本当の神本書店

「物語を作るのに必要なのは、魔法の本とペン。それから、物語を作る人だ」

「それで、自称魔法使いの桐谷くんは、何をしてくれるの」


 わたしの問いかけに、桐谷くんは胸を張る。


「それは、秘密だ。当分は、神本を応援するのがオレの仕事」

「それ、本当に魔法使いって言えるのかな」

「デキる魔法使いは、そうそう手の内を明かさないもんだろ」


 桐谷くんは、もっともらしい言い方をするけど。ほんとに大丈夫かな。


「それより、最近お客さんは来てるのか」

「それが。おじいちゃんがいなくなってからは、減っちゃったって」


 これは、おばあちゃんから聞いた話なんだけど。わたしはそう言うと、桐谷くんは頷いた。


「……だろうな。ここは、普通の書店じゃない。『魔法使いの店』だからな」

「魔法使いの店?」


 わたしが聞き返すと、桐谷くんは肩をすくめて大げさにためいきをつく。


「そもそも、創さんがどうやって物語を作ってたか、知ってるか」

「え、そりゃ、自分でストーリーと登場人物を考えて……」


 わたしは、自分で物語を書くときにしていることを考えながら話し始める。すると、桐谷くんはわたしの話を途中でさえぎった。


「うん、分かった。お前はどうやら、大きな思い違いをしているらしい」


 桐谷くんの言葉に、わたしは思わず首をかしげる。桐谷くんは言う。


「創さんはもちろん一から物語を考えていた。お客さんの気持ちを考えて」

「お客さんの気持ち?」

「そうだ。この店は、本を売るための店じゃない」


 わたしはそれを聞いて、言葉を失った。おじいちゃんのこのお店は、本を売るための店じゃなかった……?


「だって、書店だよ!? 書店は、本を売る店のことでしょっ!」

「甘い、甘すぎる」


 桐谷くんはこれみよがしにまた、ためいき。ひどい。


「書店には、二つの意味がある。一つは今、春宮が言った意味だ。あと一つは……」


 桐谷くんは、鼻をならす。


「本を作る会社、いわゆる出版社という意味も持つ」


 そう言われてみて、わたしも思い出したことがあった。そういえば。本屋や図書室、図書館なんかに並んでいる本のタイトルの下に書かれた出版社名。その出版社名に「〇〇書店」と書いてある場合があった気がする。


「でも、それがどうかしたの」


 わたしが聞くと、桐谷くんは頭をかかえた。それから怒鳴るように言った。


「この書店は、本を売るのが目的じゃないんだ。本を作るのが目的なのっ」

「……」


 わたし、桐谷くんの言ってることが理解できずフリーズ。え、この店、本を売ってるんじゃなかったの!?


「本を売るんじゃなくて、作るのが目的って。一体、誰のために?」


 わたしが、やっとこさしぼりだした声に、彼はすぐに答えた。


「もちろんお客さんのために。お客さんが心から読みたいと思える本を作るんだ」

「そんなことをしたら、一冊一冊、別の物語を作っていかないといけないじゃない」


 わたしが言うと、今度は桐谷くんが首をかしげた。


「当たり前だろ。創さんもずっと、そうしてきたじゃないか」


 それを聞いてわたしは、はっとした。そうだ、おじいちゃんいつも言ってた。


『ここにある本は、世界に一冊しかない。すべてが特別な本なんだ』


 おじいちゃんの言ってた言葉の意味、やっと分かった。そしてこの店にある本の中に、同じタイトルの本が二冊以上ない理由も。全部、おじいちゃんが一冊一冊思いをこめて作った物語だったからなんだ。


「お客が来なくなった理由は、簡単だ。創さんという本の魔法使いが死んだからだ」


 本の魔法使い。なんだかとっても、いい響き。


「新しく本を作れなくなった店は、客を呼ばなくなった。でも今は違う」


 桐谷くんはわたしをまっすぐ見つめてきた。なんだかちょっとはずかしい。


「オレとお前がいる。オレとお前できちんと仕事をこなせれば、客は増えるはずだ」

「そんな簡単に行くかなぁ……」


 わたしがつぶやくと、桐谷くんはわたしをにらんだ。


「ここは魔法のかかった店だ。オレたちがうまくやれば、力を貸してくれる」

「分かった、信じるよ」


 わたしが頷く。すると、桐谷くんは言った。


「ちなみに、この書店は普通の人には見つけられないんだ」

「え、それどういうこと!?」


 わたし、桐谷くんの方に思わず身を乗り出しちゃう。


「何か悩みを抱えている人、それを誰かに知ってほしい人しか、ここへ来られない」

「え、じゃあ今この店のことを知ってる人って……」

「一度ここへ来たことのある人だけじゃないかな」


 あとは、今悩みを抱えていてここに導かれる人。そう、桐谷くんがつけたした時。


 店の自動ドアが開く音がした。わたしと桐谷くんは思わず体を固くする。


「お客さんかな」

「いや、お前の母さんじゃないか」

「何よ、店がお客さんを呼んでくれるって言ったの、桐谷くんだよ?」


 そうこそこそと言い争っていたら、入ってきた人がわたしたちの目の前に現れた。お母さんじゃなかったから、わたしはあわてて言った。


「いらっしゃいませ!」


 は、初めてのお客さん(?)だ!

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