第十三話 交流会


 黒露様を交流会に参加させると決めた三日後、ついにその日は訪れた。


 今日の交流会のテーマはファッション。パリコレでも認められた一流のファッションデザイナーや、有名ブランドの役員等が出席するらしい。

 参加する生徒はファッションの話を聞きつつ、様々なデザインの洋服を試着することができる会だ。


 放課後になり、黒露様を連れて赤坂さんの元に向かう。

 草壁へ事前に協力をお願いしているため、スムーズに合流できるはずだ。


「赤坂様、今日の交流会に参加されると聞きました。同行しても構わないですか?」


「えっ」


 話しかけられただけで驚いている赤坂さん。

 その後は下を向いてもじもじとしてしまう。


「あ、あたしはその……」


 素直に一緒に行くとは言えない赤坂さん。

 草壁が言っていた通り、同年代の男子である俺に話しかけられて赤面してもじもじとしてしまっている。


「ななななんと、偶然んんな。こここれは是非とも同行したいところですね姫」


 緊張しているのか、明らかに怪しい口調で赤坂さんをフォローする草壁。

 大根役者にもほどがあるだろ……


 そんな草壁は俺の方を見て、親指を立ててくる。

 やってやったぜじゃねーよっ!


「そ、そうだな一緒に行くか」


 顔を真っ赤にさせて承諾する赤坂さん。

 これは前途多難だな……


「ファッションといえば、この私。モデルに最も近いこのシャルティがあなたたちにファッションのイロハをたたきこんであげるわ」


 やはり食いついてきたシャルティ、その背後には舞亜の姿も。

 黒露様の半ストーカー状態なので、交流会の名簿に黒露様の名前が追加されると、七秒後に参加していた。


「やっぱり帰っていいかしら?」


「まぁまぁ、ここは温かな目で見てあげてください」


 シャルティを見て溜息をつく黒露様をなだめる。

 シャルティはこの交流会に必要な要素のため、同行してもらわないと困るからな。


「本当に色んな生徒から挨拶されないんでしょうね?」


「僕の予想ではされませんので安心してください」


 心配した目で俺を見つめる黒露様を安心させる。

 そのまま主人三人を連れて交流会の会場へと向かうことに。



 三人に会話は生まれない。

 無関心な黒露様、恥ずかしがり屋の赤坂さん、不思議ちゃんのシャルティ。誰も場を回す立場の人がいないからだ。


 でも今は焦ることはない。

 無理に会話を始めても、居心地が悪くなるだけだからな。

 そのことは草壁にも舞亜にも伝えてある。


「みみみなさんの、ごごご趣味は何ですか?」


 そんな沈黙を破ったのは草壁だった。

 余計なことをしてしまう人みたいだ……


「あ、あたしは漫画だな」

「私は宝石集めね」

「シャルティは鏡で美しい自分を眺めることね」


 まったく一致しない三人の趣味。

 会話は発展することなく、さらに気まずい空気が生まれてしまう。


 草壁は俺の方を見て、親指を立ててくる。

 だから、やってやったぜじゃねーだろっ!


「何やってんだよ……趣味の話をすると、あっこいつらとは合わねーなと思われるだろ」


「すすすすまん」


 小声で草壁を注意する。

 デリケートな性格の持ち主である主人には気を遣わなければならない、その主人が三人も集まれば気を遣うことはさらに多くなる。


 交流会の会場である特別教室へ辿たどり着くと、既に二十人ほどの生徒が集まっている。

 主人の生徒たちは現れた黒露様の姿を確認すると、挨拶に伺おうと歩き出す。


 しかし、その足はピタリと止まった。

 不自然に目を背け、取り繕っている。


「あら、本当に挨拶に来ないわね。何をしたの遊鷹?」


「いや、僕は何も」


 どうやら俺の作戦は成功したようだな。

 他の主人は黒露様に挨拶したい気持ちはあるのだろうが、赤坂さんとシャルティという二つの盾が黒露様を守っている。


 今の黒露様に挨拶をするとなると、必然的にその両隣にいる赤坂さんとシャルティにも挨拶をしなければならなくなる。

 数少ないヤンキー生徒の赤坂さんと、どう絡めばいいのかわからないシャルティの二人が隣にいるとなると、挨拶は別の機会にしようと考える。


 つまり、他の主人は黒露様に挨拶をして顔見知りになりたい欲より、両隣の二人に挨拶するのしんどいという気持ちに傾くのだ。


 こうして黒露様の挨拶されたくないという要求をかなえる。

 不可能を可能にしたわけだ。


「まるで魔法使いね。バリアでも張られたみたいで、見事だわ」


「ありがたきお言葉」


 黒露様はこの現状に満足する。

 これで黒露様からの評価も上がったことだろう。


 三人を端の席に座らせると、交流会は始まる。

 使用人は座らずに主人の近くに立っているのがルールのようだ。


 先頭の方には大泉さんのグループも来ているみたいだ。

 かきたにの姿も見受けられる。


 ファッションデザイナーやスタイリストが登場し、今年の流行や服の色の使い方などわかりやすい講義を行っている。

 使用人の俺もためになる講義だ。


 講義は三十分ほどで終了した。

 その後は実際に服を試着でき、さらにはスタイリストさんがコーディネートをしてくれるという時間になるみたいだ。


 特別教室にはいくつかの簡易的な試着部屋が作られている。

 試着部屋は十個もあり、その一つを三人で使うことに決めた。


「あんまり可愛かわいい服とかあたし似合わないからなー」


「そんなことないわよ。赤坂さん小顔で可愛いし、似合う服はたくさんあると思うわよ」


「そ、そうかな……」


 洋服という共通の話題が与えられたことで赤坂さんと黒露様が自然に話している。

 やはり、交流会への参加は有効的だったな。


「このシャルティがたぐいまれなるファッションセンスというものを見せてあげるわ」


 そう告げて試着室へと入るシャルティ。

 どんな洋服に着替えてくるのか楽しみだな。



 三分ほどつとカーテンが開いて、堂々としたシャルティが姿を現した。


「これがシャルティの神髄よ!」


 俺達の前にシャルティが仁王立ちする。

 その姿に俺は目のやり場に困ってしまう。


 水着のように露出の多い白い服。いや、服というよりかはひもだ。

 大事な部分だけを隠してあり、身体からだのラインがはっきりと見えてしまっている。


 そういえばパリコレって奇抜な衣装や、露出の多い服を着ているモデルさんも多かった印象があるな。


 試着室にあったということは、シャルティの着ている服もちゃんとしたファッションということだ。

 あの衣装を着ることのできる生徒はシャルティ以外にはいないと思うが……


 それにしてもシャルティは本当にれいな人だと半裸を見て改めて思う。

 スタイルも抜群で、胸は大きくお尻も締まっている。

 顔はもちろんのこと、肌も綺麗で汚れ一つ無い。


 容姿の美しさだけなら学園ナンバーワンもおおではない。

 しかし、ちょっとアホな子が災いして、その容姿が無駄になってしまっている。


 一般人にはあのような真似まねはできないな。

 シャルティは自身が最も美しいと確信しているからこそ、堂々と自分のありのままを見せびらかすことができるのだろう。


「あなたが露出狂の変態だということは理解したわ」


「なによそれ!」


「言葉通りよ。他人のフリをしたいから近づかないでもらえるかしら」


 シャルティに容赦のない厳しい言葉を投げかける黒露様。赤坂さんは青ざめた表情でうなずいている。

 だが、その言葉を聞いたシャルティは涙目になってしまう。


「黒露様、シャルティ様のあのファッションはなかなか着れるものではないです。彼女の勇気と誇りはたいしたものですよ」


「やけにあの痴女の肩を持つわね。まさかお金でももらっているんじゃないでしょうね?」


「三十万ほど」


「……もらってるの!?」


 黒露様は驚いた表情を見せる。

 実際、俺は初日にシャルティの落とし物探しに付き合って、三十万円も入った封筒を貰ってしまったからな。うそはつけない。


「私達も着替えましょうか」


 黒露様は自然に赤坂さんを連れて試着室に入っていく。

 黒露様がリードしてくれるので赤坂さんも居心地が良さそうだ。



 三分ほど経つと、黒いロングコートを着て黒い大きな帽子をかぶった黒露様が出てきた。


「素敵ですね黒露様。セレブ魔法使いみたいで綺麗です」


 使用人は主人をたたえることが大切だ。

 恥ずかしがらずに、素直に自然に褒め称えなければならない。

 それができなければ、気に入られることはないだろう。


「ありがとう。奇抜な衣装が多いから、コスプレみたいに楽しめるわね」


 派手な服を着ることは特に苦では無さそうな黒露様。

 長い黒髪が綺麗な黒露様なら着物とかも似合いそうだ。


 黒露様の後に顔を真っ赤にさせた赤坂さんが出てきた。

 白いワンピースを着ていて、普段とは異なり女の子っぽい服だ。


「遊鷹、赤坂さん可愛いわよね? この服、私が選んであげたのだけど」


 俺の前に立つが、視線をらして赤面する赤坂さん。自分の格好が不安なのか、黒露様の袖を握っている。


「赤坂様も可愛いですね。これなら一緒にマンガ喫茶に行き、狭い個室でイチャイチャしたい主人ランキング上位に行きますよ」


「う、うっせぇ。勝手に変なランキング作んな」


 赤坂さんはうれしそうに怒ってきた。


 このようなちょっとした会話でも赤坂さんの成長になるはずだ。

 今のところ赤坂さんに話しかける同年代の男子は俺しかいないから責任重大だ。


「今度はゆるふわの服を着て可愛くするわよ赤坂さん」


「おいおい、あたしは三神の着せ替え人形じゃねーぞ」


「じゃあ、自分で選べるの?」


「……選んでください」


 すっかり赤坂さんをコントロールしてしまっている黒露様。


 二人を見ているとまるで姉妹みたいだ。

 だらしない妹のような赤坂さんをしっかりした姉のような黒露様が支えている。


 黒露様には意外と世話好きな面があるのかもな……

 だとすれば、赤坂さんは黒露様から見て世話が焼けるわねと可愛く映っているのかもしれない。母性本能ってやつだ。


 再び黒露様と赤坂さんは試着室に入って別の洋服に着替えることに。

 俺は舞亜と指相撲をして待ちぼうけていると、シャルティが俺の元にやってきた。


「……シャルティのことも褒めてよ」


 ボーダーの服の上にデニムジャケットを着ているシャルティ。

 先ほどとは違い無難な服を着ている。


 シャルティはスタイルが良いので何を着ても様になる。

 大人びた容姿なので、制服ではない洋服を着ると年上にも見えてくるな。


「似合ってるし、綺麗だと思います」


「そう……じゃあ違う衣装も着てくるから待ってなさい」


 スキップしながら試着室に入っていくシャルティ。

 黒露様とゲームセンターで遊んで友達になってからは、シャルティは何故なぜか俺のことをちらちらと見てくる節がある。


「なぁ舞亜よ、俺さんシャルティ様に好かれてない?」


「シャルティをお姫様抱っこして助けた時あったやろ? あれでれたんちゃうか?」


 シャルティ様はそんな単純な女性ではないだろう。

 使用人のような身分のかけ離れた男性を好きになるほど馬鹿ではないはず。


「キャッ!」


 試着室から黒露様の悲鳴が聞こえてきた。

 いったい何事だろうか……


 まさか、俺が必然的に目を離すであろう試着室に黒露様が入るタイミングを狙い、無防備になった黒露様を狙おうとするやからがいたというのか……


 しまった!!

 試着室に入れないとはいえ、周囲の警戒を怠るべきではなかった。


 不審な輩が近づいてこないかを警戒しておくべきだったんだ。

 舞亜と指相撲なんてやっている場合じゃなかった。俺としたことがっ!


「黒露様ぁあ!」


 後悔している場合ではない、今は黒露様の安全を確保することが最優先だ。

 俺はロケットスタートで飛び出し、試着室に滑り込む。


「黒露様、ご無事ですか?」


「…………」


 返答は無いが、無傷な様子の黒露様。

 下着姿なので、早期に安否確認をすることができた。


 黒がお好きな黒露様は、やはり黒色の下着を着用している。セクシー過ぎる。

 けがれ一つ無い肌を見て、大切に育てられたのだなと実感する。

 胸は見ないようにしているが、あの大きさはCカップっすわ。


 周囲を確認するが、不審な人物は存在しない。


 下着姿のシャルティと赤坂さん、赤坂さんの着替えを手伝っている草壁。

 下着姿の赤坂さんの背中には大きな黒い薔薇ばらのタトゥーが入っているのが見える。ヤンキーなだけあるな。


「安全確認終了。失礼いたします」


 俺は何事もなかったかのように試着室を出た。

 しかし、試着室から「草壁さん、遊鷹を殺してきて」という黒露様の無情な命令が聞こえてきた。


 冷静に状況を整理しよう。

 俺は黒露様に危機的状況が訪れていると考え試着室に飛び込んだ。

 しかし、特に危機的な状況ではなく、みんなの下着姿を見てしまうという事態に。


 推測だが、黒露様は赤坂さんのタトゥーを見て驚いた声をあげたのかもしれない。

 まさか同級生の背中にタトゥーが、しかもそれが主人の生徒だとしたら驚きは大きかったはずだ。


 背中から殺気を感じたので慌てて特別教室を後にする。

 草壁は力の強い使用人、その草壁に主人から殺害命令が下されたのであれば、確実に俺は殺されちゃう。


 そう、今は俺の生命の危機。

 主人を助けようとしたら、逆に殺されそうになっているという大ピンチだ。


 草壁も特別教室から出てきた。

 その目は絶対片平遊鷹殺すマンの目をしている。

 あれに捕まれば俺の人生も終わりだ。


 生存不可能な状況だな……

 いや、俺は不可能を可能にしそうな男だ。まだ生き延びる道はあるはず。


 結果的には俺は試着室をのぞいてしまった男となったわけだ。

 悪気は無かったとはいえ、俺が悪いことになっている。


 草壁は正義の名の下に悪の俺を潰しにくる。

 俺が悪いゆえに草壁は俺を倒す理由があるんだ。

 なら、その動機を変えれば俺にも救いがありそうだ。


 背後には草壁が猛ダッシュして近づいてくるのがわかる。

 命令を全うすることに夢中になり、冷静さを欠いている。


 ここで俺は奥義を発動する。

 導きの手巾ロードオブザハンカチーフ、この奥義はハンカチを等間隔に落としていき、目的地へ導く技だ。


 ハンカチは無限の可能性を秘めているアイテムだ。

 使い手次第で多種多様な道具に変化する。

 俺の手にかかれば、ハンカチは武器にも道にもなるんだ。


 ハンカチを落としながら、男子トイレの個室に入った。

 そこで衣服を脱ぐことにする。


 すぐさま、草壁が落ちているハンカチを頼りに俺が潜む男子トイレにやってきた。


「ここに隠れているのはわかっている、出てこい!」


 草壁は個室トイレの扉を開けた。

 俺は隠れるつもりはなかったので鍵をかけていない。


「き、貴様、何をしている!? この変態が!」


 半脱ぎ状態だった俺を見て顔を真っ赤にし、慌てて扉を閉めた草壁。

 作戦成功だな。


「なにって、俺はただ男子トイレでお手洗いを済まそうと思っただけだ。当然のことをしているだけだし、変態でもないよ」


「くっ……」


「というか、変態なのは草壁の方じゃん? 男子トイレに侵入し、個室トイレの扉を開けて俺の半裸を無理やり見たんだから」


「私は何も見ていない。貴様のエクスカリバーなど見ていない」


「俺の聖剣見てんじゃんか……」


 先ほどまでは覗いた俺が悪いという名目で動いていた草壁だが、今ではその草壁も同じ覗き人だ。

 どちらも悪なので正義の名の下に悪は裁けない。


「しかも、俺はスマホで録画をしていたから証拠もあるぞ」


「何だと……」


「草壁が星人学園で使用人を続けたいのなら、俺への攻撃を中止し、俺と協力すべきだな」


きような……逆らえない私を脅して体育倉庫に連行し、知人の男を招待して性欲のはけ口パラダイスにするつもりかっ」


「そこまではしないって!」


 実際には録画などしていないのではったりだが、草壁は信じているようだ。


「ただ、俺を倒すのはめてほしいのと、黒露様にフォローをしてほしいだけなんだ」


「……わかった。それで許されるなら貴様に従おう」


 草壁を取り込むことに成功し、生命の危機から脱出することができた。



 草壁と共に特別教室に戻ると、黒露様が呆れた目で俺を見てくる。


「すみません黒露様、先ほどはお騒がせして」


「クビにするか悩んでいるのだけど」


 やはり黒露様は怒っている。

 がっつり下着姿を見てしまったからな。


「三神様、彼は三神様が悲鳴をあげたことで三神様の身に危機が訪れると思い、迅速に試着室に駆け込みました。そこには悪気はなく、善意しかありません」


「とはいってもね……」


「私も同じ状況なら、彼と同じ行動をしていたと思います。使用人として、主人のピンチにいち早く駆けつけなければなりませんから」


 取り込んだ草壁は教えた通りのフォローをしてくれる。

 あの場にいた草壁に言われれば黒露様も怒りを静めてくれるだろう。


「……そう。なら次は確認をしてから入りなさい。外からでも安否確認できたでしょ?」


「はい。わかりました」


「心配して駆けつけてくれたことは嬉しいわ。でも、もう少し冷静にね」


 広い心で許してくれた黒露様。

 その寛大な姿勢に、思わず見惚れてしまう。


 とはいえ主人の着替えを覗いてしまうとは大失態だった。

 黒露様と信頼が築けていなければクビになっていただろう――

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