不思議な書店は続いていく。
「できた。桐谷くんの物語のタイトルはね、『自信がない魔法使い』に決定! いいタイトルが決まってよかったよかった!」
そう言って、わたしは本の周りで飛び跳ねる。それとほぼ同時に、わたしの本と桐谷くんの本が浮かび上がって、お空の上でごっつんこ。もう何度、この光景を見たことだろう。
出来上がった本を見て、わたしは満足げに桐谷くんに見せる。
「どう、見てみて! 会心の出来だよ!」
「自信がないっていうのが、どうも気に入らないな……」
桐谷くん、どうやら納得がいかない部分があるみたい。でも、絶対タイトルは変えてあげない。わたし、このタイトル気に入ってるんだから。
「大丈夫、本の魔法使いの孫も、自信がなかったって書いといたから」
この物語は、この前桐谷くんから取り出した『キモチのわたあめ』。桐谷くんが何で『キモチのわたあめ』が見えなくなって、そしておじいちゃんの店へとやってきたのか。その理由が、あのわたあめの中には入っていたんだ。
そしてその内容を、わたしが物語にしたってワケ。わたしも自分に自信はなかった。それに人に自分の夢を語ることが恥ずかしいって思ってた。つい数日前までは。
でも、『神本書店』がなくなっちゃうと思って、なんとかこの場所を守ろうと決めてからは変わった。自分の意見ははっきり言えるようになったし、人と話すのも、少しだけうまくなった……気がする。
「お姉ちゃんお兄ちゃん、新しい本見せてよ」
宅くんとさおりちゃんが手を伸ばしてくる。その後ろで、良平くんが
「順番に読めばいいだろ、本自体がなくなるわけじゃないんだし」
とぶつくさ文句を言っている。
「え、新しい本ができたのなら、ぜひ読ませて頂きたいですわ」
そう目を輝かせるのは、黒松さん。
「今、神本さんが読んでた内容を聞いてたら、わざわざ読み直す必要ないと思うけどな……」
悟くんは、別の本を熟読しながら、そう言う。
「にぎやかになったねぇ……」
おばあちゃんは、カウンターに座りながらとてもうれしそうな声を上げる。
「むしろうるさすぎる。客じゃないやつは帰れ」
桐谷くんが苛立たし気に言う。
「あ、じゃあ、神本さん、ファッションに関する本を作ってよ」
こう声をあげるのは、松平さんだ。あの事件が無事に解決したあと、松平さんは、今まで一緒にいた女子たちにちゃんと謝った。それから加奈子とわたしたちのグループに入った。女子たちはびっくりしたみたいだったけど、最終的には許してくれた。本当に、クラスの雰囲気が悪くならなくってよかったと思ってる。多分、松平さん自身も、そう思ってるんじゃないかな。
加奈子は最初は、松平さんと一緒に行動するのが嫌そうだった。だけど、今は割りと満更でもない顔をしてる……気がする。
「えー、ファッションに関することはわたし、よく分からないし……」
わたしが戸惑っていると、松平さんがにこーっと笑って言った。
「ファッションのことなら、私が教えてあげるってー。かわいい服着てさ、桐谷くんを振り向かせてみない―?」
「松平さん、それ自分で失敗したじゃん」
「いやいやー。神本さんがやったら、結果は変わるかもしれないし―」
松平さん、いやらしい目でわたしを見る。
「いやいや! 変わらないでしょ! 桐谷くん、きっとファッションそのものにあんまり興味がないんだって!」
「誰がファッションに興味がないって?」
桐谷くんが腰に手をあてて立っている。おわあ、怖い。
「な、何でもないですよー。……さ、さーて、次は誰の物語を作ろっかなー」
「話をそらすな。オレだって、ファッションくらい興味がある」
「こんにちはー! 差し入れ持ってきたよー」
今度は、加奈子が店に入ってきた。
「クッキー焼いてきたんだ、みんなで食べようよー」
「いやいや、ここで食べちゃだめだからね! 本に食べものがついたら、油がつくでしょ。ぜーったい駄目だからね」
私が言うと、すごすごとみんなは加奈子の差し入れを持って外へ出た。残ったのは桐谷くんとわたしと、おばあちゃんだけ。
「さっきの物語だけど。よくできてた」
桐谷くんがぼそっと言った。
「お、久しぶりにほめてくれたの! ありがとー」
わたしが言うと、桐谷くんは顔をしかめた。
「バカにするなよ。……オレが魔法で人助けをするのに失敗して、落ち込んでいた時。その時に、この店を見つけた。そしてこのお店で創さんのお手伝いをさせてもらった。それが今、ここで役に立ってる。……こんなに嬉しいことってないよ」
話している最中から、桐谷くんは笑顔になっていた。
「創さんに出会ってなければ、オレは自信がない魔法使いのままだった。だけど、創さんに出会って、お前に出会って……。オレは変われた」
「わたしも、ここを守るために物語を書き始めたら、ちゃんと物語を完結させられるようになったよ」
「そこからかよ」
桐谷くんがわたしをにらむ。
「でも、大きな成長だよ。そのおかげで、小説賞に応募できるような物語を作ることができるようになったわけだし」
「まあ、それはそうだけど」
桐谷くんも、そこは認めてくれる。まだ実際に小説賞には出せてないけど、もっともっと物語のことを勉強していつか、自信作を小説賞に出してみせる!
「あ、それと知ってた? 悟くん、なんだかんだで桐谷くんのこと尊敬してるみたいだよ」
「え……、ほんとか」
桐谷くん、嬉しそう。
「この前、桐谷くんが来る前、悟くんと話してた時にね、聞いたんだ」
「直接言ってくれたらいいのに……」
「恥ずかしいんじゃない」
わたしが言うと、桐谷くんは残念そうな顔をする。
「わたし、頑張るよ」
「うん」
「絶対絶対、もっともっと物語を書くのうまくなって、小説賞とって、まずはおばあちゃんを楽させてあげる!」
「それは楽しみだねぇ」
おばあちゃんがニコニコ笑いながら言う。
「それからそれから、もっともっとたくさんのお客さんが来られるように、お店の改築!」
「確かにここ、すっごく狭く感じることがあるよな……」
「だっておじいちゃんのただの趣味みたいな部分あったからね。でもこのおじいちゃんの趣味だったものをもっともっと広げていくんだ」
「それも楽しみだねぇ……」
おばあさんの言葉が、わたしを後押ししてくれる。まだまだおじいちゃんが作った物語には敵わない。それは、本棚に入っているたくさんの本を読んでみたらわかる。でも、おじいちゃんと同じくらいの力を持っているところがある。それは、わたしの、物語に対する熱意だ。
物語を必ず完結させてやるっていう熱意。もっともっといい作品を作るぞって言う熱意。さらにたくさんの人たちに、すてきな、たった一冊の本を届けるぞっていう熱意。たくさんの熱意が、わたしの中に息づいている。
そしてその熱意はきっと、これからもずっとずっと、わたしが物語を書き続けている限り、続いていく。もっともっと、強い光になって。
「よーし、頑張っちゃうぞー!!!」
「ほどほどにしてくれよ、暑すぎる熱意は、邪魔でしかない」
「そんなこと言わずに、いい作品、一緒に作ろうよー!」
「熱意をほどほどにしてくれたら、考えてやってもいい」
「じゃあ、ほどほどにするからー!」
そう会話をしていたら、店のドアが開く音。差し入れを食べ終わったお客さんもどきたちが、帰ってきたのかな。そんなことを思いながら待っていると。
あら、初めてのお客さんだ。わたしと桐谷くんは、それぞれ赤い本と空色の本をにぎりしめて、お客さんに走り寄っていく。
「いらっしゃいませ。ここは読者の方が読みたいと思う、世界でたった一冊の物語を作る書店、『神本書店』です。お客様のお求めの物語は、どんな物語ですか?』
【おしまい】
神本書店の店主は、小学生 工藤 流優空 @ruku_sousaku
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