第十四話 多様性
交流会でお着替えを覗いてしまったが、何とか黒露様から許してもらえた。
そんな中、黒露様はそのこと以上に心配していることがあるみたいだ。
「ちょっと聞いて遊鷹、深刻な状態になってしまったの」
「何事ですか?」
険しい顔に切り替わる黒露様。
隣にいる赤坂さんも青ざめた表情をしている。
「赤坂さんの背中にタトゥーが入ってたのを遊鷹も見たかしら?」
「はい、がっつりと」
「星人学園の校則は基本的に緩くて厳しいルールは無いのだけど、その中に入れ墨やタトゥーを入れてはいけないというものがあるのよ。赤坂さんのタトゥーが他の生徒に気づかれると、最悪退学になるわ」
「そういえば、そんな校則ありましたね」
赤坂さんは退学の話を聞いてしまったため、青ざめた表情をしているみたいだ。
「ど、どうしよー三神。あたしそんな校則あるなんて知らなかったんだよ」
黒露様に助けを求める赤坂さん。
この場はやり過ごせたとしても、これから続く学園生活で誰かに見られてしまう確率は非常に高い。隠し通すことは難しいだろう。
「
「劣化しないように、一生残るタイプのタトゥーにしたんだ」
「親に無理やり入れられたとかなら、情状酌量の余地はあるかもしれないわ」
「あ、いや、これ中学生の時に自分で入れたんだ。中二の時はめっちゃカッコイイなこれと思ってたんだけど、今は絶賛後悔中なんだよ」
「……あなたもどこぞの金髪並みに馬鹿ね」
どうやら赤坂さんの薔薇のタトゥーは自分の意思みたいで入れたみたいだ。
中学生の時はポエムや自作漫画等を作って黒歴史になりがちだが、彼女はその黒歴史を
「黒露さん、ファッションタイムは終了ですか?」
そんな俺達の元に制服から洋服に着替えた大泉さんがやってくる。
その後ろには使用人の柿谷の姿も見える。厄介な時に来たものだ……
「何の用よ?」
「純粋に黒露さんのファッションを見に来たのです」
その言葉に他意は無さそう。
というか大泉さんの服がヤバい。
ノースリーブの
巨乳+縦縞セーター=攻撃力四千五百ぐらいの破壊力がある。
エロ過ぎでしょあれ! 童貞を半殺しにする服かよコラ!
「今すぐ去りなさい。あなたに見せる物はないわ」
「……そうですか」
黒露様に冷たくあしらわれ、しゅんとしてしまう大泉さん。
どうやら今はオシャレな靴に履き替えているので、普段は厚底の靴を履いて身長を少しでも高く見せているということか。
「赤坂さんがタトゥーを入れているみたいなの。このままじゃ退学になっちゃうかもって大変なのよ、何か良い手はないかしら?」
そんな大泉さんにシャルティは赤坂さんの事情を話してしまう。
シャルティは純粋に赤坂さんをどうにかしてあげたいという気持ちであり、顔の広い大泉さんに相談を持ちかけたのだろうが、それは悪手でしかない。
「ちょっと、何を言ってるのよっ」
焦った黒露様に肘打ちされるシャルティ。
だが、もう遅い。
「それは校則違反です。直ちに先生に報告せねばなりませんね」
「えっ、ちょっと待ってよ」
大泉さんの発言にシャルティは真っ青な顔になる。
大泉さんと知り合いの黒露様は、こうなることを予想していたのでシャルティに肘打ちをしたのだろう。
「待ちません。校則に違反している者を黙って見過ごすことは私の主義に反しますから」
大泉さんはルールを大事にしている人物のようだ。
小学校の時も悪いことした生徒を見ると、いーけないんだいけないんだー先生に言っちゃおーうとする生徒がいた。大泉さんはあのタイプということだろう。
「そんなことしたら赤坂さんが退学になっちゃうじゃない」
「それは当然の結果です。そういうルールなのですから」
大泉さんの無情な一言を聞いて赤坂さんは涙を流し始める。
最悪な状況だ……
「この交流会が終わり次第、先生に報告させてもらいます」
大泉さんはこの場を後にして、元いたクラスメイト達がいる場所へ戻ってしまう。
「何なのよあの人はっ!」
シャルティは怒った声で黒露様に訴える。
「大泉さんは昔からああよ。悪は許さない、正義の人間。あの人に話を聞かれてしまったら最後、本当に先生へ報告するでしょうね」
赤坂さんの頭を
主人の窮地を救うのが使用人の役目だ。
だが、草壁は赤坂さんが退学と聞いて死んだ目をしているし、舞亜も後ろめたさを感じているシャルティをフォローすることで手一杯だ。
「安心してくださいみなさん、僕が大泉様を止めてみせましょう」
この状況をチャンスだと捉えた柿谷が俺達の元に戻ってくる。
「本当に?」
その言葉に黒露様は希望の目を向ける。
だが、柿谷は何も利益無しに救いの手を差し伸べることはしないはずだ。
「ええ。ですが、代わりの条件として三神様にクラス代表への立候補を取り下げてもらえればの話です。僕は使用人として、どうしても大泉様をクラス代表にさせたいので」
やはり、最悪な条件を提案してくる柿谷。
柿谷は大泉さんをクラス代表にさせることに自信はあるが、それでも黒露様を除外して可能性すら排除したいということだろう。
「ふざけているのかしらあなた?」
「一切ふざけてなどおりません。主人の意思に背く行為は、使用人としての立場を危うくします。その大きなリスクに値する条件だと思いますけど」
攻めに出ている柿谷。
主人に取引を持ち込むのはリスクのある行為だが、それ以上に得られるものがあるということだ。
「三神ぃ……」
救いを求めるような目で黒露様を見つめる赤坂さん。
冷徹な人ならその視線を右から左に受け流すが、黒露様は優しい人だ。
「……私はどうしてもクラス代表にならなければならないのだけど、誰かを見殺しにしてまでなるつもりはないわ」
やはり、黒露様は折れたか……
だが、それでは黒露様も使用人の俺も名が廃れてしまうことになる。
「その取引に応じる必要はありません黒露様」
黒露様の判断を遮る。
このまま柿谷の手のひらの上で転がされるわけにはいかないし、ここを乗り切ったとしても根本的な問題が解決されなければ、いずれ赤坂さんには退学の危機が訪れる確率が高い。
「赤坂さんを見捨てろというの?」
「落ち着いてください。僕に考えがあります」
何か方法はあるはず。
交流会が終わるまで時間は僅かだが、黒露様の使用人として諦めるわけにはいかない。
「血迷いましたか片平君? その判断は後悔することになりますよ」
そう告げて大泉さんの元に戻っていく柿谷。
「おい、どーすんだよお前っ」
赤坂さんが銃を持って俺の胸倉を
いったいどこから銃を取り出したんだ……
「落ち着いてください。仮にこの場を
「退学になったら元も子もないだろ、校則も消えないんだから」
校則も消えない。その言葉に俺は引っかかった。
「僕が赤坂様を解放してみせましょう。主人を助けるのが使用人ですから」
「ほ、ほんとだな?」
「本当です」
そう告げると、赤坂さんは手を放してくれる。
校則があるのなら消してしまえばいいんだ。
そんなことは不可能にも思えてくるが、不可能を可能にしなくては一流の使用人にはなれない。
「あなたのその目、無策ということではなさそうね」
黒露様は期待した
「ええ、僕に任せてください」
「友達を助けるためなら、私の財力でも名前でも勝手に使って構わないわ。頼むわよ」
「そう言って頂けると助かります」
黒露様からその言葉を聞けるのは、俺がある程度信頼されている
もちろん、黒露様のお力を借りて失敗でもすれば、速攻でクビになってしまうリスク付きだが……
失敗は許されない状況だが、弱気にはならない。
この状況を乗り越えることができれば黒露様からも厚い信頼を受けられるのだから。
……とある方法を
「これにて、本日の交流会を終了します」
スタッフから交流会終了のお知らせが教室全体に伝えられる。
生徒達は教室から去っていくが、俺達は特別教室に居座る。
そこに大泉さんがやってくる。
その後ろに柿谷が憎たらしい笑みで
「赤坂さんを先生の元に連れて行きます」
「そうはさせないわ」
赤坂さんの手を持つ大泉さんだが、シャルティは赤坂さんに抱き着いて放さない。
大泉さんに伝えてしまった責任を感じているようだな。
「大泉様、先生の元に向かう必要はありません。先ほど、判断を下せる者にこちらに来るよう連絡しましたから」
「あら、お気遣いありがとう。なら、この場で説明することにするわ」
この場に残っているのは俺達と後片付けを行っているスタッフと講師。
そしてもう一人、とある大物人物がこの場にやってくる。
「り、理事長」
黒露様はこの場に現れた人物を見て驚いている。
他の生徒も驚いているようだが、俺は驚かない。
何故なら俺が理事長を呼んだからだ。
「
「ちょっと前に終わってしまいましたよ理事長」
周りの人物は理事長を見て萎縮してしまっているが、黒露様は大きな動揺を見せずに交流会の状況を説明してくれた。
「なんじゃと、せっかくゴープロ持ってきたというのに……」
高画質撮影をする気満々だった理事長。
用意した機材が無駄となりしょんぼりしている。
校則についての話があるのでと理事長を呼んでも、代わりにスタッフの者が来て結果報告だけをされる恐れがあった。
だが、俺は前置きとして生徒達が派手な洋服に着替えて楽しそうにしていると伝えた。
理事長も男なので、若くて可愛い女の子が派手に彩って楽しんでいると聞けば、その目で一目見ようと足を運んでくれるかもと考えたのだが、その通りになった。
男の行動原理は下心に基づく。
その下心をくすぐり理事長をこの場に召喚したのだ。
「先ほど連絡させて頂いた三神黒露様の使用人である片平遊鷹です。早速ですが理事長、校則についてお話があるのですが」
「ほうほう、そんなこと言っておったな。それで、何かね?」
「とある校則の撤廃を提案したいのですが」
俺の言葉を聞いてざわめく周囲。
理事長はその切り出しを聞いて顔をしかめる。
「どの校則かね?」
「星人学園の生徒は入れ墨やタトゥーを入れてはならないというものです」
「ほほう。じゃが、そう簡単に使用人の一言で撤廃できるものではないぞ。まぁそれもわかっているとは思うがの」
俺はこちらの様子を見ていた講師の人たちを手招く。
先ほど話は通しておいたので、俺の思惑通りに動いてくれるはずだ。
「今日の講師たちは、ファッションデザイナーや一流のスタイリストの方たちです」
「知っておるぞい。手配したのは我じゃからの」
そんな講師たちは理事長の元に集まって話し始めた。
「理事長、生徒達の多様性を受け入れるのが現代の流れです。この機会に校則の見直しをされてはどうでしょうか? 古い風習では生徒達が流行についていけなくなります」
ファッションデザイナーの講師は理事長に進言してくれる。
「何かに縛られた環境では、生徒達は自由に伸び伸びと成長できません。理事長が生徒達に与えた目標である、一人一人の生徒がそれぞれの輝きを手にして星になるということからも、遠ざけるものだと思います」
スタイリストさんも半ば無理やりだが、理事長に進言してくれる。
俺のような使用人が何か申しても、きっと何も変わらない。
だけど、招待した一流の講師たちが物申せば説得力がまるで違う。
理事長も話を聞き入れる必要があるはずだ。
もちろん、講師の人たちには協力すれば三神家の金銭的支援が受けられるという条件で手助けしてもらっているのだが……
「確かにその通りじゃの。生徒の価値観は時代によって変わっていくものじゃ。いつまでも昔の校則を残していくのは
よしっ、理事長が要求を
このままいけば、校則は撤廃される。
「理事長、校則を撤廃する必要はありません。ルールの無い無秩序な学園では、生徒の風紀が乱れることになります」
柿谷は理事長に冷静になるよう言葉で訴える。
黙って見過ごしてはくれないか……
「君の意見ももっともじゃな。多様性が大事とはいえ、ルールはある程度必要なことじゃ」
理事長の言葉を聞いて、赤坂さんが下を向いてしまう。
一瞬見えた希望が消えてしまったように見えたのだろう。
「では、こうしよう。入れ墨やタトゥーは人目に触れる場所には入れてはならない。これなら、最低限の秩序は保たれつつ生徒の多様性も認められるはずじゃ」
その言葉を聞いて赤坂さんはやったーと叫び、草壁に抱き着いた。
「考慮して頂きありがとうございます理事長」
「撤廃という目的は
理事長は俺の思惑に気づいたが、それでも
理事長に話を聞いてもらったので、校則の変更はスムーズに行われることだろう。
「くそっ、元々校則の規制緩和が目的だったのですね片平君」
柿谷は俺の思惑に感づいたのか、悔しそうな表情を向けてくる。
「そうそう。撤廃は別に通したい要求ではなかったよ。規制緩和に妥協しやすくするため、あえて大きな要求を提示しただけだ」
叶えたい要望を大きく提示することは交渉の
一万円の商品を八千円にしてくれと要求し、九千円に妥協してもらう。
だが、九千円にまけてもらうことがこちらの本来の目的だったということだ。
「校則が変わってしまったのなら、何も言うことはないですね。行きましょう柿谷君」
「はい、大泉様」
柿谷は拳を強く握りながら教室を去った。
柿谷の思惑通りにはならなかったからな。
赤坂さんが退学となれば、クラス代表選挙の黒露様への一票は減る。
赤坂さんが退学しなくても、黒露様はクラス代表への立候補を辞退する。
柿谷にとってはプラスにしかならない状況だったが、俺が第三の道を開拓したことでやつの思惑は破壊されたのだ。
俺達も講師の人たちに頭を下げてから特別教室を出る。
赤坂さんが退学にならずに済み、みんなはホッとした表情だ。
「やるじゃない遊鷹」
黒露様に褒められるが、謝らなければならないことがある。
「……すみません、講師の人たちに、協力してくれれば黒露様から金銭的な支援を受けられると約束してしまったのですが」
「その程度なら特に問題無いわね。友達を助けるためにお金を使えるなんて、むしろ一番良いお金の使い道だわ」
もちろん、こちらも黒露様が納得できる範囲を予測してお力を借りた。
計画通りだったが、黒露様のお言葉を聞き、ホッとして一息ついた。
「と、友達?」
赤坂さんが黒露様の言葉を聞いて聞き返す。
「前に言ったでしょ? 私はあなたと友達になりたいと。余計なお世話だったかしら?」
「三神ぃい」
黒露様に抱き着く赤坂さん。
ここにまた一つ、友情が生まれた。
「で、でもあたしは、三神の
「家庭環境が特殊なのは私も一緒よ。使用人が主人を支えるのはもちろんだけど、私も友達としてあなたを支えるわ。もちろん、あなたにも私をこの学園で退屈させないように支えてほしいところね」
「うぅ……」
言い訳は意に介さない黒露様。
その優しさに触れた赤坂さんは彼女の
「あなたを取り巻く事情は上辺だけしか知らない。けど、それはあなたから見た私も同じでしょ? この学園の中ぐらいは、互いの家庭の事情は忘れて仲良くできないかしら?」
そう述べて赤坂さんに手を差し伸べる黒露様。
「うん。あたしもずっと、友達が欲しかったんだ……」
黒露様の手を握る赤坂さん。
やはり女性同士の友情ってのは良いものだな。尊い……
今回はちょっとしたピンチに巻き込まれたが、逆にそれが功を奏した。
さらには黒露様に使用人として良い所を見せることもできた。
それにしても使用人というのは大変な仕事だな……
主人の面倒を見なくてはならないし、他の使用人との譲れない戦いも続く。
その分やりがいもあれば、楽しさもあるんだけどね。
普通の学校では、こんな生活は送ることができないはずだ。
使用人の道を選んだことに今のところは後悔もない。
きっと俺も黒露様と同じで、退屈というのが嫌なのかもしれないな──
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