危険な香り①
「赤ノ糸にも役割があると思います」咲馬は羽野に告げた。
「赤ノ糸は他の糸と比べて犯罪に繋がる確率が段違いに高い。VISである貴堂こそ、よくわかっているはずだが──逆に問おう。赤ノ糸の価値とは何だ」
「革命と守護です」
咲馬は歓楽街で喧嘩していたサラリーマン2人のことを思い出し、羽野に話した。海外転勤を命じられた不運な彼のことだ。彼は家族と過ごす時間を守りたい一心から赤ノ糸を発していた。
「守護する赤ノ糸、か」羽野は鼻で笑い、アックスを咲馬の胸の前に突きつけてきた。「誰かを守るためなら何をしたって許される。それがお前の理屈だな」
「そんなことがいいたいんじゃなくて……」
なぜ伝わらないのか。赤ノ糸がなければ、人は皆理不尽な力にひれ伏すだけの存在になるのではないか。それは奴隷であって、人の生き方ではない。
咲馬、と竜生が首を振った。やめとけ、の合図だろう。だが咲馬は引き下がらず、
「確かに赤ノ糸は危険です。だけど同時に人としての生き方を磨く作用もあります」
「被害者の前でも、そのことを口にできるか」アックスを下げずに羽野が告げた。「犯罪者の多くが周囲に無差別な赤ノ糸を向けている。人間は赤ノ糸の感情を制御できないからだ。だから忠告する。赤ノ糸を速やかに斬る覚悟がないなら、その剣を振る資格はない。たとえ私を超える才能があっても」
「羽野さんの言ったことは、確かに間違いではないと思います──」咲馬はスレッドソードを握る手に力を込めた。間違いではなく、不足していると咲馬は感じた。
「あたし、咲馬くんのいうことにも一理あると思います」そういったのは、1人場違いなチアガールの格好をしている十秋だった。「ただコントロールするシステムが整備されていないだけで」
「実戦を経験すれば、その幻想も打ち砕かれる」
羽野先輩の言葉を最後に、本日の部活はお開きとなった。待っていたかのように竜生は家の用事があると言い、颯爽と帰っていった。絶対嘘に違いないが、言及するのも野暮だ。
部室に戻って着替えていると、愛称ヘタレこと稲葉が話しかけてきた。
「部長にはあまり喧嘩売らないほうがいいよ。売りつけた倍だけ損するから。ただ、あの羽野さんが驚いた顔してたのは意外だったね」
「僕には仁王像みたいにしか見えませんでしたけど」
「1年一緒にいれば何となくわかるんだ。珍しくあの人が動揺してた。君の機敏な動きに何か感じるものがあったのかもしれない。あと、堂々とした物言いも含めてね」
「なんかすみません……、空気壊しちゃいましたか?」
「いや、あの話は正解がないと思うから気にしなくていいよ。人にはどんな感情だって抱く権利がある。たとえ世の中への恨みだったとしても、それがきっかけで革命が起きて、次の世の中が作られるって見方もできるし」
ヘタレの割に思考が深いなと咲馬は思った。
「君は自分の能力のこと、どう思ってるの?」
「どうって?」
「ソルジャーとして生まれてきてよかった、あるいはそうじゃなかったか」
「どちらかというと、嬉しくないですね。生まれた以上責任は果たしたいと思いますけど。だから虹ヶ丘を受けたんです」
「僕も似たようなもんだ」稲葉は大きなため息をついた。「貴堂の気持ちはよくわかるよ。僕もソルジャーの個性なんか別に欲しくなかった」
「恋愛研や他の高校にも入学できたのに、どうしてわざわざソルジャー部に?」
「羽野さんに負けちゃったからってのは建前で、1番の理由はコスパがいいから。興味がなくても、これから伸びる産業に就職したいのと同じ心理。たまたまソルジャーの素質があった。世間的にはそれは珍しい。だからそれを活かせば、将来安定して暮らせる可能性が高いだろう、そんな不純な動機があったわけ」
咲馬は思わず笑ってしまった。
「あっ、今僕のことヘタレと思ったでしょ。うわぁ、ついに後輩にまで馬鹿にされるのかあ……」
「違いますよ」咲馬は稲葉と目を合わせた。「安心したんです。社会のためじゃなくて、自分の幸せのために能力を磨きたいっていう思いに。そのほうが肩の力が入りすぎなくていいのかなって」
「ああ、自己中こそ正義だ」
人から褒められることが少ないのか、稲葉は照れくさそうに窓の外に目をやった。「僕でよかったらいつでも相談に乗るよ。役に立つ保証はないけど」
「ありがとうございます」
ヘタレと呼ばれる人を、これほど心強く思ったことは今までなかった。
†
正式に入部届を出し終え、もちろん竜生のも強引に提出させ、十秋はマネージャーとして、いよいよ3人の入部が決まった。
とはいえ、部活以外の時間は普通の高校生である。ソルジャー科目を除けば他の一般学生と受ける授業は全く同じ。
今の日本では銃刀法が改正され、ソルジャーのみ街中で刃物を所持することが認められている。自殺防止、少子高齢化、犯罪抑止等の効果が期待されていることを授業で教わる。
この日の1時間目は国語で、年配教師のゆったりとした物言いから繰り出される睡魔に何とか耐え切った咲馬は、廊下で手招きする人がいることに気付き、席を立った。
ソルジャー部の桝藤夕菜だった。
「夕菜さん?」
「おはよ、咲馬くん。元気かな?」
「可もなく不可もなくって感じですけど、何か用ですか?」
「元気なら何より。それはそれはよかった」夕菜の満面の笑みは、小学生の無邪気さを連想させた。「今日は大事なことを伝えに来たのだよ」
そういって夕菜が見つめる先に、いつも通り誰とも会話を交わさない黒神玲央がいた。自分の席で剣術に関する本を読んでいるらしい。
「あの子は警戒したほうがいいね。糸が視えないってどういうことなんだろうねー?」夕菜はどこか弾むような声でそう告げた。
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