アメとムチの部活見学②

 そう告げた先輩の顔は、まるで苦虫を噛み潰したかのようだった。


 話によると、これまで虹ヶ丘に入学したソルジャーは、ソルジャー部への入部が義務付けられていたが、近年あまりの厳しさに反抗する声が大きくなったという。ソルジャーにも人権を、の理念から学園非公認の『恋愛研究会』が誕生したのだ。


 推薦入試で入学したソルジャーは、課外活動によって能力を精錬し、国内におけるソルジャー研究開発に貢献し、また国益をもたらす義務を負う──と定められている。街に潜むBLACKを狩ったり、実戦経験を積んでほしいという狙いがあった。恋愛研究会は犯罪抑止からは外れるが、少子高齢化を解決する有効な手立てとして、学校側は黙認している。


 ただし、ソルジャー部に入らない生徒は一般生徒からは嫌われるらしく、先輩たちもその経験があるらしい。


「へ、へへ……そんな怖い顔しなくても。学校側が認めてるなら、何も怖くありませんよね?」竜生が茶化したが、その表情は引きつっている。


「残念だけどほんとの話よ。色々噂も聞くし。でも一般生徒の気持ちも少しわかる。自分たちは汗水流して遊びも封印して、やっとこさ一流の虹ヶ丘に入学したのに、私たちソルジャーは生まれつきもってる能力だけで入れた。そりゃ、不平等だと思うのも当然だよね。私たちのせいで士気が下がって、学校の偏差値が下がったら本末転倒だもん」


「逆にソルジャー部に入れば、誰からも文句を言われなくなる。そうですよね?」


 咲馬が言うと、先輩は目を丸くした。


「強いね、やっぱり君は……私にはとても真似できないや」

「だから恋愛研には──」

「咲馬、待てって! いいか、世の中にはお前の知らない愉しみが一杯ある。高校生活は花形なんだぜ? おっさんたちがどれだけ大金はたいても買えやしない。それを俺たちはもってる。スゲエことなんだよ。彼女と初デート、彼女と勉強して、同じ大学に入って結婚して──」


「ちょーっと夢見すぎかな……」先輩が苦笑する。


「彼女つくって遊びたいだけだろ?」咲馬が目を細めて冷ややかな視線を送りつけると、


「てへへ、ばれちまったか……」


「出会ってまだ1日も経ってないけど、竜生のことは大体わかった」そして思わず吹き出した。「こんな単純な奴、久しぶりだ。糸に頼らなくても、竜生の感情ならいつでも当てる自信がある」


「なんか悔しいなー、おい!」


 咲馬の肩にぐるりと手を回し、人懐っこい声を出す。


「まるで昔からの親友みたい」ロングヘアの先輩が口元に手をやり、小さく笑った。「竜星くん、百聞は一見に如かずって言うでしょ。青春する相手がソルジャー部にいるかもしれないよ!」


「なるほど!」竜生は唸り、打って変わって神妙な面持ちで腕を組む。「可能性は充分にあるな。よし咲馬、今からソルジャー部見に行くぞ! そういや十秋ちゃん待たせてるし、長々と話してたら可哀そうだ」


「誰のせいで見学する羽目になった?」

「ちゃんとソルジャー部にも行くんだし、そこはお互い様ってことで──また覗きに来るんで、そのときはよろしくお願いします」


 咲馬も礼をいい、廊下に出た。開いた窓から少し肌寒い風が入ってくる。見下ろすと、新入生を祝う桜が華麗に舞っている。


「どうした?」竜生が訊いてきた。


「僕たち、虹ヶ丘に入ったんだなあって」

「ラッキーな話だぜ」

「それでいいのかな? 本当はさ、僕たちより虹ヶ丘に相応しい実力の2人がいて、彼らの夢を僕たちが奪ったんじゃないかなって」

「考えても仕方ねえよ。不正で入ったわけじゃねえんだし、堂々と胸張ってりゃいい。何か悪口の1つでも吐かれたら、俺がいい返してやる、相棒よ!」

「相棒?」

「おうよ、咲馬は俺の相棒だ」


 こんな裏表のない人間は初めてだ。少しいい加減なところはあるが、身を任せてみるのもアリか?


「改めて、よろしく」咲馬は告げた。


 2人でグラウンドに出ると、野球部とサッカー部がそれぞれ活動している最中だった。半分ずつ喧嘩しないように棲み分けているようだった。野球部の女子マネージャーを見て、竜星が早速鼻の下を伸ばしている。馬鹿言うな、と咲馬が一蹴すると、今度は十秋の話題になった。


「十秋ちゃん、これから絶対人気出るぜ。咲馬ものんびりしてられないな?」

「どういう意味だ?」

「とっくに気付いてるくせに。咲馬なら脈アリなんじゃねってことよ。恋愛に関しては俺のほうが敏感だな。このチャンスを逃す前に──」

「僕は遠慮しておく」

「ったくー、それで悔しくねえのか。入学して一番最初にお近づきになれたってのに、他の男子に取られたんじゃあ洒落にならねえぞ」

「とにかく俺は興味ない」


 すると、竜生の足が止まった。竜生らしからぬというか、といっても普段どんな表情をすることが多いのか知っているわけではないが、とにかく彼には似つかわしくない面持ち。


「どうかした?」咲馬は訊いてみた。


「いや……あのな。今思い出したんだけど、十秋ちゃんのことで少し気になるっていうか、気がかりっていうか、何となくこう……引っかかるものを感じたんだよな。恋愛的な意味じゃなくて」

「引っかかるもの?」

「たぶん俺の思い過ごしなんだろうけど、まあ隠す理由もねえし、一応いっておく。十秋ちゃんは俺より咲馬に興味があるようで、話してるときも活き活きしてたよな」

「恨み言か? 嫉妬深いからモテないんだ」

「そうじゃなくて、十秋ちゃんからお前に紫ノ糸が伸びてないのが気になったんだよ」


 確かに妙だ。通常、相手と1対1で話しているとき、糸はその目の前の相手に発せられるのが普通である。どれほど強い感情を抱いていても、一時的に目の前で話している人に注意力が向けられ、何らかの感情を示す糸が出るからだ。


「じゃあ、逆に赤ノ糸は……」


 そこまでいったところで、咲馬はこの質問自体が成り立たないことに気付いた。


「俺はVIOLETだぜ。赤ノ糸は見えねえよ」

「そう……だよな」

「いっておくが、お前と十秋ちゃんの仲を引き裂くための嘘じゃねえからな。俺はそういう狡いことが嫌いな性分でよ。小手先で本物の愛は手に入らねえと思うから」


「可能性は大きく2つ」咲馬は呟いた。「1つは十秋が僕に対して何の感情も抱いていない場合。もう1つは僕に紫以外の糸を向けている場合だ」


「あれだけ好意的な態度だったのに、赤ノ糸はさすがにねえだろって思うけどな」

「同感。好かれてる自覚はないけど、初日で嫌われる理由もないと思う」

「あんまり考えすぎないほうがいいかもな」

「僕は気になるな」

「そうか。でもあんまり顔には出さないほうが吉だぜ。十秋ちゃん、推理が得意っていってたな。人の表情を読むのが得意かもしれん。もし咲馬に疑われてると知れば、悲しませることになるぞ」

「もちろん僕は十秋を信じてる。視える糸がすべてを表すとは限らない」


 野球部とサッカー部の邪魔をしないようにグラウンドの隅を伝って歩いて行き、テニスコートの真横にあるスタジアムにたどり着いた。校舎の次に巨大な施設らしい。テニスコート5面は余裕で収まる広さだ。中に入ってすぐ右手に部室や倉庫が並び、中央部は闘技場のような物々しい雰囲気だ。血の気の多い陸上競技場、と形容すべきか。


 すると、近くの部室扉が開いて女子が出てきた。


 それは、チアガール姿の十秋だった。


「あっ、2人とも!」


 快活に手を振る十秋の表情は、世界中の誰に訊ねても心の底からの笑顔と答えるだろう。少なくとも咲馬はそう信じたかった。

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