第十二話 黒い噂


 食事を終えてカフェレストランから出ると、シャルティは用事があると言って舞亜と一緒にどこかへ消えていった。


 目の前の和食レストランから赤坂とくさかべの姿が見えた。

 それを黒露様も注視している。


 黒露様をクラス代表にするため、次に取り込みたいのは赤坂紅姫さんだ。

 クラスでは孤立していて、大泉さんの手中にはまだ収まっていないからな。


 しかし、彼女には黒いうわさまない。

 そんな人物と黒露様を引き合わせるのは、少し気が引けてしまう。


「……赤坂紅姫さんってあまり友達いないみたいだし、気になっているのよね。お昼休みの前も周りをキョロキョロしてて、誰かに話しかけられて誘われるのを待ってるのよ」


 幸いなことに、黒露様も赤坂を気にかけていたみたいだ。


 赤坂は拳銃を持っていたり、ナイフをちらつかせてくる危険な所がある。

 本人は隠しているようだが、どこから見てもヤクザなので誰も近寄らないだろう。


「これは断ってもらってもいいんですけど、赤坂様と友達になって票を確保したいところなのですが……」


「何でそんな低姿勢な要望なのよ。普段の遊鷹なら、友達になりましょうときっぱり言うじゃない」


「赤坂様の噂は黒露様もごぞんですよね? 世間的には恐れられる組織の娘であるみたいですし、接触するリスクは大きいと思いました」


 俺の発言を聞いて顔をしかめる黒露様。


「だから何なのかしら? それが友達にならない理由になるの?」


 怒っている口調で反論する黒露様。

 その姿を見て、少しうれしくなった。


「私はその程度のリスクで人を選んだりしないわ。そこらの器の小さな主人と一緒にしないでもらえるかしら」


 黒露様の器の大きさに救われる。

 赤坂と友達になれるのなら、それはきっと大きなアドバンテージになるからな。


「私は両親が強大過ぎる故に、様々な恩恵と弊害を受けてきた。でもそれは、私が望んだものではなく、産まれた時から理不尽に与えられたもの。赤坂さんだって、望んでその環境を選んだわけじゃないのよ?」


 黒露様から紡がれる言葉に、俺はどこか救われた気分になる。

 やはり黒露様は主人として至高の存在であり、頂点に相応ふさわしいお方だ。


 その誇り高き主義や無償の優しさがもっと表に出れば人気者になれるのに……

 そういう部分を普段は隠す性格なのがもったいない。


「では、黒露様が望むのであれば、交流する機会を設けますよ」


「それぐらい頼まなくてもできるわよ」


 そう告げて、店から出てきた赤坂の元に近づいていく黒露様。

 俺もその後を追う。


「こんにちは赤坂さん」


「な、何だよっ」


 急に黒露様から話しかけられて身構える赤坂。


「今度一緒にドンキホーテに行かないかしら?」


「はぁ?」


「ヤンキーはドンキホーテというお店に行きがちと、ネットに書いてあったの」


「お前よぉ、桁違いなお金持ちだからってあたしを馬鹿にしてんのか?」


 黒露様の発言に汗が止まらなくなる。

 いったい何を言っているんだ黒露様は……


「……こほん、情報が違っていたみたいね。では、あなたどこ校よ?」


「てめーと同じだよっ! ふざけてんのか?」


「おかしいわね……ヤンキーの挨拶は、どこの学校に通っているか問うことから始まるとネットに書いてあったのだけど」


「何だよ、どいつもこいつも馬鹿にしやがって」


 舌打ちをしながら去っていく赤坂。

 どうやら黒露様のお友達大作戦は大失敗に終わってしまったみたいだ。


 黒露様はいたって真剣だ。

 決して相手を怒らそうとしている訳ではない。


 ただ、あまりにも経験値が無さ過ぎるだけなはずだ。

 友達作りの経験が無いので、ずれた感じになってしまっただけだ。

 まぁ、その不器用さがいとおしくもあるのだが。


「ナイストライでした黒露様」


「……申し訳ないけど、私には遊鷹の力が必要みたいだわ」


 誰かと友達になるにはきっかけというものが必要だ。

 偶然席が隣になり、自然に会話をしていたら共通の趣味で話が盛り上がって気づけばお友達に、なんてこともある。


 なら、友達作りというのはそのきっかけを無理やり与えてしまえばいいだけだ。

 きっかけを意図的に作って、友達になるチャンスを誘発させる。


「黒露様、交流会に参加しましょう」


 星人学園には交流会というものがある。

 学園側や影響力の強い主人の生徒が主催する放課後の集まりだ。


 学園側が著名人をお呼びして貴重なお話を聞きつつ、集う生徒と交流する場を設ける交流会。

 先日も学園側が招待したラテアートの先生による交流会が催されていた。


「やだ」


 まさかの拒否反応を示す黒露様。

 中学生の時もカラオケ行こうって話になると、急に一言やだと拒否反応示す人いたな。


「交流会って参加する人みんなから挨拶されるから面倒なのよ。たたでさえ、プライベートでの色んな会合の出席でしんどいというのに……」


 黒露様が参加されるとなると、他の出席者の生徒は一言挨拶せねばとなってしまうのだろう。

 それが嫌だという理由も理解できる。


「なら、他の生徒から挨拶されなければいいのですね」


「……そういうことになるけど、挨拶されないなんて不可能よ」


「残念、僕は不可能を可能にしそうな男でした」


「これは参ったわね。でも、誰かに挨拶されたら問答無用でクビだから」


 黒露様にくぎを刺されるが、じゃあ止めますなどと言えば使用人の名が廃る。


「では、交流会に参加してくれますか?」


「まっ、退屈しのぎにはなりそうね」


 赤坂と友人になり票の確保をするという目的のきっかけ作りとはいえ、クビになるかもしれない交流会への参加はハイリスクであり、得策ではないかもしれない。


 だが、常に黒露様に刺激を与えられなければ、黒露様の使用人という立場すら危ぶまれることになる。

 この立場が失われてしまえば本末転倒だからな──



     ▲



 授業が全て終了し、黒露様を見送った。


 放課後に学園へ残された俺は下準備のためにとある人物の元へ向かう。


「なぁーづき、やっぱりあたしって一人じゃなきゃ駄目なのかな? 中学校の時はそれを受け入れていつぴきおおかみ的な感じで過ごしてたけど、本当は寂しくて友達欲しかったんだ」


「そんなことはありません、まだ誰も姫の魅力に気づいていないだけです。学園が始まって一週間ほどですし、これからいっぱい友達も増えていきます」


 中庭のベンチで会話をしている赤坂さんと使用人の草壁香月。

 どうやら赤坂さんの方も友達を作れずに苦悩しているみたいだ。


 これは好都合かもしれない。

 互いの目的が一致しているとなると、後は心を通わすきっかけが訪れれば友達になれる。


 それに、あの力だけなら最強である使用人の草壁も身内に取り込みたいところだ。

 初日で見せた台壊しや、壁ドンで壁を破壊する力は強力だった。

 自身の弱点である力の部分を草壁一人で補うことができる。


「前科有りの刀使いとか、けんの強いコックとか、やたら胸でかい女とか、うそつきだけど大事な時に頼りになるやつとか、そんなやつらと友達になって冒険したかったなぁー」


「姫……」


 泣きそうな顔を見せる赤坂を見て、下唇をんでいる草壁。

 自身の無力さを嘆いているのだろう。


「そろそろ迎えも来るみたいだし、帰るとするよ。明日は友達できるように頑張るから」


 けなな姿勢を見せる赤坂を見送る草壁。

 赤坂さんが車に乗り込み学園を去ったのを確認して深いためいきをついていた。


 ふらふらとした足取りで無意識にどこかへ向かっている草壁。

 主人を満足させられず苦しんでいるのか、声をかけづらい雰囲気だな。


 人気の無い校舎裏に入り、壁に背を向けて腰かけ、かばんからカッターナイフを取り出した草壁。

 深くは知らない人物だったが、けっこうヤバめな人なのかもしれない。


「我が生涯に、けっこうな悔いあり」


「いや、切腹すんなっ!」


 刃を身体からだに突き刺そうとした草壁の手を慌てて止める。


「何だ貴様は、邪魔をするなっ」


「落ち着けって、思い詰め過ぎだよ」


「思い詰め過ぎなどではない。私は主人一人満足させられない、生きる価値の無い使用人なんだ。もぅマヂ無理、切腹しょ……」


「思い詰め過ぎて病み期のJKになってるぞ」


 草壁から危険なカッターナイフを没収し、俺の提案を聞いてもらうことに。


「どうやら赤坂様に友達ができなくて苦しんでいるみたいだね」


「ああ、やはり他の使用人から見ても友達がいないのが目立つか……」


「最初から完璧な使用人など存在しない、俺だってそうだし。ここは互いに協力して乗り切ろうよ」


「協力?」


「俺も主人である黒露様の友達を増やしたいと思っている。互いの使用人が主人をお膳立てすれば、友達になるのも難しい話じゃないってことさ」


 主人同士が友達に、そして俺と草壁も友達になれれば円満解決だ。


「気持ちは嬉しいが難しいだろうな。姫は三神様のような大金持ちクールビューティーみたいな人が苦手だと言っていた。ノリ悪そうだし、見下してきそうって」


「安心してくれ、黒露様はただお高くとまっているだけの人間じゃない」


 やはり、黒露様の周りからのイメージは良いものではなさそうだ。

 一緒にいると優しい部分も見え、人間味のある方だと理解できるが普段はむすっとしてるからな。


「それに、姫は難しいお方だ。他の主人とは異なり人付き合いが苦手で口調とかも違う。他の主人の生徒とは性格が合わないのだ。お前の主人の気を悪くさせるどころか、迷惑をかけることになるかもしれん」


「友達ってのは迷惑かけてなんぼだろ」


「……そうだな、私は追い込まれていたこともあり、何か大切なものを見落としていたのかもしれない」


 草壁が笑顔を取り戻す。

 使用人は主人のことを第一に考えるので、扱いやすくはある。


「とりあえず、俺から積極的に絡みに行くからフォロー頼むよ」


「いや、姫は同年代の男子から話しかけられるのは苦手なんだ。お前が話しかけても会話が成立しないし、話しかけるだけで好きになってしまうぞ」


 草壁の忠告には思い当たる節がある。

 以前、お手洗いの前で話しかけた時に赤坂さんは顔を真っ赤にして挙動不審になり、会話が成立しなかった。


「ピュア過ぎないか? 中高男子校で過ごした男子じゃないんだから」


「仕方ないだろ、今まで男子からは特に避けられる対象だったみたいだからな。父親が過保護であり、まなむすめに男が話しかけようものなら怖い人たちがやってきていたようだ。今は流石さすがに女子高生にもなったので、親の過保護は薄れてきたみたいだが」


 やはり星人学園の主人なだけあって、育ってきた環境が特殊なようだ。

 友達になるという簡単なことすら一筋縄にはいかない。


「前に俺とは普通に話したことあったんだけど……その時は、銃を突き付けられたけどさ」


「姫は銃を持てば超強気になるから、銃を持っていれば同年代の男子とも普通に話せる」


「それは克服しないと駄目だろ……」


 星人学園は主人の生徒を成長させる場でもある。

 主人の弱点というか、苦手な部分は使用人が手を尽くして克服させなければならない。


「私もそのつもりだ。そのためにも協力して欲しい」


「もちろんだよ。それじゃあ色々計画を立てていこう」


 俺は草壁に赤坂さんを交流会へ参加させることを約束させ、当日に備えることにした――

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