アメとムチの部活見学①
咲馬は黒神玲央の背中を見つめていた。積極的に誰かと関わる気配はなく、ただ1人静かに本を読んでいる。内容はわからない。彼から糸は伸びておらず、誰彼構わず敵意を抱いているわけではないようだ。虹ヶ丘に入学できる生徒だから、最低限の理性は備えているのだろう。
何となく周囲からの視線を感じる。噂話が聞こえてくる。自分が《VIS:Soldier》だと名乗ってからずっとだ。近づかないほうがいい、そんな会話だ。憧憬ではなく畏敬というべきか。とにかく自分は恐れられている。当たり前だ。自分の前ではほぼ全ての感情を読み取られてしまう。隠し事は通用しない。
VIOLETのような単純なスキルであればクラスの人気者になれたのだろうが、VISは能力がありすぎる。才能を有する苦しみを共有できる相手は滅多にいない。しかし、ソルジャー部なら──。
放課後、咲馬は竜生に連れられて、化学実験室の隣にある教室へと足を運んだ。中には4人の生徒がいて、男女それぞれ2名ずつ。仲良く談笑する声が聞こえてきた。
竜生が扉をノックすると、はあい、と女子の高い声がした。
「ここ、恋愛研で合ってます?」竜生はぐいと室内を覗き込む。
「そうだよ」ロングヘアの先輩は2人の顔を交互に見つめ、「もしかして、仮入部かな?」
「いえいえ、入部希望です。俺、絶対戦力になれますから。ほら、咲馬もアピールしとけって」
そういわれたので渋々。というかまず最初に名前を名乗れ、名前を。
「貴堂咲馬です。まだ入るかどうかは決めてませんが、見学にきました。僕たちソルジャーなんで」
「あ、今年は2人入ってきたって噂、本当だったんだ。まあまあ、とりあえず中に入って話そうよ」にこりと微笑み、先輩は手招きした。
「いらっしゃい」
「おっ、早速新入生とは」
「順調な滑り出し、ですね」
今年からは3年生が3人、2年生が1人で恋愛研の活動をしているらしい。全員VIOLETだ。改めて自己紹介すると、さっきの2年の先輩女子が話しかけてきた。
「どうしてうちに興味もったの? 私たちもそうだけど、やっぱり糸を視る訓練?」
「全生徒の恋のお悩みをすっぱり解決して役に立ちたい──っていうのは建前ですけど」竜生は一人で勝手に照れており、後頭部を掻いた。「学校の人気者になりたいからです!!」
そのとき、空気が静まり返った。
「で、ですよねえ……ははっ……。でも新入生が入ってくれるのはとても嬉しいよ!」
先輩に両手を握られ、竜生は頬を赤らめた。先輩たちから発せられる紫ノ糸が竜生に収束する。友好の証、といったところか。
「うちさ、今年1年生が入らなかったら、正直やばいんだよ。2年が1人しかいないのを見てもらえれば分かると思うけど。てなわけで、入部ウェルカムだよっ!」
「もちろん、VIS様も入るよな!」
「その呼び方はよせ」
「VISって言ったのか……」3年生の先輩男子が目を丸くしている。
「そ、そんなわけ……」ロングヘアの先輩も同じ表情で、口が半開きになっている。
「世界で最も希少価値の高いと言われる、正真正銘のVISです。信じられないと思いますが」
「そう、なんだね……」
また、この『視線』だ──。逃げ出したくなるような。
「VISの人は色々と忙しいんじゃないかな? 私たちとは生きてる次元が違うだろうし、こんなお遊びの部活に……」
「お遊びとは思いませんよ。僕はソルジャー部に入るために虹ヶ丘の推薦を受けました。むしろ、そうでないと一般入試組が納得しません。ソルジャーだけ大した努力もせず難関校に入りやがってと思われるのが筋です。こんな能力をもって生まれてきたんだから、僕にはそれを役立てる義務があります」
「お前は真面目すぎんだよ。咲馬、兼部してもいいんだぜ。お前の人生なんだからよ。確かにVISの能力はすごいけど、使命に縛り付けられるのは違う気がすんだよな」
「久松さんのいう通りです」今度はショートヘアの物静かそうな先輩女子が、「確かにVISは私たちにとって特殊な存在ですけど、中身は普通の人間ですもんね。ごめんなさい、VISと聞いて、少し怖がっちゃいました。ぜひ恋愛研に入ってもらえればと思います。考える時間がほしいのでしたら、その、いくらでも待ちます。貴堂さんの好きなタイミングで決めてもらえれば」
するとロングヘアの先輩が、
「せっかく来てくれたんだし、恋愛研の活動内容とか色々、2人に聞いてもらう?」
先輩が一同の顔を見渡すと、部員たちは一斉に頷いた。
「うちの部活、いや研究会はちょっとだけ校則を気にしなきゃいけないの。いずれ耳にすると思うから先に教えてあげる。まず、ソルジャーが校内で抜刀するのは禁止されてるでしょ。誰かが大喧嘩してても絶対に斬っちゃだめ。斬れば、一般生徒とソルジャーの関係性に亀裂が生じて、学校が崩壊する恐れがあるからね。そしてうちの研究会に大いに関係ある、紫ノ糸を丁重に扱うということ。たとえば、男の先生が女子生徒に好意の紫ノ糸を発していたとする。そのことを安易に言い広めちゃうと、先生も生徒も変な目で見られて、学校にいられなくなる。紫ノ糸だからといって、面白半分で道具にしちゃダメなの」
「ソルジャーに頼ったほうが、早く解決できそうなのになあ」竜生が呟いた。
すると先輩は眉をひそめ、「確かにソルジャーは計り知れない可能性を秘めた存在だよ。学校側もそう思ってる。でも、ソルジャーに依存しすぎた社会が実現するのは怖いよね。せっかくソルジャーへの差別がここ数年めっきり減ったのに、今度は逆のことが起きると思わない?」
咲馬は、先輩のいわんとすることを察した。
「ソルジャーが一般人を見下すようになる、と」
「そう。だから恋愛研でもVIOLETだけに頼って成功確率を上げるのは禁止されてる。要はバランスの問題ね。一般人とソルジャーが互いを尊重し合えるように。今のは私なりの言葉だけど。色々喋りすぎちゃったかな?」先輩は苦笑した。
「僕も先輩と同じです。最近の糸を軽視する風潮は嫌いです。綺麗事だけで世の中が回るとも思いませんが、それでも自分の信じるソルジャー像を、僕は貫きたい」
「優しいんだ。ごめんね、さっきはVISって聞いてびっくりしちゃったけど、君は社会を良くするソルジャーになれるよ。興味があれば、ぜひ入部も検討してね。あ、肝心の活動内容について、まだ話してなかった。うちは週何日活動するとか特に決まってなくて、相談者が来たら、今日の放課後集まってーみたいなノリ。恋心なんて気軽に人に話せるものじゃないから、頻度はそんなに高くないよ」
「俺、絶対に入ります! 今すぐにでも!」口から入部届を吐き出す勢いで竜生がいった。
「僕は一旦ソルジャー部を見てから決めます」
「他にも色々見てからでいいよー。虹ヶ丘の部活はどこも活発で有名だし。ソルジャーを積極的に育てる進学校で、文武両道を掲げてるもんね。そうだ、1つ怖いこと教えてあげよっか。特に、ソルジャー部はめーっちゃくちゃ、きついって噂」
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