幕間 それぞれの放課後
●柳場正和●
俺は人間が嫌いだ。
醜い姿で荒んだ心を持ち、そこら中にうじゃうじゃと沸くので害虫にしか見えない。
人間を一言で言えばクズだ。
平気で嘘をつくし、何度も裏切るし、自分のことしか考えていない。
人類など滅んだ方が良い。
俺が大人になったら、人類を滅亡させるシステムを作るつもりだ。
そんな俺も昔は人間が好きだった。
クラスの人気者で友達も多く、サッカー部ではエースで仲間に囲まれていた。
そして、好きな女性もいた。
だが、俺は見てはいけないものを見てしまった。
極悪で非道な、残酷で狂気な、この世界の裏側……
それからというもの、俺は人間不信に陥った。
友達とは縁を切り、部活動も辞めて、家族とも話さなくなった。
常に一人で過ごし、誰とも話すことはなくなった。
両親から星人学園へ進学するように言われ、俺は頑なに拒否した。
星人学園では使用人とペアになり主従関係を結んで学園生活を送るシステムがあることは知っていたからな。
だが、両親が使用人ロボを用意するという案を出してきて、俺は興味を抱いた。
学校で一人で過ごすのは時に困る場合があるので、ロボットが共に過ごしてくれたら助かる機会も多そうだなと思った。
そして、俺の家に錦戸ミルという人間にしか見えないロボットがやって来た。
父親の会社が多額の資金を用いて作った人型ロボット。
限りなく人に近い動きを見せ、最新のAIによって会話も違和感無く行うことができた。
何より、錦戸ミルは美しかった。
穢れ一つ無い身体で、醜い心も無く、人間よりも綺麗だった。
俺にとって理想の存在だったんだ――
「柳場様」
ミルたそに話しかけられ、我に返る。
少し考え事をしてしまった。
「どうした?」
「放課後になりました。ご帰宅なさいますか?」
「いや、今日はもう少し一緒にいたい」
「わかりました。飲み物を用意いたしますので、中庭のベンチで待っていてください」
ミルたそは家に帰れば、メンテナンスのために離れ離れになってしまう。
高性能なロボットだが、その分細かいケアが必要になっている。
毎日どこかしらに異常が無いかチェックしなければならない。
さらにはまだ完成形ではないミルたそ。
最新技術が追加されては、アップデートされていく。
「食堂のカフェでフラペチーノを買ってきました」
「ありがとうミルたそ」
中庭のベンチで座って待っていると、ミルたそが飲み物を買ってきてくれた。
甘いフラペチーノを飲んで、スマホを取り出してソシャゲを起動する。
「……お友達はお作りにならないのですか?」
「そんなものはいらん」
ミルたそは中庭で楽しそうに話しているグループを見たからか、一人でいる俺を気にかけているみたいだ。
「生徒はお友達を作るのが普通みたいですよ」
「俺は普通に生きるつもりはない」
「ですが……」
俺の状況を心配してくれるのは嬉しいが、それは余計なお世話だ。
俺にはミルたそがいれば、それでいいからな。
「ばぶ」
俺はこの会話の流れを終えるために、赤ちゃん言葉を発した。
「よしよし」
俺の頭を抱いて、よしよしとしてくれるミルたそ。
ミルたそは俺が赤ちゃん言葉を発すると、あやすモードに切り替えるシステムとなっている。
柔らかい胸の中で優しくされるので、全ての悩みやストレスが浄化されていく。
「ばぶばぶ」
「ふふっ、柳場様は困ったらすぐ赤ちゃんになってしまうのですね」
嬉しそうになでなでしてくれるミルたそ。
とてつもない母性であり、より俺は赤ちゃんになってしまう。
「ママぁー!!」
堪え切れずこぼれた俺の叫びが、中庭にこだました――
▲草壁香月▲
「姫、今日はもうお帰りになりますか?」
放課後になり、私は赤坂様に予定を聞いてみた。
「ゲーセン行こうぜ」
「わかりました。お供します」
ゲームセンターなんて人生で二度目だな……
そもそも私はテレビゲームというものをやったことがない。
自由にテレビも使えなかったし、スマホだって高校生になるまでは持たせてもらえなかった。
今はスマホがあるからスマホでゲームはできるかもしれないが、そんなことをしている時間があるなら鍛錬したい。
ゲームセンターへ着くと、赤坂様は目を輝かせる。
やはり美術鑑賞や音楽鑑賞という上品な遊びというより、庶民的な遊びの方を好む傾向にあるみたいだ。
私はあまり芸術的センスがないので赤坂様の傾向には助けられているのだが、周りの生徒とは合わないので孤立してしまう。
友達が欲しい赤坂様をこのままにしていていいのだろうか……
「これこれ、これを香月にやってほしかったんだよ」
赤坂様が指さしたのは、サンドバッグのようなものが置かれているゲームだった。
「パンチ力が測れるゲームなんだよ。記録も残るから香月なら最強パワーで学園一を取れるって」
「ほぅ、それは興味深いですね」
ただパンチするだけなら私にもできる。
それに、赤坂様に私の実力を讃えてもらうチャンスでもある。
「最初は試しにあたしがやる!」
「わかりました。姫の雄姿を見守らせていただきます」
赤坂様はグローブをはめて肩を回す。
他のお嬢様に比べると力はありそうだが、果たして……
「どりゃー!!」
赤坂様がサンドバッグを殴る。
良い音が響いて、ゲーム画面には129という数字が表示された。
「むぅ~130以上は行きたかったな」
普通に良いパンチだったな。
赤坂様で129なら女性の平均は100辺りだろう。
この学園にいる主人では80も行かない程度ではないだろうか。
しかし、それは主人での話だ。
この学園には手練れの使用人がごろごろといる。
そんな使用人の平均は180に近い数字となることだろう。
なら私は、その倍近い値である300は記録したいところだ。
その数値なら、学園一も夢ではないはず。
「香月、頼んだぞ」
「はい、お任せください」
呼吸を整え、集中力を高める。
ゲームとはいえ、生半可な気持ちで挑めば醜態を晒すことになる。
「はぁぁぁぁあ」
気を高め、拳にエネルギーを集中させる。
この一撃に全てを込める。
「凄い! 気合が入り過ぎてオーラみたいなのが見えそう」
「せやぁあああ!!」
私は拳をサンドバッグに叩き込み、己の全て打ち込んだ。
そして303という数字を画面が表示している。
狙っていた300という大台を突破することができた。
「すげぇええ! 流石は香月だ!」
赤坂様は私を見て目を輝かせている。
私の強さを再認識してもらえたはずだ。
「ふっ、それほどでも」
「これなら学園一位も夢じゃないって」
赤坂様と一緒にゲーム画面に表示されるランキングをチェックする。
だが、私の記録は九位となっていた……
「なんだ九位か」
ガッカリとした表情を見せる赤坂様。
くそっ、期待に応えることができなかった。
「……すみません」
ランキングを見ると一位には407という数字が表示されている。
400超えなんて、それはもう人間の域じゃないだろ……
名前の欄には学長と表示されていた。
流石は星人学園の学長を務める最強の使用人だな。
私もまだまだだな。
ちゃんと修行をしないと、マイスターなんてほど遠そうだ。
「次は格ゲーやろうぜ」
格闘ゲーム。
それはキャラクターをコマンド操作で動かし、戦わせるゲーム。
正直、私にはそれの何が面白いんだろうと疑問に思う。
リアルで戦った方が緊張感はあるし、自身の経験値となる。
赤坂様はマッチョな男キャラを操作して、相手と戦っている。
回転しながら蹴りを放っており、無駄な動きが多い技だなと思う。
「おらおら!」
マッチョはジャンプした後にジャンプをしている。
これが噂の二段ジャンプか……人間には不可能な動きだ。
やはりゲームだ、リアルを追い求めるより爽快感を重視しているのだろう。
「んあー負けた!」
「ドンマイです」
赤坂様は三回戦目でパンダみたいなキャラに負けてしまった。
「香月なら勝てるだろ? コンティニューするから仇を取ってくれ」
「えっ、私はゲームは……」
格ゲーなんてやったことがない。
私がやっても負けるに決まっている。
「仇を取ってくれないのか?」
「任せてください」
くそっ、断り切れずに引き受けてしまった。
赤坂様の麗しい目で見つめられてしまったら、断ることはできない。
「おらおらおら!」
とりあえずボタンを入力しまくる。
適当にやれば勝てる可能性はある。何もしなければ勝てはしない。
「いっけぇええ!!」
指を高速で動かしボタンを連打しまくる。
きっと一秒に十六連射はしている。これだけ打ち込めば、相手はボコボコだ。
「終焉の地、デーモンコア!」
「なに!?」
パンダのカットインが入り、画面に黒くて禍々しい球体が現れ、全てを飲み込んだ。
そして、You Loseという敗北の文字が表示され、私の負けが確定した。
危うくストレスで台パンしかけた。
「香月って弱いんだな……」
赤坂様はガッカリした表情で私を見ている。
また私は期待に応えられなかった。
ダメダメな使用人だよ私は。
「リアルだったらあんなパンダには負けないんですが」
「言い訳は聞きたくない」
「……修行して出直してきます」
使用人は力だけが全てではない。お母様をそう忠告していた。
確かに、力だけでは主人の信用を得ることはできないな。
臨機応変に対応できる器用さも求められる。
力だけはなく、あらゆる事柄で強くならないと……
「まだ私は成長途中なので、どうか見限らないでください」
「もっと強くなれるのか?」
「はい、すぐに最強の姿をお見せすることを約束いたします」
「そうこなくっちゃな。最初から最強のやつなんていねーし」
どうにか汚名返上の機会は与えてもらえそうだ。
もう迷いはない。
貪欲に強さを求めるのみ――
■片平凛菜■
「これにて今日の連絡は終わりです。気をつけてお帰りください」
先生がホームルームの終わりを知らせ、放課後が始まる。
今日も特に変わったことはなく、平穏な一日だった。
私が通う中等部は高等部とは異なり殺伐とはしていない。
主従関係というよりかは、友達として付き添っている感覚だ。
少しぬるいなと思ってガッカリもしてしまったんですけど、私の主人はお熱い方なのです。
「凛菜さん。ゲーセンでも行きましょうか」
「はい。お供します」
私の主人は赤坂蒼姫さん。
日本一の暴力団とも言われている赤坂組、組長の娘。
見た目は綺麗で可愛い女の子ですが、その中身は……鬼となっております。
「あ、あの私達は……」
怯えながら蒼姫さんに問いかけているクラスメイトのニコちゃんと、その使用人のユーリちゃん。
「もちろん、同伴してもらいますよ。だって……私達はお友達じゃないですか」
「は、はい」
表向きは仲良し四人組。
だけどその裏は、ただの蒼姫さんの下僕。
入学初日に蒼姫さんの素性も知らずに偉そうにからかってきたニコちゃんは、蒼姫さんの逆鱗に触れてしまい怒らせてしまった。
結果、痛い目を見てしまい今では脅され蒼姫さんの下僕となっている。
ゲームセンターへ辿り着き、蒼姫さんは面白そうなゲームを探している。
しかし、その冷徹な目はゲームとは別の目的を思案しているように見える。
「面白そうなのがありましたよ」
蒼姫さんが見つけたゲームは黒いカーテンに包まれたホラーシューティングゲーム。箱型となっており、周りからは中の様子が見えなくなっている。
これは……別の意味でホラーなことが起きそうですね。
「や、やだっ」
「何をそんなに怯えているのですかニコちゃん? みんなで一緒ならきっと怖くないですよ」
怯えるニコちゃんの背中を押す蒼姫さん。
その目はニタっと笑っており、私も少し寒気がしてしまった。
「ん~ちょっと椅子が固いですね」
ゲーム内に設置されていた椅子に不安を持った蒼姫さん。
「そうだ。ニコちゃん、私の椅子になってもらえますか?」
「……え?」
「そうすれば快適にゲームを楽しめそうです」
笑顔で容赦ないことを告げる蒼姫さん。
表向きは優しいお嬢ですが、裏側は鬼畜なお嬢様なのです。
「い、いやっ……やめて」
「やめていいのですか? やめちゃうと、あなたが金持ちでいられる会社も潰れちゃって、家族も親戚もお友達もみんな不幸になってしまいますよ?」
「ひぃ」
蒼姫さんに脅され、ゲームの椅子に横になってクッションと化すニコちゃん。
その上を蒼姫さんは容赦なく座った。
「あら、快適」
そう言って嬉しそうにしている蒼姫さんの目は恍惚と満ちている。
この人、まじで中学一年生ですか!?
「ユーリさんもほら、早く凛菜さんのお椅子になってください」
「かしこまりましたっ!」
ユーリさんはニコちゃんとは異なり、そこまで怯えてはいない。
ちょっとMっ気のある性格のようで、この状況が悪くはないみたいだ。
「失礼しますね」
蒼姫さんに逆らうと怒られてしまうので、ユーリさんを椅子にして座る。
人を踏んづけている感覚があり、ユーリさんからも苦しそうな息が漏れている。
この感覚は……少し気持ち良いものがあるかもしれません。
「じゃあゲームをスタートしましょうか」
蒼姫さんはお金を入れるとゲームが始まった。
ゾンビが次々と出てきて、それを撃ち殺していくというシンプルなゲーム。
「ふふっ、ゾンビは嫌ですが殺戮は好きなんです」
そう言って次々とゾンビを撃ち殺していく蒼姫さん。
殺戮が好きって人、初めて聞きました。
「凛菜さんはどうですか?」
「……スリルなのは好きですね」
「あら、気が合いますね。私も普段は味わえない感覚を得たいと、非日常なことを追い求めるタイプですよ」
そう言いながら無表情で次々とゾンビを撃ち殺していく蒼姫さん。
退屈なのは私も嫌なので、確かに蒼姫さんとは気が合うのかもしれない。
「やっぱり、ゾンビよりも人を殺す方が楽しいですね」
そう言いながら椅子になっているニコちゃんを見る蒼姫さん。
その冷徹な表情は心に鬼でも宿しているんですかと問いたくなるほどだ。
「ひぃぃ」
「そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。ニコちゃんのことは長くたっぷーりと可愛がってあげますから」
蒼姫さんの言葉を聞いて、絶望した表情を見せるニコちゃん。
そんなニコちゃんを見て、蒼姫さんは嬉しそうに微笑んだ。
「凛菜さんも、私と一緒に夢と欲望の彼方に向かいましょう」
「いえいえ、私は蒼姫さんのサポートをするまでですよ。一緒というよりかは、一歩引いて支えることができたらなと」
「……あなたの左手はそうは言ってないみたいですけど」
左手でユーリさんを弄んでいたことに気づいていた蒼姫さん。
「あら、見えていましたか」
「ええ。あなたとならこの退屈な学園も楽しく過ごすことができそうです」
確かに、この平穏な中等部では私が求める刺激は手に入らない。
でも、蒼姫さんと一緒なら、少しは満足できるのかもしれない。
そう考えると、血が疼いてきてしまう。
ごめんなさい、お兄様。
私、悪い子になってしまいそうです――
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