実戦命令

 羽野が勢いよく飛び出し、風間の真正面から刀を振り下ろす。激しく動き回る羽野に比べ、着物姿の風間の動きは小さく、一切の無駄がない。というより、その服装では羽野より圧倒的に劣るはず。だが風間の身体に木刀が当たることはなく、涼しい顔で剣を避けたり受けたりしている。二人から互いに橙ノ糸が出ているところを見ると、どうやらこれは真剣勝負らしい。

「すごい……」十秋がぽつりといった。

「これが、最強の二人」咲馬には、ただ呆然と観戦していることしかできなかった。二人の動きに目を走らせるだけで精一杯なのだ。自分には到底こんな動きは出来ないと思った。

 と、急に風間の剣が大きく振られる。それを寸前のところでかわした羽野は、体勢を整え今度は側面からの攻撃に切り替える。

「風間さんの緩急の付け方はすごいんだ」稲葉が隣でいった。

「動きが全く読めないし、羽野先輩でもすぐに勝負を決められないんですね」咲馬は二人の戦法の違いを理解しつつあった。

「剣術の腕は完全に同じだと思う。あとはスタイルの違いだね。どっちが優れてるとかじゃないんだけど」稲葉は咲馬と目を合わせてくる。「貴堂だって、羽野さんに認められたんだろ。だったら、実戦経験を積めば、あのレベルになれるかもしれない。僕はヴァイオレットだから遠慮しとくけどさ」

 やっぱりヘタレだこの人、という言葉は喉の奥に留める。

 すると、二人の刃が同時に相手の肩に当たった。

「今日も引き分けか」羽野が剣を鞘にしまう。

「互いに腕を上げているようで何より」風間も木刀を収める。「相手をしてくれたこと、感謝する。差し支えなければ、明日も練習相手になってほしい」

「いいだろう。私からも頼む」

 風間の口癖は、差し支えないという言葉のようだ。

 その後、咲馬たちは日が沈むまで練習に励んだ。夜の七時半。サッカー部や野球部もとうとうグラウンドから姿を消した。ナイターの照明が灯り、部員たちから影が落ちる。

「甘い!」

 まだ羽野の剣を受けるどころか、その軌道さえ掴めていない咲馬。彼女と練習していると、体より頭のほうが疲れる。相手の動きを読むのにこれほど労力を費やすとは思わなかったからだ。練習が終わると、咲馬はその場にへたり込んだ。

「まだまだ練習が足りないみたいだ。それじゃあ、父親に顔向けできないぞ」羽野は悦治のことをいったのだろう。

「ビスであることと、剣の腕は関係ないんじゃ……?」と今さらなことをいってみる。

 羽野の表情は変わらない。

「できない理由を考える奴は、そもそも最初から何もやっていない。文句があるなら、お前自身の限界を、この私に見せてみろ。才能があるかないかは私が判断する」

「わかりました……」咲馬は立ち上がった。

 ふと横を向くと、竜生が佐奈島と楽しそうに剣術、いやチャンバラごっこを繰り広げている。楽しそう、自分もあそこに混じりたい、という弱音がふと飛び出そうになる。

「まったく、楓のやつは──」羽野先輩は大きなため息をついた。

 羽野先輩の集合命令で、部員たちが集結する。なぜか場の空気が重くなる。

「部活が始まる前、校長室に呼び出された。そこで、実戦命令が下された」

「場所は?」咲馬は訊いた。

「港湾地区第二エリア。観覧車がある一帯の繁華街で、人間狩りが頻発しているらしい」

 港湾地区第二エリアとは、以前に咲馬と悦治が巡回してエリアをかなり南下した地点にある、太平洋に面したところ。デートスポットとして人気を集めており、自ずと紫ノ糸の出現率が高くなるため、ブラックの餌食になりやすいのだ。

「いつものように、三班体制で巡回してほしい」羽野が一同の顔を見渡していった。「組み合わせは──」

「俺、佐奈島先輩と一緒がいいです!」竜生が我先にと先約を取ろうとする。

「竜生くん、組み合わせを決めるのは陽華ちゃんよ。ふふっ」と口元に軽く手を添え、上品に微笑む佐奈島。

「お前は一度鍛え直したほうがいいようだな。今回は、私とお前でペアを組む」

「そ、そんなあ……」口をあんぐりと開けたまま、竜生はぴくりとも動かなくなった。

 あとの二班は、『咲馬・佐奈島・十秋』『稲葉・風間・夕菜』となった。十秋はソルジャーではないが、マネージャーとして、報告書作成および各班への連絡係を務めることになった。決して適当に組まれているわけではなく、各班にそれぞれ赤ノ糸と紫ノ糸を識別できるソルジャーが上手く配置されている。風間はレッドではないが、一応その枠に入れられているらしい。

「おいヘタレ、あたしより見つけた被害者数が少なかったらジュース奢りだからね」夕菜が稲葉を煽っている。

「勘弁してくれよー。それだとずっと僕ばかり損するじゃないか」

「だめ、逃がさないんだから」と稲葉の背中を強く叩いた。「世の中は結果がすべてなの。悔しかったらあたしより練習して、剣の腕を上げればいいだけじゃない」

「被害者を見つけることと、剣の腕は関係ないだろ」

 その二人のやり取りを聞いているのか聞いていないのかさっぱりわからない様子で仁王立ちしているのは風間である。

 そんな光景を眺めていると、佐奈島が咲馬のところに近づいてきた。

「今晩はよろしくね」首を少しだけ傾け、佐奈島は目を細めて笑む。

「あの、今までどれくらい実戦に行かれたんですか」

 咲馬の問いに、うーんと佐奈島は顎に手をやり、空中のどこか一点を見つめた。

「少ないときで月に一、二回。多いときで週に二、三回ってとこかな。一概にはちょっといえないかも。わたしはレッドじゃないから、紫ノ糸を斬られてる人がいないか確認するだけでいいんだけど、陽華ちゃんは戦闘しなきゃいけないから、すごく大変だと思う。咲馬くんも無理しないでね。心配しちゃうから」

「敵に襲われたときは、僕が必ず佐奈島先輩を守りますから」

「咲馬くん、あたしは?」と十秋が彼女自身を指差す。

 咲馬は思わず苦笑した。

「二人とも、必ず僕が守るから」

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