第十話 戦友


 一勝一敗となっている三神様とシャルティの三本勝負。

 まさかの敗戦を期してしまったため、次の試合は絶対に負けられない戦いとなってしまった。


「あっ、これパピーといつも一緒に見てたテレビのやつだっ」


 シャルティが目を輝かせて見ているアトラクションは、船のような乗り物に乗り課題をクリアしながら先に進むゲームだ。

 巨大なモニターとリンクしていて臨場感のあるアトラクションだったと記憶している。


 しかし、これは対人ゲームではなくチームで協力して乗り越えるゲームだ。

 これでは勝負ができない。


「なら、次はこれにしましょうか。対戦ものでなくても、どちらが優秀かははっきりするでしょうし」


 ボルダリングの時に気を遣われたからか、三神様からこのゲームを推奨した。

 思いやりの気持ちがあるのなら、友達ができるのも意外とあっという間かもしれないな。


 船の甲板に四人で乗り込み、ゲームを始めることに。

 これはワンプレイ五千円もする。


『全ての課題をクリアすると豪華賞品ゲット!』


 モニターが表示され、ナレーションがこのゲームには景品があると説明してくれる。


『失敗が許されるのは一度まで! ゲームオーバーになると服を溶かすスライムが上空から降ってくるよ!』


 罰ゲームえぐいな……

 てか服溶かすスライムって実在すんの!?


『ゲームスタート!』


 問答無用でゲームは始まってしまう。

 これはクリアできないと大惨事だな。


『画面のポーズに合わせて!』


 様々なポーズのイラストがルーレット上で回転し、ランダムに選ばれる。

 表示されたのはY字バランスのポーズであり、身体が柔らかい人がいないと達成できないものだ。


「三神様は身体柔らかいですか?」


「こんな感じかしら」


 三神様は足元に手を伸ばすが、膝下辺りまでしか伸びない。


「これはドクターストップです」


「なんでよっ」


 あまりにも身体が硬すぎたので成功の見込みがない。


「ふっ、余裕ね」


 シャルティは足を高く上げて持ち始める。

 Y字どころかI字になるまで足を上げられるとは、とんでもなく身体が柔らかいみたいだ。


「す、凄い……」


 シャルティを見て素直に感心している三神様。

 俺もシャルティの身体の柔らかさにれてしまう。


「これぐらいちょちょいのちょいよ」


「今日はパンツ解放記念日なのかしら?」


「あっ」


 シャルティは足を上げていたためパンツが丸見えになってしまっていた。

 もはや露出狂の域だな。


「なんやかんやで仲ええな二人」


 会話をしている二人をのんな様子で見ている舞亜。

 なんやかんやではなく、俺が二人が仲良くなるようにこの場を設けているのだが。


「気楽にいられるのも今の内だけだ。もし課題をクリアできずに罰ゲームになったら、俺は舞亜を振り回して上空より落ちてくるスライムから二人を防衛するつもりだ」


「涼しい顔して鬼みたいなこと言うやん。ウチがドMじゃなかったら泣いてるで」


 冗談で言ったつもりだが承諾している舞亜。

 その許容範囲の広さは見習うものがあるな。


『叫んで百デシベルを記録して!』


 次の課題は叫んで一定以上のデシベルに達しろというものだった。


「舞亜、出番だぞ」


「おもちもち任せとき」


 親指を立てた舞亜が大きく息を吸ってモニターに向かって叫び始めた。


「エクスプロージョン!」


「爆裂魔法!?」


 ふざけた舞亜の叫びだったが百五デシベルを記録したので、課題はクリアできた。


『この的にボールを命中させて!』


 次の課題は技術が必要なものだ。

 テニスボールが一つ転がってきたので、このボールを的に当てれば成功みたいだ。


「ここは私が投げるわ」


 今まで活躍できていなかった三神様がボールを持つ。

 これはドクターストップをかけて中止させないと。


「それっ」


 しかし、三神様は可愛かわいい声をあげながら速攻で投げてしまう。

 しかもボールは的に当たるどころかはるか手前に落ちて、地獄のような空気が生まれてしまう。


「な、何してるのよっ」


 シャルティは三神様の肩を揺さぶる。

 終了のお知らせというやつだな。


「面目ないわ」


「……まぁ、誰しも苦手なものはあるわ。切り替えましょう」


 落ち込む三神様を励ましているシャルティ。

 三神様の弱点を見つけたからか、少しうれしそうだ。


「そうね、別の問題でこの失態は取り返すわ」


 シャルティに励まされ、再び前を向いた三神様。

 二人は互いに無いものを持っているように見えるので、これから良いコンビになりそうな気もしてくる。


『翻車魚この漢字なんて読む?』


 漢字の読みのクイズだが、みんな目をらしている。

 わからないとも言わないが、わかるとも言わない。


 ここは俺が答えるべきなのか……三

 神様に日の目を浴びさせたいが、自ら答える気は無いみたいだ。


「答えはマンボウですよね?」


 俺は周囲に確認しながら、文字をパネルに入力した。


『正解!』


 正解の文字が表示されてあんする。

 記憶にはあったが、絶対的な自信はなかった。


「やるじゃない。シャルティも知ってたけど」


「私も知ってたけど、片平君に一問ぐらい正解させてあげたかったから譲ったわ」


 主人二人に両肩をたたかれる。

 絶対わかってなかっただろこの人達……


『最終問題、星人学園の前理事長はどっち?』


「そんなもん知らないわよっ!」


 モニターには二人の男性の画像が表示される。

 それを見てシャルティは知るわけないでしょと抗議をしている。俺も同意見だ。


「左ね。人の顔を覚えるのは主人にとって必要な能力よ」


 唯一正解を知っていた三神様。

 そういえば入学式の時も理事長や学長のことを説明してくれていたな。


『正解! ゲームクリア!』


 三神様が左のボタンを押すと、ファンファーレが流れて無数の銀紙が舞い落ちた。


「やったわよ、三神黒露!」


「ええ、私達の勝利ね!」


 二人は興奮した様子で抱き合っている。

 勝敗など忘れて、ゲームをクリアしたという達成感に満たされているのだろう。


 ゲームをクリアするという共通の目的を達成し、二人の心は一つになっていた。


 子供はゲームやスポーツを通じて仲良くなるものだ。

 そういうことを経験してこなかった上流階級の二人には、今日のこの時間が新鮮に感じて楽しい時間になったことだろう。


 けんするということは、競い合う相手がいるということにもつながる。

 ライバルという存在は勝負を終えたら仲間になるのだ。


「三神黒露の実力は理解したわ。まぁ、次は負けないけど」


「シャルティこそ、私に無いものを持っているみたいね。私も負ける気はないけどね」


 楽しそうに会話している二人。

 その姿は既に友達という言葉に相応ふさわしいものになっていた。

 このまま二人の仲を繫いでいけば、いつか二人は友達から親友に、そして親友から百合ゆりカップルへと昇華していくことだろう。


「あっ、もうこんな時間じゃない! 早く帰らないとパピーに怒られちゃう」


 まだ二人の勝敗ははっきりしていないが、シャルティは門限間近になってしまったみたいだ。


「申し訳ないけど、勝負はお預けね」


「ええ、いつでも受けて立つわ」


 決着はつかなかったが、むしろそれが良い方向へ進んだかもしれない。

 これで再び二人が遊ぶ理由も簡単に作れるわけだし。


「正門まで送るでシャルティ様」


「ええ、頼むわ舞亜」


 時間を気にして慌て始めるシャルティ。

 俺と三神様も、そのシャルティの背中を見送る。


「じゃあ、またね黒露」


「ええ、また明日」


 シャルティに挨拶され、顔を赤くしてまた明日と返した三神様。

 尊い瞬間だったな。


「……俺達も帰りましょうか」


「そうね。正門まで案内を頼むわ」


 三神様を駐車場のある正門ゲートに案内していると、三神様に服の袖をつかまれた。


「今日はありがとう。片平君のおかげでシャルティと自然に友達になれたわ。あなたの働きぶりは称賛に値する」


「ありがたきお言葉です。ですが、友達になれたのは三神様の心優しい性格が大きかったと僕は思っています」


 三神様から素直に褒められて嬉しくなる。

 普段は厳しい人だが、成果をあげた時はしっかりと褒めてくれる。


 あめむちのバランスが巧妙で、こちらとしても、もっと三神様に尽くしたいと強く思ってしまう。

 本当に魅力的な主人だな三神様は。


「褒美として、私のことを名前で呼ぶことを許可するわ」


「えっ、それって失礼にならないですか?」


 三神様の意外な発言に、俺は戸惑ってしまう。


「私は自分の名前が大好きなの。黒露って変な響きで変わってる名前なんだけど、私は凄く気に入っている。だから……できれば名前で呼んでほしいのだけど」


 確かに黒露なんて名前は初めて聞いたな。

 変わった名前ですねと言えば、怒られる気すらする名前だった。


 だが、本人の気持ちはまったく別物であり、むしろ周りから名前で呼ばれたいという気持ちが強いようだ。


「それに、この私を名前で呼ぶような関係になれたのだと周りが知れば、あなたの使用人としての評価はおのずと上がってくると思うわ。そう思えば悪くないでしょ?」


「そうですね。では、僕のことも名前で呼んでください黒露様」


「──ええ、そうするわ遊鷹」


 少し間を空けてから答えた黒露様。

 少しずつだが、信頼を得てきているようだ。


 信頼は地道にコツコツと積み上げていくしかないが、失うのは怖いくらいに一瞬だ。

 大きなミスをして信頼を失わないように、改めて気を引き締めなければ。


「これからも頑張ります」


「良い向上心ね、期待しておくわ。それと先ほどの景品なんだけど、遊鷹にプレゼントするわ。スタッフが正門の外に置いておくって言っていたから」


「ありがとうございます」


 優しく微笑ほほえんだ黒露様に一礼して見送り、俺は浮ついた足で正門から出た。


「セグウェイ!?」


 正門に置かれていた黒い乗り物。

 どうやらゲームクリアの景品は二輪の乗り物であるセグウェイだったようだ。


「こんな大きなもの貰ってもな……俺には荷物にしかならないぞ」


 できればスルーしたかったが、三神様から頂いた景品を受け取らないわけにはいかない。


 もうセグウェイは生産中止してしまったたみたいなので、意外と貴重かもな……

 とりあえず乗って帰って家で放置しておくか。



     ▲



「ただいまー」


「セグウェイ!?」


 セグウェイに乗って家に着いた俺に驚く凛菜。

 セグウェイから降りると同時に抱き着いてきた。成長すればスキンシップも減ると思っていたが、逆に増えてきているな。


「今日の夕飯は何ですか?」


「そば」


「え~ラーメンとピザがいいです」


「その二つを同時に食べたいと思うやつは凛菜しかいないよ」


 細身だが食欲旺盛な凛菜。

 育ち盛りなので食べさせてあげたいが、自由に使えるお金は少ない。


 あの学園に通っていることもあり、お金があると錯覚してしまうが金欠だ。

 食費も昼にぜいたくできる分、節約しないといけないな。


「それに、凛菜は昼からステーキ食ってたろ? あまり食べ過ぎると太るぞ」


「な、何故なぜそれを……」


「食堂で見た」


「……てへっ」


「てへっじゃないぞ」


 頭をでるとにゃふ~と小動物のような声を出してうずくまる凛菜。


「そうだ、ほ兄ちゃんに大事な相談があるんですけどっ」


「ど、どうした相談って」


 まさか好きな人ができたとかだろうか……

 いや、もうそれを通り越して彼氏ができたとか言わないだろうな。


「ほ兄ちゃんの呼び方を変えたいなと思いまして」


 で、出ました反抗期。

 俺のことを兄貴とか呼び始めちゃうのだろうか……


「遊鷹さんって呼んでもいいですか?」


 ほおを赤らめて問いかけてきた凛菜。

 妹に下の名前で呼ばれたら連れ子感出ちゃうだろ。


「な、何でだ?」


「その方が連れ子感出るかなと思いまして」


「やっぱり連れ子感かよ。てか何で連れ子感出す必要がある?」


「その方がほ兄ちゃんが間違いを犯しやすいかなと思いまして」


「犯さねーよっ」


 ふざけた凛菜の提案を却下すると、がっかりした表情で下を向いた。


「ほ母さんに会いたいなー」


 寂しそうにつぶやいた凛菜。

 そう、俺は両親を助け、家族を元の形に戻すために頑張らなければならないのだ。


 そのためにも、使用人としてトップの評価を得て、大きな年棒で雇われなければならない。

 まだ俺は何も成していないのだ。


「安心しろ、俺が家族を元の形に戻してみせる」


「うん。私も頑張ります」


 凛菜は俺の手を握って、前を向いた。


 凛菜の寂しさが全て俺に向けられてしまっているこの状況はよろしくない。

 依存度が日に日に高くなっており、スキンシップも度を超えてきている。


 凛菜が間違った道に進まないためにも、早く家族の形を元に戻さなければ──

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