アメとムチの部活見学③
「部室の前で2人のこと待ってたら、部員さんに誘われて、流れで着替えちゃった!」
すると、高身長なセミロング女子が出てきて、咲馬たちを一瞥してきた。眉は少し上がり、やや吊り上がった目は荒野の狼を連想させた。スレッドアックスを背負っており、どんな相手も一撃で仕留める覚悟と風格が感じられる。咲馬が使用しているのは攻守のバランスに優れた剣型だが、彼女は防御を完全に捨てた斧型。珍しい武器を選んだものだ。
そして、十秋にも引けを取らない美人である。可愛いというより、クールビューティという言葉が似合う3年生だ。
「お前たちが例の新入生か?」
例の、というからには十秋がすでに話しているのだろう。
「入部希望の貴堂と久松です」
「ちょ、咲馬……、俺は入るとは一言も──」
「VISはどっちだ?」
「僕です」咲馬は手を挙げた。
「そうか。では、着替えて闘技場まで来い」
それだけいうと、先輩は一足先に闘技場の片隅に立ち、スレッドアックスを入念に眺め始めた。刃こぼれを確認しているようだ。
ここでは技を磨く場所のことを闘技場と呼んでいるらしい。闘技場では先輩女子の他にも複数の部員たちが練習に励んでいる。全部で5人。集中力が高く、誰とも目が合わなかった。皆自分の世界に入り込んでいるようだ。やはり厳しい部活なのだろう。
男子更衣室の中は整然としており、予備のスレッドソードやアックス、ツインダガーなどの武器種が揃えられていた。
「さっきまでの至福の時間はどこへ行った? 俺たちは幻を見せられてたのか……?」竜生が大きくため息をついた。
「火のない所に煙は立たぬ、だよ。厳しくて当たり前。ほら、馬鹿なこと言ってないで行くぞ」
「俺はもっとこう優雅にだな、VIOLETの才能を引き出せる部活を期待してるんだ。VIOLETがどうして剣技を磨く必要がある? 戦闘とは一番縁遠いソルジャーなのによー……。もしさっきの厳しそうな人が部長なら、俺は絶対入部しな──」
そのとき、更衣室のドアがゆっくりと開き、ツインダガーを携えた男子部員が姿を現した。貧弱そうな見た目で、顔色も良いとは言えない。目からは覇気が感じられず、いかにもやる気のないオーラに満ちている。
「仮入部からあの様子だと、今年も苦労しそうだなあ。はあ、人手不足だし、しょうがないか──あ、僕は稲葉洋平。2年ね。これからよろしく。まあいつまで部活続けるかわかんないけどさ」
咲馬も続いて自己紹介し、「今年も苦労しそうって、どういう意味ですか」咲馬は訊いた。
「羽野さんが厳しすぎて、仮入部で新入生びびらせちゃうから……ほんとは僕も去年入らないつもりだったけど、部長に言いくるめられて、半強制的に入っちゃった」
「もしかして……」竜生が声を震わせ、「部長って、さっき俺たちをびびらせてきた先輩っすか」
「そうだよ」
「咲馬、すまん。俺帰るわ。うん、ソルジャー部はお前に託す」そそくさとドアに向かう竜生の手を稲葉が掴んだ。
「羽野さんから伝言。2人同時に相手するって」
「マジかよ……マジですか?」
「潔く諦めろ」
咲馬は竜生の肩を軽く叩いた。
「よくねえよ! 甘くて切ねえ青春をだな──」
「それ、無理だよ」稲葉が真顔でいった。「うちに入ったら平日はもちろん、土日も練習。遊びに出かける暇はほとんどない」
「そんなあ」がくりと膝をつく竜生。
「もうすぐ3分経つ。入部前から怒られるのはごめんだ」咲馬は告げた。
闘技場に出ると、それぞれの武器種で素振りをしている部員の姿。圧倒的な威圧感を放つ羽野先輩以外、こちらを振り向く者はいない。自分の世界に没入し、高い集中力を維持している。
咲馬たちを定位置に立たせた羽野は、スレッドアックスを構えた。そして、咲馬と同じスレッドサイス──鎌状の武器を竜星のほうに投げてきた。地面に突き刺さり、回転を止めた。
「あ、あっぶねえええ!!」
「お前たちの実力を見せてもらう」
「あのう……俺、鎌とか振ったことなくて」
「構わない」羽野は平然といった。「入部テストと捉えてほしい。それによって練習メニューを決定する」
「お言葉ですけど、まだ入部するって決めたわけじゃ……」
「ソルジャーの能力をもって生まれ、虹ヶ丘に入学したのに、ソルジャー部に入らないという選択肢はお前たちに用意されていない」羽野は竜生の喉にスレッドアックスを突きつけた。
「ひいっ!」
「そうだな、私に勝てば自由な選択肢を与えよう。負けたら入部だ。異論はあるか」
「ないですう……」
辺りを見渡すと、知らない間に他の部員たちの視線がこちらに向けられていた。
「異論はありませんが──」咲馬は告げた。「1つ教えてほしいことがあります」
「聞こう」
「羽野先輩は、勝負で負けたことはありますか」
「ない」
ない。一度も負けたことはない。羽野先輩はそう応えた。信じられないほどの腕前だ。
「稲葉に伝言させたとおり、今から2人同時に相手をする」羽野は体の正面で斧を構え、少し顎を引いて姿勢を低くした。「いつでもかかってこい」
「なら、遠慮なく!」
咲馬は柄を強く握りしめ、同時に今までの悦治との練習を回顧する。
こっちも素人ではない。
必ず勝機はあるはず──。
咲馬は勢いよく駆け出した。
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