物語を形に

 か、書けたぁ……。最後まで物語を語ったあと、わたしはテーブルにつっぷした。ペンを自分のとなりにおくと、本も勝手にページを閉じた。


 物語を話している間に、泣いていたさおりちゃんも、泣き止んでいる。そして、いつの間にか、わたしの話す物語を真剣な顔で聞いていた。


 わたしは、桐谷くんの顔を盗み見た。物語として全然だめとか、おじいちゃんと比べて、天と地ほどの差があるとか、絶対怒られると思ったんだ。でも違った。

 桐谷くんは、今までわたしや学校で見せたことないくらいの優しい笑顔を浮かべていたんだ。そして、落ち着いた声で一言、こう言った。


「……いいんじゃない。では、聞こうか」

「え、何を」


 わたしが首をかしげると、彼は本をこつこつと指でたたいて言う。


「本にとって、大事なもの。……本のタイトルだよ」


 そっか、タイトル。そうだよね、それがないと本じゃないよね。いくら中身があってもその物語がどんな物語かを説明する、大切なタイトルがなかったらだめだよね。


「この本のタイトルは……、『眠り姫の大冒険』にする」


 そう言った時だった。わたしの本と、桐谷くんの本がふわっと空へ浮かび上がる。さおりちゃんや桐谷くん、わたしもその様子を見上げた。


 桐谷くんの本とわたしの本がぶつかりあったとたん、もう一冊、別の本が出来上がる。そして三冊はわたしたちのいるテーブルにゆっくり降りて来た。


 三冊目の本を見たとき、わたしはびっくりした。だって、その本の表紙には、少しオシャレな形をした字体で、こう書いてあったから。


『眠り姫の大冒険』


 そして、その下には私の名前と桐谷くんの名前、そしてさおりちゃんの名前があった。さおりちゃんは、本に自分の名前が書いてあるのを見て大喜び!


「うわあ、とってもすてき! さおりの物語、本当に本になった!」


 さおりちゃんは、本を自分の胸にだきしめながら少しうつむいた。


「あのね、さおりね。……何の習い事をしてもうまく行かないんだ」


 そしてさおりちゃんは、わたしたちに自分の話をしてくれた。


「今まで、色んな習い事をしてきたんだ。そろばんや、お習字、バイオリンとか。でもね、どれもうまく行かないの。今やってる習い事もそう。無理矢理続けてるけど、全然うまくならない」


 そっか、眠り姫はさおりちゃん自身でもあったんだ。眠ってはいないけど。物語を作る時、登場人物の性格だったりくせだったり、何かしらのところを作者自身に似せることがある。自分と似た部分を作ることで、愛着を持ったり、共感しやすくするためだって、聞いたことがある。


「だから、そのせいでお父さんとお母さんがけんかすることも多くなって。さおりは、それが嫌だったんだ」

「自分のせいで、ご両親がけんかしてるのを見るなんて、誰だって好きじゃないよ」


 わたしが言うと、さおりちゃんは頷く。


「だから、なんとか二人に笑ってもらえるようにって、一生懸命考えるんだけど、どうしたらいいか、分かんなくって……」

「きっと、まだ見つかってないだけだよ」


 桐谷くんが、突然言い出した。わたしとさおりちゃんは、桐谷くんを見る。彼は、どこか遠くを見つめていた。


「きっと、さおりちゃんの人生を変えるような出来事や人に出会える時が、きっとくる。大事なのは、その人や出来事を見落とさないようにすることだよ」

「それから、眠り姫みたいに、優しさを持ち続けること。きっといつか、何らかの形でその優しさは自分に返ってくるから」

「うん、そうだよね」


 さおりちゃんが頷く。


「そういう人に出会えるまで、色んな場所に連れて行ってもらって、たくさん習い事をやってみる」

「もちろん、無理のない程度でね」

「うん、ありがとう」


 店の外の景色は、暗くなり始めていた。さおりちゃんは、本を抱えてにっこり笑った。


「すてきな本をありがとう。大事にするね」


 そう言って、彼女は元気よく店の外へと飛び出していった。


「……あれでよかったのかな」


 私の言葉に、桐谷くんはそっけなく言った。


「こういうことにはきっと、正解なんてないんじゃない? あくまで、その人の心に響いたかどうかだろ。そして、少なくともさおりちゃんには、オレたちの言葉は届いた」

「そうだよね」


 きっとそうだ。そう思えたら、なんだかすごくうれしくなってきた! 初めてのお仕事、わたしの中では大成功!


「おやおや、店番をしてくれていたのかい? このところお客さんが誰も来ないもんだから、こっちに来なくってすまなかったねぇ」


 おばあちゃんがやってきて笑った。わたしは、胸を張って答えた。


「おばあちゃん、やったよ! さっきお客さんが来て、ちゃんと満足してもらった」

「おやおやまぁまぁ。それは、本当かい。ゆめなら出来ると思っていたよ」


 おばあちゃんは、わたしの頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。やったほめられた! それからおばあちゃんは、桐谷くんを見た。


「おや、あなたは。久しぶりだねぇ」

「ご無沙汰しています」


 桐谷くん、礼儀正しくおばあちゃんに頭を下げる。


「そうかい、あなたも手伝ってくれたんだねぇ、ありがとうねぇ」

「おばあちゃん。きっと桐谷くんとお店を守るから。だから売るなんて言わないで!」


 わたしがそう言うと、おばあちゃんはびっくりした顔をした。そしてゆっくりと頷いてくれた。


「そうだねぇ、アンタや桐谷くんが頑張ってくれようとしてるんだもんねぇ。少なくとも、すぐには売らないよ。アンタらの頑張りとお客さんの様子を見て決めよう」

「ほんと! ありがとうおばあちゃん!」


 わたし、思わずおばあちゃんに抱きついちゃった! その状態のまま、わたしは桐谷くんに言った。


「何が何でも、お店を守るために頑張るから、桐谷くんも力を貸して!」

「言われなくてもそのつもりだよ」


 こうして、ドタバタの一日が終わった。

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