影のソルジャー1/2

 港湾地区第二エリア。遠くにライトアップされた観覧車が見える。街ゆく人には、やはり学生カップルが多く殺伐とした雰囲気からは程遠い。いうまでもなく、辺りは紫ノ糸で溢れ返っている。たまに橙ノ糸や緑ノ糸も見かけるが、前者は嫉妬心、後者は恋人がいるのは羨ましいが他に楽しむ趣味はあるしまあいいか、という感じの糸だろう。赤ノ糸は未だ発見しておらず、平和な時が流れているようだ。だが、油断は禁物。

 咲馬たち三人は、主に観覧車付近の巡回を任されていた。辺りを一瞥するが、糸を斬られた人はどこにもいない。つまり、この辺りは襲撃には遭っていないということだ。

「いいなあ、わたしも彼氏と来てみたいんだけど―」と佐奈島がベンチに二人並んで座っているカップルを見て呟く。

「意外ですね。佐奈島さんはそういう苦労とは無縁だと思ってたんですけど。むしろあっち側の人なんじゃないかと」

「彼氏、いないんだよね」佐奈島は苦笑する。

 容姿端麗で才色兼備。この世の四字熟語すべてを並べても佐奈島をいい表すことはできないだろうが、そんな人でも付き合う男がいないとは。これは竜生が聞いたら喜ぶに違いない。

 すると十秋が口を開く。「楓先輩の場合、男子が近寄りにくいだけなのでは?」

「そ、そうなのかなあ」と困惑顔になる。「わたしって、そんなに近づくなオーラとか出しちゃってる?」

 逆ですよ逆。あなたのファンは皆、もうあなたにダイブしたいぐらい夢中になっているはずですが、完璧すぎて近寄りがたいだけなんです。

「男はすぐに妥協するんです」

「咲馬くん、それはどういう──」

 佐奈島が質問しかけたとき、十秋のスマホが鳴った。

「羽野さんから……」

 咲馬は嫌な予感がした。何かあれば互いに連絡を取り合うルールになっており、羽野から電話が掛かってきたということは、向こうのチームで何かあったということだ。

 やがて電話を切った十秋の表情が、硬く険しいものになった。

「商店街の付近で、紫ノ糸を斬られた親子が発見されたって。この辺りは被害が出ていないようだし、あたしたちもそちらに向かったほうがいいですよね」

「そうしましょう」佐奈島がすぐに応えた。

 やはり被害者が出てしまった。学校側、いや警察の掴んだ情報はかなり信用できるようだと、咲馬は改めて感じた。港湾地区を抜けると、徐々に街は静まり返る。単純に人が歩いていないからだ。

「羽野先輩の予想が当たったな」咲馬は十秋にいった。

「そうだね。ブラックの連中は、できるだけ人目につかない場所を選んで狩りを行う。本当は観覧車付近が絶好の狩り場なんだろうけど、少し離れたところに潜んでいる可能性が高いっていってたもんね」

 多くのカップル、あるいは家族連れは最寄駅から徒歩で観覧車まで向かう。その移動経路で待ち伏せ、襲撃したのだろう。

 街明かりが少なくなってきたせいか、ひどく見通しが悪い。

「二人とも、気をつけてね。ターゲットは一般人とは限らないんだよ」佐奈島が辺りを警戒しながらいった。

 佐奈島のいう通り、ブラックがソルジャー部員を狙ってくる可能性だってあるのだ。咲馬や羽野先輩の主力部隊がやられれば、一気に形勢を崩される。そうなれば波ヶ丘のソルジャー部はただの偵察部隊に成り下がり、赤ノ糸を断ち切ることができなくなる。その最悪の結果だけは避けなければならない。

 商店街の入り口が見えてきた。あそこをずっと進んでいった先が羽野先輩や竜生の担当区域になっている。

「ひとまず合流しましょう」

 そう咲馬がいったとき。商店街の脇道から人がすっと出てきたかと思うと、またすぐ別の脇道へと消えていった。

 咲馬は見逃さなかった。一瞬で過ぎ去っていった人物の手に、日本刀が握られていたことを。

 咲馬は抜刀し、先陣切って走り出した。

「こっちです! 一人!」

 十秋たちも後ろから付いてくる。

 次の被害者が出る前に止めなければ……。

 足には自信がある。一瞬だけ振り返ると、すでに十秋や佐奈島との間に距離ができていた。

「先に行って!」追いつけない佐奈島が大声でいった。

「わかりました!」

 遠慮なく疾走させてもらう。脇道に入ると辺りは住宅地だった。民家から人が出てこないことを祈る。目の前にいるブラックソルジャーとの距離がなかなか詰められない。相手もかなり運動神経がいいらしい。

 そしてふと、急に相手が立ち止まった。咲馬はチャンスとばかりに一気に接近し、相手の背中に向かって剣を構えた。

「降参しろ! お前、ブラックだろ!」

「やっぱり追いかけてきたな。馬鹿な奴だ」

 その声には聞き覚えがある。

「お前、まさか──」

 咲馬がいい切る前に相手はこちらを向いた。

「推薦で入ってくるソルジャーは馬鹿っていうけど、ほんとなんだな。笑える」

 冷酷かつ残忍な視線を送りつけてくるのは、梶尾達樹だった。そのすぐ近く、三人の家族らしき人たちが魂の抜けたように立っているのを認めた。彼らの紫ノ糸は間違いなく斬られている。その儚い切れ端が、咲馬の網膜に焼きつき剣を握る手に力を加えさせた。

「お前がやったのか……」怒りで声が震えた。

「で、この俺を斬りに来たのかよ。悪いけど、お前みたいなザコソルジャーくらい、いつでも殺せる。糸を斬ることもできるし、息の根を止めることもできる。この剣は俺の相棒だからな」

 梶尾は日本刀の刃先をゆっくり可愛がる。ちょうど影になっているせいで、彼が薄ら笑いを浮かべているのかさえ、咲馬には判別できなかった。

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