闇夜の奇襲①

「聞きたいのはずばり、ソルジャー部のことだ。結局お前、入るのか?」

「今から入部届を出すつもりでした」

「ほう」どこか安心したような顔で波瀬はさっと腕を組む。「なら話は早い。貴堂のことをもうソルジャー部員として呼んでもいいってことだな」

「何を企んでるんですか」

「企んでいるわけじゃないんだが、ちょっと校長先生からソルジャー部に対して指示が出てな。それを伝えようと思って。部長の羽野からすでに聞いたかもしれんが、ソルジャー部はときに実戦を行うことがある」

「実戦の指示が下ったんですね」

「ああ。現地には羽野を向かわせるらしい。場所は──」

 波瀬が告げたのは、学校から少し離れたところにある河原だった。そこに掛けられている橋の下に、羽野先輩を向かわせたらしい。指定された時刻は深夜一時。

「僕にもそこへ行けと?」

「そういうこと。まさかうちにビスが来るとは校長先生も思ってなかったみたいで、ぜひとも貴堂には実戦経験を積んでほしいのだと。先生のところに頼みに来たんだよ」

「危険なんですか」

「穏やかではない、といっておこう」

 穏やかじゃない、ということは、何らかの犯罪が関わっているとみて間違いない。ブラックの人間狩りに関連したことか、あるいは純粋な犯罪か。

 咲馬は唇を引き結び、改めて担任と顔を合わせた。

「その顔を見るに、引き受けてくれるみたいだな」

「でも一つだけ教えてください。学校側が生徒をあえて犯罪の現場へ行かせるわけがありません。校長先生、いや波ヶ丘高校は裏で警察組織と繋がりがある。違いますか」

「面白い推理だな。おっと、これは冷やかしじゃないぞ。たしか舞山も推理が得意とかいってたが……、あっ、そういうことか。舞山の影響を受けたんだな」

「そんなところです──じゃあ、僕は河原に向かえばいいんですね」

「ああ、頼んだぞ」

 話を終え、職員室から出ようとすると、「貴堂」と背後で呼びかけられた。

「万が一危険だと悟ったら、すぐに逃げて構わない。まあ、羽野が君なら充分助っ人になってくれるといってたから心配はしていないが」

「羽野先輩が?」

「貴堂は父親から剣を習っていたらしいな。ご両親もソルジャーだったのか」

「父がレッドで、母がヴァイオレットです」

「なるほど。貴堂はサラブレッドってわけね」波瀬は得心がいった顔をする。「頑張ってこい」



 深夜の河原は水流の音しか聞こえない。たまに通り過ぎる風や虫の羽音。ただしそれも一瞬のことで、あとは等間隔に立ち並ぶ街灯ぐらいしか、咲馬の五感を刺激するものはなかった。

 一つだけ不規則で、イレギュラーな明かりが橋の下に灯されている。その明かりが揺れ動いているところをみると、どうやら人がいるらしい。すぐ近くの茂みに身を隠すと、橋の下に何人いるかがわかった。私服姿の波ヶ丘の生徒が三名、そして柄の悪そうな男が三名。

「先輩、いましたね」

「波ヶ丘の生徒だというのに、情けない」羽野の手にはすでに日本刀が握られている。今度は木刀ではなく本物の日本刀だ。「だが犯罪は犯罪。容赦はしない」

「同感です」

 咲馬と羽野に与えられた使命は、波ヶ丘の生徒を麻薬の密売人から守ること。いや、学校側は迅速に糸を斬ることで隠ぺいを図りたいに違いない。清廉潔白の波ヶ丘のブランドイメージを崩したくないのだろう。そのことは羽野先輩もわかっているはず。

 今回の糸は、喉から手が出るくらい麻薬が欲しいという、エネルギー準位の高い感情に起因している。それさえ切断できれば、密売人と波ヶ丘の接点を一夜にして切り離せるというわけだ。

「いいか、五を数えたら一気に斬り込む。機敏に動かなければ間に合わない」

 待てよ、と咲馬は思った。

「斬る糸が全部で三本なら、手際よくやれば普通に間に合うんじゃ──」

 はあ、と羽野がため息をつく。「糸は全部で六本だ。なに寝ぼけてる」

「六本?」

「推薦で入ってきたからこっちのほうは少々できが悪いのか」羽野は自分の頭をコツコツと指で叩いた。

 馬鹿にされたらしいが、今はそんなことにいい返している場合ではない。

 六本の糸……残る三本の糸とは……。しばし考え、閃いた。

「密売人から発せられている糸ですね。高校生に麻薬を売りつけて、金を得たいという金銭欲の糸」

「そう。だから人間狩りは難しい。糸は一方通行じゃない。私たちが飛び込めば、生徒側も密売人側も驚いて一目散に逃げる。生徒側の糸を斬れなかったら、三人がまた他の密売人に近づく機会を待たなければいけないし、密売人の糸を斬れなかったら、犯罪者をみすみす逃すことになる」

「考えが及びませんでした。なるほど。それじゃ、行きましょう」

「後れをとるな」羽野がカウントダウンを始める。

 風が鳴り止んだ。

 咲馬は日本刀を抜き、屈んだ状態で柄を握った。全身に緊張が走る。

 まだ赤ノ糸を斬ったことは一度もない。だが今回は、斬らないという選択肢が存在しないほど斬るべき糸なのだ。

 もう、後には引けない。

 羽野のゴーサインとともに、二人で勢いよく陰から飛び出した。

「うわぁぁぁ!」大きく刀を振り上げる。

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