咲馬の決意
SEAに幽閉されていた《ビス・ソルジャー》。咲馬の脳裏をよぎったのは、前に悦治から聞かされた話だった。『Vis : Code』が少年を救い出そうとして失敗した、あの話ではないのか。その少年は国内で最初に発見されたビスソルジャーのはずである。
梶尾のいっていたボスというのも、そのシェイという人物のことを指しているのかもしれない。
「知っています。父から聞きました」
「レッドのお父さんだね。君のお母さんがそういっていたよ」
「でも、どうして僕に頼むんですか。すでに警察は動いてるはずだし、あとは時間の問題だと思うんですけど」
「それは本当の意味での解決ではない。戦争が終わったからといって、二度と戦争が起きないとは限らん。それと同じ理屈だ。噂によれば、シェイはブラックの群れを率い、無差別な人間狩りを繰り返しているらしい。まるで腹をすかせた猛獣のように、奴は何かを求めさまよっている。シェイのことは誰にもいわないでくれ。君に話したのは特別だ。力になってくれると思ったからこそ」
「僕ならその……シェイという人の気持ちがわかるだろうとおっしゃりたいんですか」
「それもある。だがそれだけではない。もっと直接的な意味もある。たかが警察ではシェイの間合いには入れないと思ったほうがよい。傷一つでも付けることのできた者は、一人もいないと聞いている。だが同じビスの素質をもち、しかも波ヶ丘高校のソルジャー部にいる君ならシェイを止められるかもしれんと思ったんだ」
「わかりました」本当は色々と整理したいこともあるが、ひとまず話を先に進めることを咲馬は選んだ。「あなたはシェイとどういう繋がりがあるんですか」
「今は答えられない。そもそも君が知ったところでどうにもならん。これは私一人の問題なのだから」老人の声は弱々しく、今にも空気中に溶けていきそうだった。
「一つだけ聞かせてください。あなた自身もソルジャーなんじゃ?」
老人は顔色一つ変えず、堂々とした様子で咲馬と目を合わせてきた。
「どうしてそう思う?」
「母からいわれました。人間狩りの被害者である、僕のクラスメイトの女子が通院しているのをあなたは知っていますよね。ベンチに座ってパンジーを観ていたあなたは僕たちに気付き、その女子から僕に向かって緑ノ糸が伸びていると。それを教えてくれたのは母でした。でもそれはおかしい。ヴァイオレットの母に緑ノ糸は目視できません。考えられることは一つ、身近なソルジャーに教えてもらった。でも僕の親戚に緑ノ糸を視れるのは部活の先輩しかいません」無論、風間のことである。「その先輩が病院にくる理由はないし、となると病院で知り合った誰かにふと教えてもらったのかもしれない。根拠としては薄いですけど、たぶん合ってるんじゃないですか」
老人はしばし沈黙した後、「ああ、合っている」と告げた。
「やっぱり……だとしたら、あなたは」
「そこからは訊かない約束だ。そのときが来たら君にもわかる。さっき私のいったことをどうか考えてみてほしい。この街を救えるのは君だけなんだ」
この街を救えるのは自分。ビスである自分だけなのか……。
「君はもっとソルジャーの歴史について学ぶべきだ。SEAの悲劇ばかりが取り沙汰されるが、差別意識や反乱などで多くの人が居場所を失い、死んだ者も多い。そんなソルジャーたちの拠り所となったのが『Vis : Code』といわれている。聞いたことがあろう」
「シェイという人を施設から誘拐、あるいは救出しようとした組織ですよね」
「その通りだ。ただ私は、君に残酷な歴史を押しつけようというんじゃない。知ることは最低限の教養であり最大の進歩でもある。君には期待しているよ」老人は再び工場のほうに目をやり、呟いた。「ここが次なるソルジャー研究の先端地区になろうとは。愚かな過ちが繰り返されなければいいんだが」
帰宅して家の玄関をくぐると、真奈が心配そうな顔で颯爽と駆けつけてきた。
「もう、今日はカウンセリングの日だっていったでしょ。心配したのよ」
「ごめん。他のところに寄ってたんだ。いつも通りだから。もうさすがに大丈夫。そろそろ自分の力で乗り越えないと」
「十秋ちゃんに叱咤激励された?」真奈は違うことを想像しているらしい。残念だが今日に限ってはハズレだ。
「さあね」
老人と一緒にナグア化学の工場まで行ったことは伏せておくことにした。何となく面倒なことは避けたい気分だった。
やがて悦治が仕事から帰ってきて三人で夕食を摂っていると、不意に父はこんなことをいい出した。
「今日の昼頃、警察から連絡があった。被害者は第二エリアを中心とし、同心円状に広がっていることには変わりないが、絶対数が増え続けているそうだ。咲馬が入学する前と比べて、約二倍くらいにまで」いい終わると、酒を飲まない悦治は白米を口に入れた。
「そういえば、わたしの病院のほうも妙なの。紫ノ糸を斬られた親子やカップルの人が多くて。うん、確かに倍になってるかも」
「この四月からどうも様子がおかしい。世界中のどこにでもブラックは存在するが、この第二エリアを起点とする無差別人間狩りはあまりに規則的すぎると思わないか。奴らのリーダーには何か定まった狙いがあるのかもしれん」
そこまで聞き、咲馬は疑問に思ったことを悦治に告げた。
「第二エリアを支配しているブラックのボスは、誰か知ってるの?」
「それがわかれば苦労しない。何度も知り合いの警察に問い合わせているんだが、扱いが極秘らしくてな。向こうも上層部しか知らないそうだ。色々な手を使ってみたが、どうやら知っている人間は一握りらしい」
その一握りの人間に、あの老人が含まれているということになる。いや、あの話をどこまで信じるべきかは正直わからない。何者なのだろう。梶尾の正体も気になるが、それと同じくらい老人のことも気になる。
もし老人のいっていることが本当であれば、シェイという途轍もない強敵と対峙しなければならないということになる。街を救える唯一の可能性は、自分がシェイと互角に剣を交わし、話ができるレベルまで実力を上げることだ。
そのためには、ソルジャー部に復帰するという道しか残されていないようだった。
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