第十一話 お願い


【使用人はありとあらゆる危機を想定しなければならない。──かたひらたん(昭和の高度経済成長期を支えた使用人、1903~1977)】


 りんとの登校中に使用人語録であるサヴァイヴルを開くと、わかりやすい意味の名言が目に入った。

 この言葉には俺も共感できる。


「……これは当たり前の名言では? 私もそうしてますし」


「いや、これは肝に銘じておく名言だろう。使用人なら一パーセント以下の可能性も考慮して対策を講じなければならないということだ」


 何が起こるかわからないこの世の中、何かが起こった後に想定外でしたなんて言い訳は使用人には許されない。


「一パーセント以下の可能性ですか……」


「そうだな……例えば空からいんせきが降ってきた時に主人をどう守るかとか、学園に犯罪者が紛れ込み、目の前に現れてしまった時にどう守るかーとかいっぱいあるだろ」


「そうですね。後は……ほ兄様が私に恋をしてしまうとか? きゃきゃ」


 自分で発言して、自分で顔を真っ赤にさせている凛菜。


 これはやべーな……

 もう末期かもしれない。ちょっと将来が心配になるレベル。


 ここは心を鬼にして凛菜を突き放さなければならない。

 それが兄の責任だろう。


「申し訳ないが、俺は大人な女性が好きなんだ。胸も大きい人が好きだな」


「ここでほ兄様に朗報です。私の胸、ここ最近で急成長しています」


 胸を張るようにして宣言してくる凛菜。

 確かに、いつの間にか胸の膨らみが大きくなっている気がする。


 ポジティブ凛菜とくだらないやりとりをしながらせいじん学園前へ辿り着いたのだが、ゲートの前であたふたしている女生徒が目に入る。


「おぉ、たかん良い所に来たな」


 何故か手錠で両手の自由を奪われているまい

 時間の問題と思っていたが、ついに犯罪に手を染めてしまったようだ。


「警察に連絡すればいいのか?」


「ちゃうわ! ウチが何の犯罪をしでかした言うねんっ」


「爆破予告」


「そうそうむしゃくしゃして、この学園に爆弾を仕掛けたんや。ってちゃうわ!」


 頭突きでノリツッコミをしてきた舞亜。

 朝から元気だなこいつは……


「きっとこの人はわいせつ物頒布罪とかで捕まったんですよ」


 ゴミを見るような目で舞亜を見て犯罪内容を予想する凛菜。


「そうそうアマゾンギフト券くれたら画像送りまーすってちゃうわ!」


 しっかりと凛菜にもノリツッコミを入れている凛菜。

 芸人のかがみだな。


「そもそも手錠がついてんのは犯罪を犯したからじゃないねん。昨日家で手錠つけて一人拘束プレイでもだえ楽しんでたら鍵をくしたんや」


「何やってんだよ。そうやって余計なことするからバチが当たるんだ。因果応報だな」


「……手淫が横暴?」


「因果応報だよ、ふざけた聞き間違いすんなって」


 舞亜のしょうもない発言を聞いてあきれることしかできない。

 その内、本当に何か問題を起こして捕まってしまうかもしれないな。


「そや、ポケットから学生証を取って欲しいんや! 取り出せんくて中に入れんねん」


「しょうがないな、後でマンションおごれよ」


「奢りのレベル半端ないって! ジュース奢れかと思ったらマンション奢れとか言われるもん、そんなんできひんやん普通」


「わかったわかった。それで学生証はどこのポケットに入ってるんだ?」


「スカートのポケットや。右側のな」


 スカートってポケット付いてたのか……

 穿いたことがなかったので知らなかったな。


 気恥ずかしいが、舞亜のスカートから学生証を取ってあげることに。


「あんっ、手淫が横暴やで」


「あんじゃねーよアホ」


 無駄にやらしい声を出した舞亜をたたく。

 ポケットの中には学生証と鍵も入っていた。


「おい、ポケットに鍵も入ってたぞ」


「ほんまかっ、助かったでー」


 出てきた鍵で舞亜の手錠を外す。

 いや手錠を外すなんて初めての体験だな。


「それにしても、なんだかんだ優しいなー遊鷹んは」


「妹がいるから、子供の扱いには慣れているんだ」


「だから子供扱いすなって……いや、遊鷹んの妹になれるならそれもええかも。毎日かまってくれそうやし」


 そう言いながら俺の脇腹に抱き着いてくる舞亜。

 こんな妹いたら家出するって。


「ちょっと、そこは私の特等席なんですけど!」


 凛菜は声を荒らげて俺に抱き着く舞亜を引きがそうとしている。


「残念やな遊鷹んの妹。お前の兄は、ウチがNTRしたで」


「ふざけんなです! このサイコパス変態モンスター女!」


「なんやと! ガキがめてると潰すぞコラ!」


 何故かけんを始める二人。

 年下にイキっている舞亜はもはや見ていられない。


「俺の妹をいじめんな」


 舞亜の首根っこを持ってるし上げる。

 どうやら凛菜と舞亜の相性は最悪みたいだ。


「放せ遊鷹ん! その女に芸能界の厳しさを教えたる!」


「そんなもん教えんなっ」


 凛菜が先に校舎へ入っていったことを確認してから舞亜を解放した。




 気を取り直してくろ様を迎えに行くことに。

 舞亜に手錠を返すのを忘れてしまったが、これは何処どこかで使えそうなのでもらっておこう。


「おはよう、遊鷹」


 黒露様は今日も元気に気高く登校してきた。

 学校生活が始まってから一週間がち、黒露様との主従関係にも慣れつつある。


「今日もおれいですね黒露様。髪を切りましたか?」


「ええ、前髪を少しね」


 少しうれしそうな表情を見せる黒露様。

 主人の小さな変化に気づいてあげられる使用人は好かれると祖父が言っていたからな。


「黒露様は何か習い事等はされていたんですか?」


 黒露様が退屈を感じて無理難題を押しつけてこないように、先手を取って話題を振る。


 お金持ちの人なら、複数の習い事をしているのが一般的なはず。

 絵画教室や音楽教室に通っていた生徒が大半だろう。


「ヴァイオリンと社交ダンスと書道と色々ね。飽きて一週間で辞めたのもあったけど」


 やはり黒露様も多くの習い事を経験してきたみたいだ。

 基本スペックの高い黒露様なら楽器も器用にこなしてしまうことだろう。


「趣味とかはあるんですか?」


「読書が好きね、後はペットと遊ぶことかしら。宝石を集めるのも趣味の一つね」


 宝石を集めるのが好きな人なんて初めて見た。

 コレクションといえば、カードや人形などが一般的だが、それがお金持ちになると宝石になるみたいだ。


「ペットってどんな動物を飼ってるんですか?」


「……片平遊鷹とか?」


「ワン」


 まさかのペット扱いされていた俺。

 まぁ使用人って主人からしたら聞き分けの良いペットみたいなものなのだろう。


「冗談よ、どちらかというとあなたは宝石の方に近いわね」


「その心は?」


「遊鷹は使用人の原石、磨けば光るってことよ。今はまだ使用人としてはいびつな原石だけど、あなたからは何か光る物を感じるわ。それを私が私の好きな形に磨いていくの」


 遠回しだが褒められているようだな。

 ペットのようにしつけるのではなく、宝石のようにでるということだろう。


 そのまま重宝されて卒業後も黒露様に雇われれば、俺の勝ちということだ。

 それまで期待され続けるのは至難の業だが……



     ▲



 午前中の授業が終了し、昼休みが始まる。


「食堂へご案内します黒露様」


 二人で教室を出ると、外で待っていた人物と目が合った。


「ぐ、偶然ね、シャルティも今から食事に行くところだったのよ」


 偶然という名の必然を装うシャルティ。

 黒露様と一緒に食事に行きたいみたいだな。


「そうなの。じゃあまた」


「ちょっと!」


 スルーして去ろうとする黒露様を呼び止めるシャルティ。

 どちらも素直になれない性格が災いし、面倒なことになっている。


「シャルティ様は黒露んと一緒に食事したいみたいやで」


 俺の股の下から現れてきた舞亜が、核心を突いた秘密を漏らしてしまう。


「じゃあ、一緒に行きましょうか」


「う、うん」


 あまりに初々しい関係に見ていて心が温まる。

 この二人の間に俺も混ぜてよと邪魔する男が現れれば、俺は許すことができないだろう。


「黒露様、今日の食事は何になさいますか?」


「……今日は軽めにしましょう」


 昼食を軽めにと告げる黒露様。

 これは異常事態だな。


「体調を崩されましたか?」


「違うの、最近付き合いの方が盛んで食事をする機会が多いのよ。だから、その……」


「黒露んも体形とか気にすんのな」


 はっきりとは理由を述べなかった黒露様だが、舞亜は体形を気にしていると察したみたいだ。

 軽いダイエットということか。


「一日だけ我慢しても何も変わらないわよ三神黒露。スタイルを維持するのは日頃の努力であり、今さらこうったって無駄よ!」


 黒露様に堂々と物申すシャルティ。

 彼女だけが、この学園で黒露様と対等に話す貴重な存在だが、ちょっと度が過ぎているところもある。


「まぁ、シャルティが見事なスタイルを手に入れるのに、血のにじむ努力をしていることは伝わってくるわ。そこは認めましょう」


「……ちょっと、そこは張り合いなさいよ」


 シャルティは黒露様に褒められて顔を赤くしている。

 実際、シャルティはこの学園でもトップクラスで綺麗だからな。


「張り合うも何も、あなたの方が容姿だけなら優れているわ。容姿以外が終わってるから結局、魅力度は皆無なのだけど」


「終わってないから! 絶賛活動中だから!」


 なんだかんだで会話が続くようになってきている両者。

 まぁ、仲が良くなったというよりかは、黒露様がシャルティの扱いを覚えたという表現が正しいだろう。


 お洒落しやれなカフェレストランに入り、俺の隣には舞亜が座る。

 正面には黒露様とシャルティの美しい二人が並ぶ。


 前の二人が知らない女性の話で盛り上がっていたので、俺は以前から気になっていた質問を舞亜にぶつけることに。


「今更だが、舞亜ってデータには東京生まれ東京育ちって書いてあったけど、どうして関西弁みたいな言葉を使っているんだ?」


「ウチは芸人の娘やから、らしさ出すために関西弁話してるんや」


 説明を聞いてもイマイチ意味が理解できなかった。

 謎を解けば解くほど、舞亜という人物がわからなくなっていく矛盾。


「質問を変える。そもそも、どうして使用人になったんだ? 舞亜は俺と同じで実績や経験も無いし、むしろ富裕層の通う中学校に通っていたみたいだけど」


「学校説明会の時に、主人枠が空いてないから入学できないってことになったんや。ウチの父親はお笑い芸人のスターなだけあって金持ちやけど、主人枠の中では総資産額が一番下やったからな」


「そうだったのか」


「それでスタッフが冗談交じりに、使用人枠なら今キャンセルが出て、一枠空いてるんですけどねって言ったから、じゃあ使用人枠でええでってことで入学することになったんや」


 舞亜の言動には頭を抱えることしかできない。


「つまりウチはノリで使用人をやっているちゅーことや。こんな面白エピソードなかなかないやろ、芸人なった時は美味おいしい話になるで、にしし」


 ……どうやら、この学園にはとんでもない生徒が紛れ込んでいたみたいだな。


 柴崎舞亜はお笑い芸人の娘であり、家もそこそこ裕福ということだ。

 自身もお笑い芸人を目指しており、エピソードトークを集めるために異例の使用人生活を始めたそうだ。


 異常な人物だが、舞亜のような自由人にしかできないこともあるかもしれないな。


「黒露様、そろそろシャルティ様にお話されてみてはどうですか?」


 シャルティと黒露様の二人が良い雰囲気になっていたので、俺は黒露様にあの件について話すよう背中を押す。


「何よ、話って」


「そ、その……」


 赤面してしまう黒露様。

 慣れないことをするのは難しいが、ここは乗り越えてほしいところだ。

 素直にお願いするというのも、人には必要な能力だからな。


「シャルティに私を応援して欲しいの。今は頼れるのシャルティぐらいしかいないから。だから、クラス代表への立候補を取り下げてもらって、私に投票してくれると嬉しい」


「何よそれ、あたしにだって立候補したっていうプライドがあるし」


「私が代表者になった暁には、あなたの意思も汲むわ。あなたの代表者への思いを私に委ねてほしいということね」


「……あ、あんたがそこまで言うなら、取り下げてやらないこともないけどー」


 顔を真っ赤にしてそっぽを向いて話すシャルティ。


「良かったやんシャルティ様。勢いで立候補しちゃったとか後悔して投票当日におびえる日々を今まで過ごしてたけど、これで取り下げる理由ができたやん」


「それは黙っときなさいよ舞亜」


 舞亜の口を慌てて塞ぐシャルティ。

 やはり立候補したことを後悔していたみたいだ。


「でも、投票するのは絶対じゃないからね。黒露がおおいずみに劣っていると感じるようであれば、大泉に投票するから。だから、シャルティの期待を裏切らないでよね」


「ええ、もちろんよ。あなたにそこまで同情されたら終わりだし」


「何よその言い方っ」


 二人は結局いがみ合い始めたが、それは互いに文句を言い合えるほど信頼できる仲にまでなっているとも解釈できる。

 とりあえずこれでシャルティの件は片付いたかな――

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