羽野陽華
真っ向勝負を仕掛ければ、まずこちらに勝ち目はない。勝機があるとすれば、それは一瞬の隙を突いたとき。だから側面から回り込むように、できるだけ腕の可動域に沿わないように、そして先輩が動く前に先制攻撃、それしかない。
竜生は馬鹿正直に真正面から突撃している。鎌の持ち方も詰め寄り方も無茶苦茶。咲馬はそんな彼の行動パターンをあらかじめ想定していた。悪いが囮になってもらう。
先輩のような剣豪でも2方向からの連撃を同時に処理するのは難しいはずだ。
正面の竜生に気を取られていた羽野先輩が、一瞬咲馬のほうを見た。
だがその目には、微塵の驚きも油断も含まれていなかった。
羽野が、にやりと不敵な笑みを浮かべ──。
次の瞬間、羽野は竜生の頼りない一撃をひらりと交わし、咲馬のスレッドソードを阻止した。
「ぐっ!」
両手で全力で振り下ろしたはずなのに、羽野先輩は片手で受けている。
「甘いな」
そのままアックスを横に大きく振り、咲馬の刀を宙に舞い上がらせた。同じ軌道にあった竜生の鎌も豪快に弾き飛んだ。
たった一振りで、2人の手元から武器が消失したのだった。
「参りました……羽野さんの強さは本物です」咲馬は本心からそういった。違う戦法で挑んでいたとしても、結果は同じだっただろう。
「約束は果たしてもらう。私の勝ちだ。ソルジャー部に入部しろ」
「そりゃねえってー」その場に倒れ込む竜生。
「貴堂、お前はなかなか筋がある。剣を振るのは初めてじゃないな」
「REDの父に鍛えられました。僕なんか足元にも及ばない強さですけど」
「なるほど、そういうことか」羽野先輩は顎に手をやった。「鍛えがいがありそうだ」
「よろしくお願いします……」
羽野は号令をかけて部員たちを整列させると、それぞれ自己紹介するように告げた。最初に口を開いたのは先程部室で会った稲葉洋平だった。
「とりあえず、よろしく。えっと、VIOLETだ。剣はあんまり上手じゃないけど……、お互いほどほどに頑張ろうよ」やる気のなさそうな雰囲気。
「こいつ、皆からヘタレっていわれてるんだよ。この腑抜けた顔見ればわかると思うけどさ」無邪気にそういったのは、稲葉と同じ2年の女子部員だった。童顔でややカール気味の髪が特徴。「あたし桝藤夕菜。VIOLETだよー。入部したらジュース奢ってあげるから、洋平がね」
「どうして僕なんだよ」
「あたしは奢る側じゃなくて、奢ってもらうほうが似合ってるもん。そうですよね、楓先輩っ」
「もう少し大人になろうね、夕菜ちゃん」3年の佐奈島楓がよしよしと夕菜の頭を撫でる。色っぽい声で、背筋がぞくりとした。瞳が大きく、ロングの髪型も似合っている。男子からの人気も相当高いに違いない。竜生の目が地獄の中に天使を見つけたように変わった。
武器は、その愛らしい容姿からは想像がつかない鎌だった。スレッドサイス──竜生と同じ武器だ。
「あなたも可愛らしい子ね。とっても強いし」今度は咲馬の頭を撫でてきた。間近で見ると、いかにその顔立ちが整っているかがわかる。妖艶なお姉さんと表現するべきか。「佐奈島楓といいます。ソルジャー部副部長でVIOLETです。何か困ったことがあればいつでも相談してね」
「はい」
「あの、俺、久松竜生です。先輩と同じVIOLETなんすよ。よろしければ、俺にも頭なでなでを頂戴願えないでしょうか、先輩!」
「あらあら、意外と甘えん坊なのね」
情けで撫でてもらった竜生は、鼻の穴を大きく広げている。相変わらず単純な奴だ。
自己紹介はあと1人残っている。なぜかこの人だけ着物を身につけていた。髷を結ったら完全に戦国時代の武将と化す。
「風間淳太」透き通るような声。
自己紹介、終わり。まるで愛想のない3年生。日本刀の使い手で、咲馬のスレッドソードと比べて刀身が長い。
「淳太くん、もう少し自分のこと話してあげたらどう? たとえば、何て呼んでほしいとか」
「風間さん。そう呼んでもらって差し支えない」
それだけいうと、風間は元の場所に戻り、再び黙々と日本刀を振り始めた。
「淳太は曖昧な感情を読み取れる、緑から橙ノ糸専門のMIDDLEだ。VISに次いで希少価値が高い」羽野が風間のほうを見てそういった。「あいつには何度か負けそうになったことがある。貴堂と一緒で、幼い頃から刀を手に取っていたから実力は確かだ。気になるなら一度手合わせを頼むといい」
剣の腕前ももちろんだが、咲馬は風間の視える糸について少し驚いた。
「MIDDLEは初めて出会いました」
「そんな珍しいのか?」竜生が訊いてきた。
「数が1番多いのがVIOLETで、次いでRED。可視光って言葉を聞いたことあるだろ?」
「カシコウ?」
「視ることが可能な光と書いて可視光だ。物理の授業でこれから習う。そもそも光は電磁波の1種で波長域ごとに呼び方が決められている。人間が視られる波長は可視光領域、紫から赤色までだ。その領域に当てはまらない波長は紫外線、赤外線と呼ばれている。この用語は聞き馴染みがあると思う。可視光領域の中間くらいに位置する色を視られるソルジャーは少ないんだ」
羽野が深く頷き、「淳太は貴重なソルジャーだ。貴堂のようなVISほどではないが、引く手あまたといっていい。不安や葛藤といった、不安定に揺れ動く中程度のエネルギー準位を感じ取れる」
「羽野さんはどのソルジャーなんですか」咲馬は訊いた。
「REDだ。貴堂の父親と同じ」羽野は斧を正面に掲げ、柄を地面に突き刺した。「我が刃は赤ノ糸を根絶するためにある。そのために幼い頃より練習を積んできた。誰にいわれたわけでもない、自分でその使命を背負うと決めた」
羽野は続けた。
「果たすべき使命は、赤ノ糸を根絶し──」百獣の王も逃げ出すほど、その眼光は鋭い光を放ち、「人間狩りを阻止することだ」
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