を作り続けているのではないかと言われています。
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