見えざる罠3/3

 死に物狂いで頭を捻らせ打開策を練る咲馬を制し、梶尾が口を開く。

「赤ノ糸が視える知り合いに訊いたら、こういったんだよ。貴堂が俺にずっと赤ノ糸を向けてるってな。だから今日の工場見学を利用して、俺自身が囮になってお前が追いかけてくるかどうかを試した」

 どこまでずる賢い奴なんだと頭に血が上り始める。だが、こちらにだって切り札がある。

「君にはいい逃れできない過去があるだろ。忘れたなんていわせない!」咲馬の拳が激しく震える。「十秋の糸を斬って大切な感情を奪った! 警備員の人たちも聞いてください! 梶尾のいったことは嘘です! 信じちゃ駄目だ! 僕たちがソルジャー部で街の監視に出向いた日、こいつは腰に刀を下げてふらついて、十秋の糸を斬ったんだ! 街の監視カメラを見ればわかるはずです!」

 そう、十秋の糸が斬られたことが何よりの証拠なのだから。

 しかし梶尾の表情は崩れなかった。周囲にいるソルジャー警備員たちも、次の動きに舵を切れずにいるようだ。

「ひどいなあ、貴堂のいうことは全部でたらめ……俺が刀をもってたのは護身用なんですよ。ビスに命を狙われてるとわかっていながら、無防備に街を歩くほうがおかしいと思いませんか」工場の従業員たちに、そして警備員たちに同情を求めるような演説めいた口調だった。

「十秋の糸! それが動かぬ証拠だ!」

「俺はソルジャーなんかじゃない。勘違いしないでくれ。ただ、優しく接してくれた舞山さんを助けたかっただけなんだ。彼女から貴堂に向かって、いつも橙ノ糸が出ていると聞いた。何らかの葛藤の糸かもしれないと思った。まさか貴堂に付きまとわれてるんじゃないかって。だから彼女を助けたくて、ネットの裏サイトで橙ノ糸を視れる人を募った。そしたら協力してくれて、俺が体を張って囮になって、貴堂と舞山さんを近づけたところを斬ってもらうことにした。これで舞山さんも救われる……俺は普通の人間で、ただ彼女を助けたかっただけで」梶尾は哀しそうに俯いた。もちろん演技である。「でも叶わなかった。糸を斬れば、貴堂に対する葛藤を断ち切れると思ったのに、待っていた結末は皮肉にも正反対だった。俺が馬鹿で糸の知識が浅すぎたからこんなことに……。舞山さんが貴堂から解放されると思い込んでた。だが蓋を開けてみれば、貴堂に対する拒絶感を綺麗になくす結果になってしまった……被害者が犯人に対して嫌悪感を示さなくなるという」

 いつの間にこんな筋の通った嘘を考えたのか。その狡猾さに背筋が凍りつくような感覚を覚える。しかし、こちらも黙ってばかりいられない。

「監視カメラを見れば、どっちが嘘をついているのか明白です。一刻も早く、あの日の出来事を確認してください!」咲馬はどちらにも手を出せずにいる警備員たちに向かって叫んだ。

 そのとき、ふっとどこかでスピーカーが付くような音がし、やがて不安に怯える波ヶ丘の生徒たちの声が遠くで聞こえてきた。

『今の話マジかよ……』

『貴堂って奴サイコパス?』

『うわぁ、ストーカー。やっぱビスって性格歪んでるっぽいな』

 波ヶ丘の生徒たちがいる構内に、こちらのやり取りがスピーカーを通して伝わっているようだ。これも計算のうちなのか。

 皆が自分より梶尾のことを信じている。さっきの演説はまるで独裁者のもののようだ。人を惑わせる狂気に満ちた論理性──。

 すると、咲馬の背後にいる警備員たちが何やら互いに頷き合い、一斉に咲馬を取り囲み刃を向けてきた。逃げる隙などどこにもなかった。

 中年と思しき警備員が咲馬に向かって告げる。

「君のことを疑うとか、そういう話はあとにする。ただ、君ともう一人の少年のうち、どちらの動きを封じるほうがより危険が少ないかという判断をさせてもらった。常識的に考えれば、ビスである君の動きを封じるほうが理にかなっている」

「そんな……」

「今すぐ刀を地面に置き、両手を挙げなさい。繰り返す──」

 いわれた通り、咲馬は唯一の武器である刀を大人しく捨て、降参の意を示した。何も考えられなくなっていた。いや駄目だ、これではいけない。考えろ。梶尾、いやブラックたちの狙いを。どこかに不審な点はなかったか。撹拌槽の爆発が囮だとすると、あえてこのB棟にソルジャー部や警備員、工場関係者の注意を引きつけたかったことになる。

 守りが固いのは入口ゲートと、さっきまで咲馬たちが昼食を摂っていた建物。B棟が入口のゲートから近いことを考えると、奴らの狙いは──。

 ここから最も離れた場所。つまり十秋たちのいる建物および、その周辺……。

 そのとき、スピーカーから何かが爆発する音と悲鳴が同時に聞こえてきた。スピーカーからはざらついた激しいノイズ音が鼓膜を破るように響く。

「あの建物を狙ったのか!」

 梶尾に向かって叫ぶも、彼は素知らぬ顔で首を傾げるだけだった。

「仕組んだのはそっちだろ。俺に訊くなよ、悪魔のビスめ」

「くそっ、いい加減に!」地面に置いていた刀を拾い、梶尾に向かって突進しようとするも、取り囲んでいるソルジャー警備員をかいくぐることができない。梶尾に向けている赤ノ糸を危うく斬られそうになり、慌てて防ぐ。ソルジャー部で鍛えてきた瞬発力と防御力は健在だ。

「どいてくれ! あいつは放っておいたら駄目なんだ!」

「落ち着くのは君のほうだ」互いに刃を合わせている警備員が睨んできた。「彼は武器など持っていない。いっていることも的を射ている、何より冷静だ。身の潔白を証明したいなら、潔くその刀を──んぐっ!」

 回転する物体が、咲馬と警備員の間を凄まじい速さで通り過ぎた。

 相手がその場に倒れ伏す。意識が朦朧としているようで、手先が微かに動いているだけである。糸を斬られたらしい。

「ナイフも悪くない、な」

 風間がそこにいた。横には少し息を切らした羽野先輩が立っている。無理をしたのか頬に軽い切り傷を負っていた。

「ぼけっとするな! 早くさっきの建物に向かえ! 爆破された!」

「わかりました!」

 咲馬と入れ替わりで羽野と風間ペアが撹拌槽の前に向かう。

「壁になって時間を稼ぐ。早く全員の安否確認を」

「後で必ず伝えます!」

 咲馬はB棟を抜け出すと、記念ホール区域にあるさっきの建物を目指した。近くで敵味方のソルジャーが激しく剣を交らせ、斬られた衝撃で咲馬のほうによろけてくる者もいる。だが今はそんなことに構っている場合ではない。

 遠くに見える、どす黒い煙を登らせる建物を見やり、咲馬の足はさらに速まる。

「みんな、無事でいてくれ」

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