初めてのお客さん

 初めてのお客さんは、わたしと同じ小学生の女の子に見えた。たぶん、わたしたちより少し学年が下だと思う。


「お姉さん、ここのお店、何?」

「ここはね……、えっとえっと」


 わたし、どういう言葉で説明しようか迷っちゃう。そしたら、小さく桐谷くんがためいきをついて、女の子のとなりに行く。そして女の子の背の高さまで自然にかがむと、彼女の目を見て言ったんだ。



「ここは、お客さんが読みたいと思う、世界で一冊しかない物語を作るお店だよ」


 桐谷くんの言葉に、その子の目がかがやいた。


「さおりの。さおりの読みたい物語も、作れるかな」


 女の子は、じぃーっと桐谷くんを見つめる。桐谷くんは突然わたしの方を振り返って言う。


「あのお姉さんが、さおりちゃんの好きな物語を作ってくれるよ」

「ほんと!?」


 女の子のきらきらおめめが、わたしを見つめる。あわわ、桐谷くん、余計なことを……。


 わたし、まだこのお店のことをよく分かってないんだよ!? 自分の小説書いてるときはわくわくするけど、でもまだまだ未完成なんだよ!?


「ただね、このお姉さんはまだ見習いなんだ。だから時間がかかるかもしれない」

「見習い?」

「物語を作り始めたばかりってこと。それでもいいかな?」

「うん、いいよ」


 女の子は、わたしと桐谷くんを見比べてにっこり笑う。


「だって、私が読みたい物語を作ってくれるって言ってくれたもん」

 

 そう言われたとき、わたしはどきっとした。今わたしがつくっている、誰にも見せてない物語。あれは、まだ見ぬ誰かに向けて書いてる物語だけど、まだ誰の目にもふれてない。

 でも今度わたしが書こうとしている物語は違う。これは、すでに誰かの物語になることが決まってるし、目の前に読者がいる。


『誰にも読んでもらえない物語は、ただの紙くず』


 おじいちゃんの言葉がよみがえる。少なくとも今度わたしの作る物語は、絶対紙くずにはならない。

 わたしも、女の子の前にかがむ。ちゃんと笑えてるかな。


「……自信はないけど、お姉ちゃんがんばって書いてみるね」

「うん」


 こうして、わたしたちは初めてのお客さんを手に入れたんだ。


 

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