街の象徴3/3

 午前中のプログラムが終了すると、昼食タイムとなった。一階のロビーを抜けた先に大規模なフードコートがあり、弁当を持参していない生徒はラーメンなど好きな品を頼むことができる。

 咲馬、竜生、十秋は三人とも自前の弁当をもってきているため、早速適当な席を見つけて座った。快適な空間のガラス窓から、作業着を纏った人たちの姿がいくつか見えた。天下のナグア化学、そんなことを今朝、悦治がいっていた。

「水汲んできたよ」十秋が三人分のプラスチックコップをテーブルに置いた。

「さすが美人マネージャー」と竜生がおだてている。

「美人ていわれるの、ちょっと嬉しいかも」

「ほら、咲馬もいってやれ」

「僕はいいよ。あっ、水を汲んできてくれたことはありがたいって思ってるから」

 要するに、照れ臭かったのだ。

「咲馬くん」じーっと粘度の高い目で十秋が見つめてくる。

「な、なんだよ」

「あの、いっちゃうようで悪いけど、めっちゃ顔赤いよ」

「えっ、はっ、なっ!」途端に目を逸らせるが、すでにどこを向いたところで結果は同じだった。

「なんで赤いのかなあ」と十秋は引き延ばすような声でいった。わざとらしい。

「別に、お昼が待ち遠しかっただけだよ」

「咲馬はそういうとこ、素直じゃねえな。俺みたいにさ、直観で生きてみろ。かわいい子を見たら素直にかわいいと褒める。そこから絆が生まれるってもんよ」ぽんと咲馬の背中を叩いてきた。

「って竜生もいってるんだし、正直に話しなさい」

「そんな、取り調べじゃないんだし」

 二人は何も告げようとしない。咲馬が何か喋り出すまで待機状態を貫き続ける魂胆らしい。仕方ない、と咲馬は思った。

「マネージャーっぽくて、かわいい……」

「あの、この世にマネージャーなんて無数にいるんですけど。あたしである必要がないでしょ」

「うっ……」照れ隠しだと早々に見抜かれてしまった。「……十秋が、かわいい」

 今度は十秋が頬を赤らめる番だった。

「ろ、六十点!」そういって、汲んできたばかりの水を一気に飲み干した。

 咲馬の隣で、竜生がにやついたままの顔で「んじゃ、いただきます」と手を合わせた。

 自分は一体何をさせられているんだ、と思うのと同時に、さっきいった言葉がすんなり自分の中に浸透していく感覚があった。

「それでちょいと真面目な話に戻るんだけどよ」竜生が口に含む物を呑み込んでからいった。「梶尾の野郎について、羽野さんが新しく情報を仕入れたみたいだぜ」

「僕は何も聞かされてないんだけど」

「ああ、警察とかそっち方面から得た情報じゃなくて、羽野さんが単独で発見したことらしい。俺はあまり知らねえんだけど、咲馬の家に行ったとき? 下校後のあいつの行動を監視する役を引き受けたからっていった」

 あっ、と口にしたのは十秋だ。「確かにそういう約束だった。あたしと咲馬くんがクラスでの梶尾く……梶尾の監視をして、下校後は面識のない羽野さんのほうが接近しやすいからって話だったと思うけど。単独で調査してたんだ」

「羽野先輩らしいね」咲馬は相槌を打った。

「それで、仕入れた情報というのは──」竜生はぐっと前のめりの姿勢になる。「意外なことに、梶尾のお父さんはソルジャー関連のベンチャー企業で働いてるらしいんだよ。んでお母さんのほうが、その会社に隣接する弁当屋で働いている。羽野さんはその弁当屋に寄って、梶尾のお母さんと少しだけ会話したらしいんだ。そしたら梶尾のお母さん、『ソルジャーのおかげで、会社も弁当も儲かってます』って、めちゃくちゃ嬉しそうに喋ってたらしい」

 その話を聞き、咲馬は違和感を覚えた。

「いま聞いた感じだと、梶尾の両親は別にソルジャーのことが憎いとか、そういう感じじゃないんだね」

「ああ。むしろ好意的に捉えてるっぽい」

「変な話ね」と十秋も呟く。

 だとしたら、なぜ梶尾はソルジャーの存在にあそこまで固執するのだろうと咲馬は疑問に思った。

 食事を摂り終わった頃、テーブルの横にすっと誰かの気配がしたので見上げると、稲葉が立っていた。「思ったよりも元気そうだね。よかった」

「稲葉さん。あれ、一人ですか」

 咲馬が訊くと、彼は頷いた。

「他のみんなはあっちでまだ食べてる。よかったら、屋上に出てみない? 自由に立ち入れるらしいんだ」

「じゃあ三人で──」咲馬がいいかけたとき、稲葉が口を挟んだ。

「いや、今日は君と二人で話がしたい。いいかな」

 気のせいか、稲葉の顔はいつになく強張っているように見えた。ヘタレの根性なしとはまるで違う、緊迫感を帯びた目つき。

「わかりました」咲馬は、残る二人と目を合わせた。「じゃあ、ちょっといってくる」

「おう」

「続きはまたあとで、ゆっくり話そっか」十秋が微笑んだ。

 稲葉に連れられ、二人で屋上までやってきた。十代というのはなぜか屋上に心惹かれるようで、こぞってここで食事している連中も多い。

 フェンスに近づくと、工場の全体像を一望できた。駆け抜ける風も心地よい。大自然の眺望もいいが、こうした人工物の『美』というのも趣がある。

「それで、僕に話って?」

「じつは貴堂に話しかける前、トイレに行ったんだけど、混んでたから別館のほうに行ってさ。そこで用を済ませて出てきたら、柱の陰で誰かが電話してたんだ。そいつは梶尾達樹だった」

 咲馬は目を剥いた。

「その話、詳しく聞かせてくれませんか」

「ああ。それで、何となく盗み聞きしてたらこんなことを話してた。『ボスが視察に来るとは光栄です。でも、潰すのに絶好の機会だと』って。なんかさ、怖くない? あいつ、またなんか企んでるんじゃあ。ひとまず貴堂には話そうと思って」

 潰すのに絶好の機会だと。いつだ。今日なのか。今工場見学に来ているこの瞬間。誰を潰すのか。ソルジャー部か、咲馬か、それとも不特定多数の──。

「稲葉さん、何だか危険な臭いがします。すぐに羽野先輩たちに──」

 そのときだった。

 館内から、けたたましい警報が鳴り響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る