桐谷くんの過去

 終わりの会にて。担任の先生が、すごく心配そうな顔でわたしたちに言う。


「クラスメートの松平さんが行方不明です。おうちにも連絡しましたが、家にも帰っていないそうです。もし松平さんを見かけた人がいましたら、家へ帰るよう伝えてください。連絡事項は以上です」


 あれから、松平さんは姿を消した。学校中を先生たちが探し回ったらしいけど、見つからなかったらしい。このことは学校中のうわさになった。

 わたしや加奈子、桐谷くんは当然のごとく松平さんのことを心配したんだけど、クラスメートの中には、『クラスの女王様気取りで気に食わなかった』『もう学校に来なくていいよね』などと、心ない言葉を投げあう人たちもいた。

 つい昨日まで仲良くしていたはずの元松平さんのグループの女子までもが、そういった悪口を口にする。


「ほんと、サイテー」


 加奈子は言った。松平さんのことを言ってるんじゃないって分かる。いなくなった人のことをそうやって悪く言うのが許せないんだ。


「ゆめと桐谷くんは魔法使いなんでしょ。きっと、松平さんを見つけてね」

「うん、きっと」


 そう言って、加奈子は帰っていった。わたしと桐谷くんが一緒に歩くことを怒る人は、今はいない。わたしたちは一緒に教室を出る。


「……一つ、報告がある。事後報告なんだけど」

「何?」

「……さっき、わたあめを使って魔法を使ってしまった。許可をもらう前に使ってごめん」

「ああ、そのこと? だって、わたしを助けるためだったじゃん。あの時、確認なんかしてたら、わたしが怪我してたよ」


 わたしは笑ってそう言うと、桐谷くんにお礼を言った。


「ありがとう。あの時、機転を利かせて助けてくれて」

「困ったときはお互い様だろ」


 桐谷くんが照れくさそうに笑う。


「仲良くするのは結構なことですわ。でもまず、暴走したわたあめを止めるための方法を考えるのを手伝って下さらない?」


 声が聞こえてきて、わたしと桐谷くんはふりかえる。黒松さんと悟くんがじっとこちらを見ていた。


「あ、ごめんなさい」


 わたしが言うと、黒松さんは笑う。


「気にしてませんわ。確認なのですけれど、啓真くんとゆめさんのクラスメートである、松平菜緒さんの様子がおかしかったということで、よいですわね」

「はい。……他の四人はどうでしたか」

 

 わたしが聞くと、黒松さんは首を横に振った。


「いつも通りでしたわ」

「こっちも、変わりなかったよ」


 悟くんもそう答える。


「それじゃあ……、松平さんの『キモチのわたあめ』が暴走してるってことでほとんど間違いないね」

「ああ、そういうことになるな! しかし、何がいけなかったんだろう、ぼくの魔法はカンペキだったはずなのに……」


 ぶつぶつと文句を言う悟くん。そんな悟くんに、黒松さんは言った。


「悟さん、まずは謝らないと」

「謝る? 何を」

「何をってお忘れとは言わせませんわ。昨日、お二人を泥棒扱いいたしましたわね。ちゃんと疑ってすみませんでしたと謝るのです」

「なんでぼくが、この二人に謝らないといけないんだっ」


 むすっとする悟くん。黒松さんは真剣な顔をする。


「悟さん。それは、魔法使いである前に、一人の人間として大切なことです。間違ったことを言ったり、してしまったら謝る。常識ですわ」

「……すまなかった」


 黒松さんににらまれて、悟くんは仕方なくといった様子で謝ってきた。


「心がこもっていませんわ、もう一度です」

「嫌だよっ!」

「あ、気にしてないので大丈夫です!」


 ぐぐっと悟くんの頭を抑え込んで謝らせようとする黒松さんをわたしがあわてて止める。


「すみません。そしてありがとうございます」


 黒松さんも謝ってくる。


「本来なら、わたくしたちで責任を持って止めるべきなのですが……」

「いえ、こういうことはみんなで力を合わせた方がうまく行きますって」


 わたしが言うと、桐谷くんも頷く。


「ただ、少しオレの話を聞いてほしい」

「え、今ですか」


 黒松さんが顔をしかめる。


「大事なことなんだ。オレは以前、悟と同じように『キモチのわたあめ』を暴走させてしまってるんだ。それでも、手伝っていいのかを聞きたい」

「桐谷くんが、誰かの『キモチのわたあめ』を暴走させた……?」


 わたしがくりかえす。彼は、ゆっくりと頷く。


「自分の口から、ちゃんと話すけど。……神本、これを」


 桐谷くんが持っていたのは、『キモチのわたあめ』だった。深い青と赤色。


「これって……、桐谷くんの、わたあめ?」

「そうだ。このわたあめに、オレがなぜ『キモチのわたあめ』が見えなくなったのか、そして魔法を使うのが嫌になったオレが、創さんとどのようにして出会ったのかが詰まってる。松平とのことがきちんと解決したら、これも物語にしてほしい」

「うん、約束する」


 わたしは桐谷くんのわたあめを大事に受け取ると、ビンの中に入れてランドセルの奥深くにしまいこんだ。これできっと、大丈夫。


「オレが『キモチのわたあめ』が見えなくなったのは、小学二年生の時だ。その時のオレは、今の悟のように魔法で何でも解決できると思っていた」

「何言ってんだよ、魔法ですべては解決できるよ」


 悟の言葉に、桐谷くんは首を横に振る。


「いや、できないことも多い。もちろん、百パーセント解決できなくても、『キモチのわたあめ』は手に入る。でも、こちらが魔法で解決した後で、その後彼らがどうなったかを確認したりするか」


 桐谷くんの問いに、悟くんは鼻をならす。


「ばからしい。一度魔法で解決して相手も納得して、『キモチのわたあめ』をくれてるんだ。その後なんて見なくたって大丈夫だ」

「その気持ちが、間違ってるんだ」


 桐谷くんはきっぱりと言った。


「オレたちが魔法で向き合ってるのは、人の心や気持ち、人との関係だ。どれももろくて一度壊れると、直すのがとても難しい。そんなものを、オレは魔法でどうにかしようとしていた。そして、今日のような事件が起きた」


 桐谷くんの顔は、曇っていた。


「オレが魔法で『解決した』と思っていた問題が、解決できていなかった。その女の子は、同じクラスの男の子のことが好きで、告白したい、その勇気がほしいと言った。オレはその願いを魔法でかなえることにした」

「今聞いてる感じだと、特に啓真が悪いようには思いませんわ」


 黒松さんの言葉に、桐谷くんは自嘲気味に笑う。


「ここまでは、な。……オレは女の子に勇気が出る魔法をかけた。そして、彼女はその魔法で無事に好きな人に告白できた。そこまではよかった」

「めでたしめでたし、じゃないのかよ」


 悟の言葉に、桐谷くんは首を横に振った。


「確かに、『キモチのわたあめ』は回収できた。でも、なんだか毎日少しずつ、色が黒ずんでいくような気がした。でもオレは、そのわたあめをそのままにしておいた」


「持ち主の様子を見に行ったりはしなかったの」


 わたしの言葉に、桐谷くんは頷く。


「本当は怖かったのかもしれない。自分の魔法で何か起きてるんじゃないかって、気づいてたけど、気づかないフリをしていたのかもしれない。ある日、その人のわたあめが、消えたんだ」


「今と同じ状況ですわね……」


 黒松さんがうなる。


「そう。そしてオレは、一人でわたあめの持ち主に会いに行った。そこで知ったんだ。あのあと、わたあめの持ち主がどう過ごしていたのかを」


 どんどん黒ずんでいったわたあめ。黒って、どんな気持ちの表れなんだろう。青や水色は悲しみを表していて、赤は怒り、オレンジは喜びなんじゃないかって勝手に思ってるんだけど。


「勇気をもらった女の子は、告白も成功し男の子と一緒に登校したり、休みの日に一緒に出掛けたりして小学生カップルを満喫していた。けれど、勇気をもらった彼女は、今までなら黙っていた自分の意見をどんどん述べるようになった」

「それは、いいことなんじゃないの」


 わたしの言葉に、桐谷くんは力なく笑う。


「それだけならな。でも、それだけじゃすまなかった。彼女は自分の意見を人に押し付けるようになった。自分がこう思うのだから相手もそう思うべきだ、そう思うようになってしまったんだ。自分の思う意見以外もあって当たり前なのに。そして、そうやって、人に自分の意見を押し付けていた彼女の周りには、誰もいなくなってしまったんだ。オレが行った時には、彼女は一人で教室の自分の席に座っていたよ」


 わたしは、一人でわたあめの暴走している人のところに向かっていける桐谷くんを凄いと思ってしまった。


「彼女はオレに言った。『アンタのせいだ!』って」


 それ、今日わたしが松平さんに言われたのと同じ。


「その時、別の用事で学校に来ていた父親が異変に気付いてオレと彼女の仲介に入ってくれた。父親の魔法のおかげで彼女のクラスは、彼女が告白する前の関係性に戻っていた」


 それからだよ、オレに『キモチのわたあめ』が見えなくなったのは。桐谷くんはそう言い終えて、大きく息を吐いた。


「そんな大失敗をやらかしたオレに、このわたあめの暴走をとめる協力をする権利はあるのか、みんなに聞きたいんだ」

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