見えざる罠1/3

 周りにいる生徒たちが何事かと騒ぎ始める。屋上にいることを活かし、咲馬も工場内のどこに異変が起きているのか、自分の目で探していく。だが広すぎて、異常事態が発生しているポイントが掴めない。

「稲葉さん、どこで異変が起きているのかわかりますか!」

「見えない。けど、梶尾たちの仕業だと決まったわけじゃない。単純に工場内での異変なのかもしれないし、それなら僕たちにはどうしようもないよ」

 そのとき、階段から凄まじい勢いで上がってきたのは工場の従業員二名だった。すっかり青ざめた表情で、それぞれの手には双眼鏡が握られている。レンズを覗いていた片方の男が「あそこだっ!」ともう片方の若い男にいった。

「どこですか!」

「B棟、撹拌槽のあるエリア付近……、うちの警備員が刀もって戦ってるぞ」

 その言葉を聞き、咲馬は「貸してください!」と強引に双眼鏡を奪った。見ると、工場の入口を守っていたソルジャー警備員たちが必死に戦っているではないか。

「ブラックの襲撃だ……」咲馬は、自分の声が震えていることに気付いた。そしてさっきの見学ツアーで聞いた話を思い出した。「さっき撹拌槽っていいましたよね」

「ああ、そうだけど」

 若いほうの従業員が応える。彼はひどく狼狽した様子で、双眼鏡をもつ手が小刻みに震えていた。「まさか本当に襲われるなんて……。いや、今はそんなこといってる場合じゃないな。西野さん、狙われているのは、あそこの撹拌槽かもしれません。熱暴走させて爆発させるつもりじゃあ──」

「わかった。俺は現状を本部に伝える。お前は、波ヶ丘の子たちを安全な場所に誘導してやってくれ……あれが噂に聞く人間狩りなのか」

 若い従業員は屋上にいる生徒たちに階下へ向かうよう大声で指示した。

 咲馬たちもすぐに下へ降りようとしたのだが、咲馬の目にふとあるものが留まった。式典ホールの入口横にある、タケノコ型オブジェ。二人の従業員がオブジェの前で屈み、何やらオブジェを調べている、あるいは観察している様子だった。屋上からでは何をしているのかさっぱりわからないが、警報機が鳴っているのにやけに冷静だなと咲馬は思った。

 今はそんなことに気を引かれている場合ではない。急いでフードコートに戻ると、十秋と竜生の元にソルジャー部のメンバーが集結していた。

「学校側から指令が下った」羽野が肝の座った声で告げる。「我々も加勢する。貴堂、こんな状況だ。気持ちはわかるが、手伝ってはくれないか」

 咲馬はすぐには応えられなかった。腰に提げた自分の日本刀に触れる。正直、十秋が襲われたときのトラウマを未だに克服できていない。無力な自分のせいで、目の前で被害者が出る光景を想像すると足がすくんだ。

「時間はない。今すぐ決めろ」羽野が急かしてきた。

「咲馬くん」と十秋が両手を握ってくる。彼女の手は温かった。「あたしは行ってほしい。工場を守る人たちの力になって、あたしだけじゃなくて、ここにいるみんなのことを守ってほしいの」

 周囲を見渡すと、過呼吸になってしゃがみ込む女子、泣きながら抱き合う女子、一方の男子は強がっていたりへらへらしているが、全くといっていいほど上手く笑えていなかった。

 咲馬は決断できなかった。頭では早く決めろと焦っている。だが焦れば焦るほど、霧がかかって何も考えられなくなる。

「あたしは《ビス・ソルジャー》に頼んでるんじゃないの! 貴堂咲馬だから頼んでるの!」

 はっとした。十秋は固く拳を握りしめていた。

「あたし、咲馬くんのこと、まったく恨んでないんだよ。糸を斬られたのは咲馬くんのせいじゃないんだから。むしろ、ありがとうってずっといいたかったのに。それなのに、いつも自分を責めたりして、そんなの狡い。あのときのあたしの行動が、ほんとは責められなくちゃいけないのに。いつも間にか全部咲馬くんに背負わせちゃって」十秋の瞳が潤んだ。「だから、いつもの咲馬くんに戻ってほしい。繊細で、人の糸を簡単には斬りたくない、けど誰かを助けるためなら動いてくれる、そんな咲馬くんに──」

 咲馬は目を閉じ、俯いた。

「そうだね。次元の低い話をしてたのは僕だったのかもしれない」咲馬はソルジャー部の面々に視線を巡らせた。ようやく心が決まった。「僕は皆を守りたい」

 よし、と羽野は頷いた。

 すぐさま現場へ直行することになり、その前に咲馬は館内に梶尾の姿がないか確認したが、なぜか彼の姿はどこにも見当たらなかった。どこかで高みの見物をしているのか。だったら引きずり出してやる。どこだ、どこにいる。

 B棟のすぐ近くまでやってくると、激しい戦闘が繰り広げられているのが見えた。誰も血を流してはいない、だがこれほど人を傷つける戦いがあっていいはずがない。

「油断するな!」羽野の鶴の一声で、咲馬たちは輪の中に入っていった。

 見える、何本もの赤ノ糸が。敵のブラックも咲馬たちの加入に気付いたようで、三分の一の勢力がこちらに向かってくる。残る三分の一は工場のソルジャー警備員と応戦し、そして残る三分の一が……。

「まずい、このままだと十秋たちがいるほうに!」

「心配するな」羽野が声を張り上げた。「向こうにも警備にあたるソルジャーの姿はあった。腕は確かなようだし、三分の一の勢力なら充分に制圧できるはずだ」

「信じます!」

 眼前の敵の糸を斬ろうとしていると、不意に横から第二の敵が現れる。それが実戦でもっとも怖い場面であることを、咲馬は知っている。自分と相手を繋ぐ糸は、第三者にとってみれば格好の獲物なのだ。もっと視野を広げなければ。一つの戦闘に熱中しすぎてはいけない。

「ぐわぁ!」

 隙を狙ってくる敵の刀を、咲馬は次々と弾き飛ばしていく。武器そのものを相手の手から奪って突き進む。自分に向けられた赤ノ糸を自分で斬ることはできない。ゆえに相手の攻撃を封じるのが一番である。

 と、そのとき。

 C棟と書かれた倉庫のような建物の五階の屋根に、誰かが立っている姿を捉えた。梶尾だった。やはり最初から仕組まれていたに違いない。B棟を襲うことを知っていて、それを見物するため先回りしていたのだろう。

「降りてこい!」

 咲馬が叫ぶと、彼は不敵な笑みを浮かべた。勝ち誇った余裕のある態度。

「それより自分の身を心配したら?」

 視線を元の位置に戻すと、咲馬は自分が敵に囲まれていることに気が付いた。いくつもの剣が、咲馬のほうに向けられていた。

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