入学、そして推理好きの美少女②

 まだ入学式すら終えていないのに、いきなり美少女と出会い、勝負を申し込まれたという状況。出会いとは何と唐突なのか。


「ちなみに君は、ソルジャーじゃないんだよな?」

「至って普通の人間だよ。咲馬くんと違って、糸は視えない」

「ってことは、一般入試だからめちゃくちゃ勉強できるわけか」

「見直した?」まんざらでもなさそうに胸を張ってみせる十秋。「一応、一応言うけどね、中学では成績トップだったもん」


「人は見かけによらないってことか」

「そういうのは、もっと小さい声で!」


 そのとき、新入生の群れがぞろぞろと歩き出すのが目に入った。


「そろそろ式が始まる時間だな」

「あたしたちも行こっか?」


 学校の先生と思しき人たちが生徒や保護者を館内へ誘導している。どのスーツもぴしりと決まっており、学園の隙を感じさせない洗練された所作だ。


「ねえねえ、『糸』ってどんなふうに見えるの?」

「細くて色の付いた糸が人から出てる感じかな。ただ無意識に視えるわけじゃなくて、精神統一というか、集中力を高めた状態でないと糸は視れない」

「他にも糸が視える規則性はあるの?」

「現時点で最も強く抱いている感情がエネルギー準位に変換されて、反映される。対象者が近くにいるほど色は濃くなって、遠ざかるほど薄くなる。さっきの糸が視える話も同じだけど、結局はソルジャーの資質によるかな」

「じゃあ、もしあたしが咲馬くんのこと好きになったら、それを表す色の糸が出て咲馬くんに接続されるってことだね」


 いや、たとえが非現実的すぎる。嬉しいことには変わりないが……、じゃなくて、顔に出ないよう平然を取り繕う。うまく隠せているのか……。


 近くにVIOLETがいたら、十秋に対して自分から紫ノ糸が出ていると語るだろう。ここはソルジャーの生徒が入学する高校。校内中の糸を監視する存在がいても不思議ではない。


 体育館に入ると、舞台側の前半部の椅子が生徒用、後半部が保護者用でそれぞれ豪華な椅子が並んでいる。普通の高校ならパイプ椅子の待遇だ。保護者の顔ぶれは、やはりというべきか高級ブランド服に見を包む者も多かった。赤ノ糸が多く視られるのは、上流階級同士の見えない戦争、みたいなものだろうか。


「舞山さんの親は来てるの?」


 すると十秋がギロリと見つめてきた。「舞山さんじゃなくて、十秋でしょ! さっき約束したし」


「そうだった……」

「お父さんは来てるよ。ソルジャーの研究者だから、毎年この学校まで足を運んで、どんなソルジャーが入学したか確認するんだって」適当な椅子に腰かけてから十秋はいい、舞台のほうを見つめる。


 咲馬はその横に落ち着き、話の続きを聞くことにした。十秋の父親がソルジャーの研究者であると知り、驚きを隠せなかった。


「研究者のくせに、お父さんはあたしと同じ普通の人間なんだよね。ソルジャーが世の中のどんな役に立つのか、経済学的にとか、臨床心理的学にとか、色々な学術領域と共同研究してるらしい。詳しいことは秘密保持のせいで喋れないらしいけど」


「そうなんだ。母親も同じ研究者?」

「お母さんは……、ちょっと色々と事情があって、今は施設に入院してるんだ──」

「ごめん、余計なことを聞いた」

「ううん、謝らないで。じつは少し安心してる。ソルジャーにも、ちゃんといい人がいるんだなって」

 

 何となく、今の十秋の発言には深い意味が込められている気がしたが、それを問う勇気はもちろんなかった。


 やがて式が始まると、様々な演目を経たのち学園長の挨拶というコーナーに移った。白髪頭の老人が現れ、演台のマイクを自分で調節し、咳払いを1つした。入学の祝辞を告げた後、学園長は虹ヶ丘高校の沿革を説明し始めた。


「我が校は日本有数の名門校であり、180名の新入生には、誇りと自覚を持ち、今後の学園生活を有意義に過ごしてもらいたい。ところで、我が校はソルジャー育成カリキュラムを導入し、国内外から高い評価を得ています。今年は2名のソルジャーが入学し、学園創立以来、初の《VIS:Soldier》が入学しました。日本の将来を支える明晰な頭脳と、新時代を切り開くソルジャーが互いに手を取り合い、輝かしい未来を築かんことを、心より期待し、挨拶とさせて頂きます」


《VIS:Soldier》が入学すると聞いた途端、会場が一気にざわざわし始め、一体誰なのか、新入生や保護者が辺りを気にして詮索している。


「咲馬くん、近いうちに有名人になっちゃうね」十秋がぼそぼそと伝えてくる。


「あんまり目立ちたくはないんだけどな……」


 この学年にはソルジャーが2名いる。いうまでもなく1人は咲馬自身で、あと1人いることになる。そんな咲馬の思いを十秋は察したのか、


「少なくともVISじゃないでしょ。全体的な数を考えると、やっぱりVIOLETかな?」

「統計的にはそうだろうな。ただ、それより重要なのはソルジャーの能力を持つ人が、まともな人間かってことだ。才能は、与えられた能力と、使う人の資質の掛け算で決まる。もってるだけじゃ宝の持ち腐れ、とんでもない悪人だと世界が大混乱に陥る」

「咲馬くんみたいに優しい人だといいな」十秋は小声でいった。


 咲馬が反応に困っている間、今度は校長の挨拶が始まっていた。まじめな話のようだ。


「近年、世界ではソルジャー研究が加速し、様々な分野で彼らに活躍の場が与えられ、今では差別意識もほとんど解消されました。しかし我が国では、昔のソルジャーに対する扱いが問題視され、ここ数年まで成長が止まっておりました。このことはソルジャーではない皆さんも知っているかと思います」


 世界中の統計によれば、最も多いのがVIOLETで、次いでRED。残りは均等に分散している。悦治から聞かされた話である。日本では過去にソルジャーの人権を無視し、残酷な実験が行われた。ソルジャーと一般人の関係性に亀裂が生じたが、虹ヶ丘高校の運営方針に『ソルジャーとの調和』が設定され、今では互いに手を取り合う流れにある。

 

 まず社会での活躍が期待されるのがVIOLET。彼らは紫ノ糸を視ることができ、エネルギー準位の低い感情、たとえば『安心感』を観察する職業──感情の読みにくい赤ちゃんや幼児を保育する職業などに適性がある。咲馬の母親である真奈は、自宅近所の病院で、心理カウンセラーとして働いている。


 REDは、たとえば凶暴性──物理化学的な表現をするなら、エネルギー準位の高い感情を視認できる存在である。悦治はその能力者の1人。


 近年におけるソルジャーの動向を校長は語り、やがて入学式は終了した。次に待つイベントは、いよいよクラス分けの発表だ。


「同じクラスになれたらいいね!」掲示板に向かいながら、十秋は手を合わせ、祈る格好をした。


 咲馬も同じ気持ちだった。十秋と一緒なら、学園生活はさぞかし楽しいものになるだろう。彼女とは何となく波長が合う気がした。例の勝負だってまだ決着がついていない。


 深呼吸し、2人で掲示板に視線を移した。

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