入学、そして推理好きの美少女①
国立虹ヶ丘高等学校の正門前には、『入学式』と書かれた看板が立てかけられ、時折桜の花びらが当たって地面に落ちる。その向こうに居城を構える煉瓦造りの校舎は、国立の名に相応しい歴史を感じさせる。トップクラスの難関大進学率を誇り、国内唯一のソルジャー育成機関として知られている。そのため、守衛室や警備員の数も他校と比べて多く配置されている。
新入生たちが続々と正門前で記念撮影をしている。さっきまで咲馬も、悦治と母親の真奈と一緒に写真を撮っていた。しかし2人とも今日は仕事が忙しいらしく、入学式には参加できずに帰るということだ。保護者宛の書類は帰ったらすぐ渡すように、と真奈にしっかり釘を刺されている。
派手な装飾の施された正門をくぐると、右手に記念ホールと体育館があった。国立で政府からの待遇も手厚く、洗練された外観だ。海外からの要人を招くこともあるらしく、力を入れるのも納得だ。ソルジャー育成に取り組む堅実な校風が評価され、ますます景気が良くなっていると聞いた。
周囲を一瞥すると、やはり賢そうな生徒が多い印象を受けた。喋れそうな相手はいないので、とりあえず近くを散策しようと思ったとき、
「ソルジャーか」
咲馬はその男子生徒を見て、思わず背筋が凍りついた。果てしない怨念に満ちた眼。
「えっと、君は?」
「お前と会話する気はない」
誰なんだこいつ? 初対面でいきなり喧嘩腰の態度とか、失礼にも程があるぞ。ここは冷静に。
「あのう、僕たちどこかで会ったっけ? なんか気に触ることしちゃったかな……、できれば仲良くしたいんだけど」
すると、彼は咲馬を鋭く睨みつけると、どこかへ向かって歩き始めた。一度も振り返らずに、だ。
「なに、あの態度!?」
「うわぁ!」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。いつしか隣に見知らぬ女子生徒がいたからだ。
「ごめんね、驚いた?」
「全然……って言ったら嘘になるか。君は?」
「あたし、舞山十秋。よろしく」ふふっと、愛嬌のある微笑みを浮かべた。髪はショートヘアで、くりくりと大きな目が特徴の美少女だ。男子からはかなりモテそうな容姿だ。
「貴堂咲馬だ」
「貴堂くんね、オッケー覚えた。うん、それにしてもさっきの奴、いきなりあんな言い方するなんてひどいよね。2人は初対面に見えたけど、どうしてあんな展開になるわけ?」
「僕がソルジャーだからかもしれない。初めにあいつは、そう聞いてきた。嫌ってるんだろうな」
「へえ、ソルジャーなんだ……。じゃあソルジャーが推薦入試で軽々と受かって入ってくるのが癪に障ったとか、そんなところかもね。貴堂くんに落ち度はないわけだし、今度変なことふっかけられたら、あたしがぶん殴ってやるから。ちゃんと報告してよね!」
「ありがとう。君とは仲良くできそうだ。でも、さっきのあいつとも、きちんと話をしておきたい」
「どうして? ほっとけばいいじゃん」
「あいつからどんな糸が出てるのか、純粋に興味がある。僕みたいに勉強はそこそこの人間が、虹ヶ丘に推薦で入れるのには訳がある。学校側に期待されてるのは、治安維持だ。失態1つ許されない校風のはずだからな。役目は果たさないと」
「君は真面目なんだね」
「勘違いだ。最初は虹ヶ丘以外に行きたかった。ソルジャーの能力なんか忘れて、普通に生きて人生を楽しむつもりだった。天から授かった才能と運命からは、どうしても逃れられない」
「ソルジャーってどんな生き物なのかなって思ったけど、意外と普通だね」やけに咲馬の顔をじろじろ見つめ、好奇心旺盛な科学者のように目を光らせる十秋。って、顔が近い……。
「な、何だよ?」
「ソルジャーって確か、視える糸の色によって種類があるんでしょ。君がどのソルジャーか当ててみよっか? こう見えてあたし、推理の腕はすごいんです! 事件を解決したことだってあるんだよ。武勇伝、聞きたい?」
十秋は人と会話するのが好きらしい。
「一応、聞かせてもらう」
「RED」
咲馬は思わず吹いてしまった。「残念外れ。どこが推理力高めなんだよ」
「あー、馬鹿にした! 次は絶対当てるんだから。うーんと、じゃあVIOLET」
「今、じゃあって言ったでしょ。初めから当てずっぽうじゃないか。ちなみに外れだ」
「えー、じゃあGREEN。いや、REDとVIOLETの両方もあり得るのか。1つとは限らない──」
「着眼点はいいぞ。推理力は皆無だけどな」
「あー、ひどいよそれ。あたし本当に事件解決したことあるんだからね。疑ってるでしょ」
「事件って、殺人とか?」
「そんな物騒じゃないよ。中学のとき、友達が傘をどこかに置き忘れちゃってさ、最初は学校に忘れたと思ってたらしいんだけど、見つからなくて。それであたしがタイムテーブルを作って、確実に傘を持っていた時間とその子が帰りに寄った場所を書き込んでいった。そうしたら、近所のパン屋だって割り出したんだ」
「それぐらいなら、当てずっぽうでも──」
「あー、また馬鹿にした。なんか悔しいし。じゃあもう1つ教えてあげよっか」
「じつは、こっちからも話したいことがある」
「ほう、あたしに聞き役に徹しろと。ふむふむ、いいだろう」
「さっきの答え合わせをしよう。僕の正体は《VIS:Soldier》。VISっていうのはVisibleの略、僕には全ての可視光の糸が視える」
そのとき、今まで快活だった十秋の表情に、ふと影が差したような気がした。その瞳の奥には深い何かが隠されているのではないかと咲馬は直感した。
「ソルジャーのことはあまり知らないけど、これだけは知ってる。《Vis:Soldier》は日本に数えるほどしかいない。確認されてるので、まだ両手の人数くらいしか……」
「国にとって、貴重なサンプルなんだよ。悪く言えば実験台。ソルジャーを安全に、効率よく使うにはどうすればいいか、なんていかにも役人たちの考えそうなことだ。だから大人しく虹ヶ丘に入る選択しかなかった」
「すごい! すごいよ、それ! ほんとにVISっているだ! へえ、初めて見た──」これでもかと十秋は感嘆符をまき散らす。《Vis:Soldier》と出会う確率の低さを考えれば、十秋の反応は妥当だ。
「つらいのは、この苦しみを分かち合える人と出会えないってことかな」
「逃げずに向き合って、君は充分すごいと思う。よしっ、あたしと勝負しなさい!」
「へっ……?」
話の腰を折るどころか、切断してどこからか違うのをもってきてくっつける人である。それが咲馬の抱いた印象だった。
「勝負って?」
「あたしは得意な推理、君はソルジャーの能力を使って、さっきの感じの悪かった奴が何を考えてるのか突き止める。先に真実を探ったほうが勝ちってことで。あと、咲馬くんって呼ばせてね!」
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