闇夜の奇襲2/2

 集団に接近すると、六本の赤ノ糸が咲馬の視界に入ってきた。

「誰だ!」三人の男たちが一斉に咲馬のほうを振り向く。

 大丈夫、斬ったとしても罪悪感は残らないはず。

 そして──男から生徒に出ている糸に向かって、咲馬は真っ直ぐ刀を振り下ろした。たかが糸だが、手には確かに物を斬ったという感触が残った。何とも形容しがたい、初めての体験が掌に記憶された。

 斬られた男はその場に立ち尽くし、残る二人が羽野先輩と格闘する様子を魂が抜けたように傍観している。

「おいっ、何してやがる! 手伝え!」羽野先輩の迫撃から必死に逃れている男が、腹立たしそうにいった。いつの間にか手にはナイフが握られている。

「何のために、俺たちはこんなことをしてるんだ……」咲馬に斬られた男はその場にひざまずいた。

「終わりだ!」羽野先輩は男のナイフを華麗に交わし、もう一人の男から出ている糸を迅速に断ち切った。

 その隙をみて逃げ去ろうとする生徒たちから伸びている赤ノ糸を、咲馬は薙ぎ払うようにまとめて斬った。すると三人の生徒の動きがぴたりと止まった。これで麻薬から解放されるはずだ。

 後ろを振り返ったとき──。

「先輩!」と叫ぶのと同時に、咲馬の脚は動いていた。

 咲馬が糸を斬ったはずの密売人の男が両手でナイフを握り、そのまま羽野先輩に突進しようとしているではないか。

 羽野がこちらに横目を流してくる。もう一人の男と格闘中で、背後からの襲撃に気付いていない。このままでは先輩が刺されてしまう。

 考えている暇などなかった。咲馬は全速力で走り続け、そのまま先輩に向かってタックルを決めた。さすがの羽野も、不意打ちの突進には対処できず、バランスを崩して地面に倒れ込む。

 次の瞬間、咲馬の右肩に鋭い痛みが走った。

「んぐっ!」

 血しぶきが飛んだ。

 歯を食いしばるのと同時に、咲馬はその場にひざまずいた。肩に触れると、掌が赤く染まった。見上げると、密売人の男がふらふらと酔っ払いのような足取りで、何とかその場に立ち続けようとふんばっている。

「仲間を襲う奴を、見過ごすわけにはいかねえ……」抑揚のない声だった。

 膝に蹴りを入れられ、咲馬は横向けに倒れ伏す。密売人の男は今にも拳で殴りかかってきそうな勢いだ。

「貴堂!」すぐさま立ち上がった羽野がまたしても密売人の赤ノ糸を斬りつける。

 そして今度こそ密売人の戦意が喪失すると、羽野に手を引っ張ってもらって起こしてもらう。

 しかしその隙に、最後に残った一人が暗闇に消え去っていった。「くそっ」と吐き捨てる声が離れたところで聞こえた。

「追うぞ」

「はい!」

 肩の痛みを堪え、咲馬たちは走った。しかしまもなく背中が見えようかというとき、咲馬は密売人の男から糸が発せられていないことに気が付いた。

「遅かったか……」羽野はそういい、男の正面に回り込んだ。「その場にひざまずき、両手を頭の後ろで組め」羽野は低い声で日本刀を男の喉元に突きつけた。

 咲馬はその背後で構えの姿勢をとる。これで完全に退路を塞ぐことができた。男は羽野先輩の指示に従った。

「お前ら、ソルジャーだな」

「応える義務はない」

 ふん、と男の笑う声がし、咲馬のほうに少し首を回した。

「まだ未成年って顔だな。そうか、わかったぞ。波ヶ丘のソルジャー部って奴だな。先輩って叫んでたし。そういや、組織の連中がうざがってたな」

 蔑むような笑みを咲馬に寄こしてくるのが何とも不愉快だった。

「こっちを向け」羽野がさらに強く男の喉に刃を押し当てる。

「てめえ、いつかぶっ殺してやるからな!」男が舌を鳴らした。

「部員に怪我を負わせた代償として、お前を警察に──」

「咲馬くん!」と先輩の話を遮る声がどこからかした。

 暗いのでよくわからないが、たぶん正面からだ。そちらのほうに目をやっていると、こちらに近づいてくる二つの人影があった。明かりの下に照らされ、二人の姿が浮かび上がる。何とも奇妙な組み合わせだった。

「舞山さん、それに……お父さん?」

 悦治は手に刀をもっていたが、辺りに広がる光景を見て大人しく鞘に納めた。

「息子が迷惑を掛けたようですね、羽野さん」

「いえ、迷惑を掛けたのはこちらです」羽野は咲馬のほうを向いた。「貴堂が突き飛ばしてくれなかったら、私は致命傷を受けていました」

 素直に喜ぶべきなのだろうが、まさか羽野先輩に褒められるとは思ってもみなかったので、戸惑うより仕方なかった。「というか、お父さんと知り合い?」

「波ヶ丘に一流のソルジャーが在学していることは、前々から知っていた」悦治は誇りある笑みをその顔に称えた。「そんなソルジャーの命を咲馬が救ったとは──これからもみっちり特訓してもらいなさい」

 羽野は深く頷いた。「私が責任をもって、ビスを立派に育て上げます」

「咲馬くん、怪我してるじゃない!」十秋がリュックサックを地面に下ろし、消毒液と大きめのガーゼを取り出した。「よかった、これもってきて。すぐ手当てしてあげるからね」

「まあ大した傷じゃないけど」

「ちゃんと止血しないと駄目。ほらっ、肩上げて」

 いわれるがまま、咲馬は十秋の治療に甘えることにした。

「死んじゃったら許さないんだから。せっかくソルジャーのことを……」

 その先にどんな言葉が続くのか待っていたが、ふと何かに気付いたように十秋は口を閉ざした。それと同時に、パトカーのサイレン音が遠くのほうから聞こえてきた。

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