幕間 それぞれの契約
●草壁香月●
五月になり、仮契約期間が終了した。
赤坂様の下で使用人生活を励んでいたが、正直スムーズに仕事をこなすことはできなかった。
臨機応変に対応できなかった。
主人の求めるものを用意できなかった。
少し思い返すだけで反省すべき点はたくさんある。
こんな私に赤坂様は本契約のオファーを出して頂けるのだろうか……
「次は……草壁香月」
「はいっ」
松坂先生に呼ばれ書類を受け取る。
どうやらこんな私にも二件のオファーが届いたようだ。
内容を見ると、そこには赤坂紅姫様からのオファーが書かれていた。
嬉し過ぎる……
オファー来なかったら駄目だったってことになるし、きっと病み期になって変なポエムを綴りまくっていたはずだ。
私は小走りで赤坂様の下に向かった。
これからも赤坂様と共に学園を生活を送ることができるなんて……
「姫っ! お迎えに上がりました」
私は膝をついて、赤坂様の手を取った。
「あたしでいいのか?」
「むしろ、私なんかでいいのですか?」
「あたしは香月以外の使用人は考えられなかった」
「……ありがたきお言葉」
今はまだ未熟だけど高校生活は始まったばかりだ。
これから修行を重ねて姫様に自慢してもらえるような使用人になろう。
「あたしのこと、ずっと守ってくれよな」
「はい。この命に代えてでも……」
たとえ凶器を持った暴漢が襲ってきようが
たとえ武装した集団が迫ってきようが、
たとえ未知数な力を持つ宇宙人が襲来しようが、
私は全力で赤坂様を守り抜こう。
それが、こんな私を選んでくれた恩返しとなるはずだ。
「よしっ、それじゃあ早速手続きに行くぞ」
「はい、どこまでもついてまいります!」
最初は赤坂様の立場を聞いて、仮契約すら遠慮しようとしていた。
でも、赤坂様は優しくて一緒にいると楽しくて、私の理想の主人だった。
勝手なイメージや憶測で人を判断してはならない。
どんな人なのかこの目で見ない限り、誰かを悪く言うのは止めなきゃな。
赤坂様は立場的に、学園の生徒からまだ悪い印象を持たれてしまっている。
私はその印象を払拭させて、赤坂様の周りに人が集まってくるような主人になってもらえるようにサポートしたいと思った。
私の使用人生活はまだまだこれからだな――
▲柿谷賢人▲
「次は……柿谷賢人」
松坂先生に呼ばれて書類を受け取る。
「集まったのは三件のみですか……」
私が片平遊鷹に無様に負けたことは主人を通して全クラスに知れ渡ってしまった。
仮契約時には豊富だった指名も、今では三件となってしまっている。
もちろん、私のお目当てである三神様の文字も無ければ、信用を失った大泉様の文字も無い。
だが、そこには一筋の希望はあった。
「
貿易で巨額の富を得ている霧島グループのご令嬢だ。
三神様に次ぐ資産家であり、一目置かれている主人の生徒。
仮契約時に坊主頭の
どうやら坊主頭の使用人がクビとなって、私の方にオファーが巡ってきたみたいだ。
これは不幸中の幸いだ。
まだもう一度使用人としての頂点を目指せるチャンスだ。
一度挫折した主人を更生させれば、評価もおのずと高まっていくはずだ。
それに霧島様は一組の生徒だ。
契約できれば四組から一組に使用人の生徒が移動する形となる。
別のクラスからの方が片平遊鷹を潰しやすい。
ふふっ……
私をコケにしてくれた代償は大きいですよ片平遊鷹。
一組の生徒となって四組もろとも地獄送りにさせてあげましょう。
別室に移り、霧島様の手を取る。
「お初にお目にかかります、柿谷賢人です」
「私を選んでくれてありがとう」
「いえいえ、私の方こそを選ばれて光栄ですよ」
挨拶するのは初めてだが、霧島様を何度か見かけたことはあった。
長髪がふわっとしており、温厚そうな表情を見せている。
胸も他生徒と比べると大きく、包容力のありそうなお方だ。
「私を選んだ決め手は?」
「私は保守的な考え方なのです。それ故に、代表者選挙ではクラスメイトの恩田君に敗れてしまいました。その反省を生かし、好戦的と聞いた柿谷さんを選ぶことにしました」
「そうでしたか……」
強さを欲して私を選ぶとは、霧島様もお目が高い。
どこぞの乳デカ主人とは違うな。
「ご安心ください、私が必ず霧島様を誰もが羨む主人へと導いてみせます」
「あら、頼もしいですね」
「そして私も最優秀使用人の座を狙わせていただきます」
「素晴らしい野心です」
イける。この霧島様となら、再起を図れる。
私が最優秀使用人の称号を得ている姿が想像できましたよ。
控室から出る際に、大泉様の姿が見えた。
現総理大臣の娘と聞いてその手腕には期待はしていましたが、ただの無能な乳デカ女でしたね。
契約解除となって私も清々していますよ。
私を見捨てた代償は大きいです。
大泉様も片平遊鷹共々、地獄に送ってさしあげましょう。
「フハハハハハ」
待ってくださいよ四組のクズ共さん。
私をクラスから追い出したことを後悔し、血の涙を流すがいいさ。
「下品な高笑いは止めてくださいね。そんなことしてたらお友達ができませんよ」
「す、すみません」
霧島様に注意されてしまった。
だが、この私に注意するなんて百年早い。
どいつもこいつも分からず屋ばかりだ……
私が頂点に立ち、蔓延るバカ共を変えていくしかなさそうですね――
■柴崎舞亜■
「……以上でオファーの配布は終了だ」
「なんやて!?」
松坂先生はウチの名前を呼ぶ前にオファーの配布を終了してしまった。
「先生、ウチは!? まだ名前呼ばれてないんやけど!」
「誰からもオファーは来ていないようだな」
「なんでやねん!? ウケ狙いの奴とか一人はおるやろ」
まさかのオファー無しという結果やった。
しかもシャルティ様からのオファーまで無いなんて……
「ウチはこのままクビになっちゃうんか?」
「安心しろ、主人と使用人の生徒の数は同じだ。どれだけ売れ残っても、オファーを最後まで受け取ってもらえなかった主人と契約はできる」
「なんや、なら安心無心じゃん。ちーん」
ウチとしては星人学園の生徒でいられるだけ万歳だ。
主人にとってもガチで評価の低い使用人と契約するより、ウチみたいなお笑い枠の方が良いと思ってくれるはずや……
次々と周りの使用人は部屋を出ていき、いつの間にかこの部屋には二人だけの使用人となった。
隅で座りスマホを弄り続けていた金髪のチャラ男みたいな男。前髪が長くて顔をはっきりとは確認できない。
前から悪目立ちしている使用人やなとは思っていたが、やはり売れ残っているみたいだ。
あいつよりはウチの方がましなはずや。
雰囲気も怖いし、何を考えているかもわからない。
ウチが使用人をやれていることよりも、あいつが使用人をやれていることの方が謎やろ。
「第四次選考だ……柴崎舞亜に二件のオファーが届いたぞ。これで柴崎がどちらかを選んで本契約は終了だな」
「やった! ウチが最下位やなかった」
オファーを確認するとシャルティ様の名前があった。
いや、そっちも売れ残ってんのかい!?
ウチは迷わずシャルティ様のオファーを選んだ。
もう一人の
売れ残りの主従関係なんて、悲惨な生徒もいたもんや……
「シャルティ様~」
別室に向い、不機嫌そうに佇んでいたシャルティ様に抱き着く。
「結局あんたかい!」
「そうやで、ウチやで」
欲を言えば本契約もシャルティ様が良かった。
やっぱり一緒に居て楽しいし、真面目な要求も少ないから楽やしね。
「も~最悪。片平遊鷹には断られるし、他の妥協案も全部駄目だったし」
「遊鷹んは黒露んのお墨付きだからどう考えても無理やろ」
「実はシャルティのことの方が好きかもしれないじゃん」
「どイタい勘違い女子やん」
相変わらず頭の悪いことを言っているシャルティ様。
これだけ容姿だけに全振りしちゃってる残念な女はなかなかいない。
「まぁ何はともあれ、これから二人で楽しく行こうや」
「先が思いやられる」
頭を抱えているシャルティ様。
ウチはその頭を背伸びして撫でてあげる。
「ちっとは満足しーよ。ウチ以下の使用人もいたんやから」
「確かに売れ残ってたもう一人の使用人は生理的に無理だったから、あんたの方が良かったけどさ」
「そやそや、何事もプラスに考えていかないと黒露んには勝てないで」
「もう黒露には負けたの。片平遊鷹へオファー対決をして、シャルティは選ばれなかったし」
誰がどう見ても負ける状況でもオファーを出せたのは凄い勇気や。
その強引さは他の主人には無いシャルティ様の魅力のはず。
「確かに主人とは負けたかもしれんけど、女としては負けてへんやろ。片平遊鷹が恋人として選ぶのは黒露んよりシャルティ様かもしれんし」
「そ、そうよね。黒露はシャルティより桁違いに金持ちだし、主人としては流石に負けるっての」
「次は女として勝負や。遊鷹んのハートをゲットするのはシャルティ様や」
「そうそう、このシャルティ様よ」
無理やりおだててテンションを上げさせる。
まっ、残念やけど遊鷹んは女としてはウチのこと好きっぽいから、シャルティ様は無理やろうけど……
これからもシャルティ様の傍にいると楽しいことが待っていそうやな――
✖学長✖
新入生の本契約が終わったとのことで、それぞれの契約内容を確認する。
「君から見たら今年の新入生は黄金世代なんじゃろ?」
職員室で資料を見ていると理事長から話しかけられた。
「はい。今年は優秀な人材が揃っています。さらには予想のつかない面白い人材も集まっていますから、黄金世代といっても過言ではないでしょう」
「確かに変わったことをする連中が多い印象じゃな」
「主人の生徒も大物が揃っていますからね。今年の新入生は幾度となく波乱が起きそうですよ」
一組の代表者となった恩田様の使用人を務める、天才メイドの
二組の代表者となった百目様の使用人を務める、百年に一人の逸材と称される
三組の代表者となった国生様の使用人を務める、イギリスから使用人留学生であるルーク・フォーデン。
そして四組の代表者となった三神様の使用人を務める、太古から使用人家系として名を馳せていた片平家の血を継ぐ片平遊鷹。
他にも高い素質を持つ柿谷や堂安寺など、注目する使用人は多い。
さらには、とある爆弾のような生徒まで抱えている学年だ。
教員となってから、こんなにワクワクしているのも初めてだな……
「君の息子が紛れているとは聞いていたが、いったい誰なのかね」
「それを理事長が当てるというゲームはまだ終わっていませんよ」
「それが仮契約期間を終えてもさっぱりわからんのじゃ。君の息子なら桁外れな成績を残していそうじゃが、誰も突出しておらぬしな……」
「夏休みまでには当ててもらいたいものです」
私の息子は既に突出した成績は残していますよ理事長。
あれは私にも手に負えない異端児だ。
きっとすぐにその片鱗を表すことだろう。
どうか、あの鬼がこの学園を壊す前に、桃太郎のような存在が対峙してくれることを祈るばかりだ――
上流学園の暗躍執事 〜お嬢様達の使用人となって楽しむ学園生活〜 桜目禅斗 @Sacrament
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