第九話 シマパンの奇跡


「到着です」


 学食の隣に位置していたゲームセンターに辿たどり着いた。


 巨大な空間には様々なアトラクション設備が置かれており、想像以上に大規模なものとなっていた。

 中等部とも共用で、中学生の姿も多い。


 だが、一つの誤算が生じた。

 俺の知っているゲームセンターと何か違う……


 ゲームセンターといえば、アーケードゲームやプリクラはもちろんUFOキャッチャーやメダルゲームが並ぶ施設という認識がある。


 だが、このゲームセンターにはみのあるゲームはプリクラしかない。

 右手にはカジノのようなルーレット台やポーカー台が置かれている。しかもディーラーまでいる。


 左手にはアトラクション設備が見える。

 バラエティー番組のアトラクションのような大規模なものだ。


 どうやら、お金持ちのゲームに対する感覚が庶民の俺とは異なるみたいだな。

 太鼓の達人じゃなくてヴァイオリンの達人とか置かれているし……


「意外と大規模ですね」


「主人やその親からの多額の投資があるのよ。他にも星人学園にはプラネタリウムとかカラオケとかボーリング場とか色んな施設があるしね」


 三神様はこのゲームセンターを見て特に驚いてはいない。

 まぁ確かに三神様がUFOキャッチャーでぬいぐるみを取る庶民的な姿は想像できないな。


 生徒も生徒で優雅に遊んでいるようだ。

 人気のゲームは年齢関係無く譲り合っていて、高三のお姉さんが中一の男の子にゲームを教えている羨ましい光景もある。変わってくれそこ。


 警備スタッフも巡回していてけんそうは無い。

 ここなら女の子一人でも安心して遊べる。


「それで、何で勝負すんのよ」


 闘志を燃やしているシャルティは今か今かと言わんばかりに、好戦的な様子である。

 定番のクイズゲームなら三神様に確実に勝利をさせられると思ったが、定番のゲームはここには存在しない。


 周囲を見渡すと、五人で一文字ずつ答えるクイズゲームが目に入る。

 定番のクイズゲームは無くても、アトラクション風なクイズゲームならあるみたいだ。


「ゲーセンにランニングマシーンあるやん」


 舞亜がランニングマシーンをのぞいている。

 どうやらゲームと連動しているようだ。


 備えられている説明書を見るとクイズゲームのようで、問題を間違えるとランニングマシーンのスピードが上がる仕組みになっている。


 俺が子供の時にバラエティー番組で見たことがあるゲームと近いシステムのようだな。

 これなら三神様も無難に勝てるはずだ。


「これにしましょう。主人がクイズに答え、使用人がランニングマシーンを走るゲームです。クイズを間違えるとランニングマシーンのスピードが上がり、走れなくなったチームが負けというルールです」


 舞亜のスタミナがどれだけあるかは知らないが、三神様の知識ならスピードが上がることはめつにないだろう。

 勝利は確実となっている。


「上等よ。シャルティの脳みそは大英図書館と呼ばれているの……答えられないクイズなんてないわ」


「知識なら自信があるわね。そこの金髪女に負ける気はしないわ」


 二人の承諾を得たのでゲームを始めることに。

 まさかのワンプレイが千円もしたが、三神様もシャルティもちゆうちよせずに電子マネーで支払いを済ませた。


 ランニングマシーンはゆっくり歩けるスピードで動き出す。

 なんだかんだ俺も楽しめちゃうなこれは。


『第一問、ロサンゼルスが位置するのはアメリカの東海岸である。○か×か』


 画面に○×クイズが出題されている。

 ロサンゼルスはハリウッドで有名なアメリカ西海岸の都市だ、どちらも間違えないはずだ。


『赤チーム不正解!』


 シャルティが間違えたのか、舞亜のランニングマシーンのスピードが上昇した。

 どうやら俺が青チームで舞亜が赤チームみたいだ。


「何で間違えてんねん!?」


 舞亜が嘆くのも理解できる。

 シャルティはアメリカ人とのハーフであり、ハリウッドスターを名乗っているのに間違えているとは面白いを越えて心配が勝ってしまうレベルだ。


『第二問、カナリア諸島は地中海に浮かぶ島である。○か×か』


 一気に問題難しくなったな……

 難易度の振れ幅が尋常じゃないぞ。


『赤チーム不正解!』


 再びシャルティは間違えてしまい、舞亜は忍者走りで走り出す。

 三神様は二問連続正解していて涼しい顔を見せている。


流石さすがです三神様」


「当然よ。これは良い引っかけ問題だわ。カナリア諸島はスペイン領だから地中海の島だと判断しても不思議ではない。でも、カナリア諸島は位置的にはモロッコが近く、地中海ではなく大西洋に浮かんでいる。中途半端な知識では間違えるけど、私の前では通用しないわ」


 悠長に解説する三神様を悔しそうににらむシャルティ。

 とりあえずシャルティは大英図書館に謝った方がいい。


『第三問、ビートニックは三人組のロックバンドである。○か×か』


 芸能問題が出題された。

 しかも昔のゲームだからか、問題が渋くて俺も聞いたことのないバンドなのだが……


『両チームとも不正解!』


 あの三神様も芸能問題は専門外だったようだ。

 ランニングマシーンのスピードが上がり小走りになってしまったが、特に問題は無い。


 その後も第四問と第五問と問題が続いたが、三神様は正解しシャルティは両方とも間違えてしまった。


「はぁはぁ……」


 舞亜のランニングマシーンはスピードが上昇し、全力疾走をして何とかとどまっている。

 こちらの勝利も時間の問題だな。


「何で○×クイズなのに一問も当たらんねん! 逆にすごいって!」


 舞亜の嘆きも理解できる。

 二択問題なのでまぐれで当たっても不思議ではないが、しっかりと間違えているのが残念過ぎる。


『第六問、アジアは国の名前である』


 サービス問題が出題された。

 この問題では流石にシャルティも間違えないはず。


『赤チーム不正解!』


「えっ、アジアって国の名前じゃないの?」


「んなアホな……」


 舞亜はシャルティの仰天発言を聞いて心が折れたのか、走れずに倒れた。


「ふっ、私の勝利ね」


 三神様が勝利宣言をする。

 どうやら無事に勝利できたみたいだ。


 シャルティはへとへとになった舞亜へ、申し訳なさそうに手を差し伸べている。


ひどい有様ねシャルティさん。その程度の力で私に挑もうとしたのかしら?」


「うるさいわねっ! 今のはただのウォーミングアップ、これからが本番よ」


 二人は依然対立しながらも、次の戦いの場を決めようと周囲のゲームを散策している。

 距離感も少しずつだが近づいているみたいだ。


「あらっ、これ見たことあるわね」


 三神様が興味を示したのはボルダリングのアトラクションだ。

 これは知識ではなく体力が試されるゲームなので避けてもらいところだな。


「三神様、これは危険なゲームなのでめときましょう」


「そ、そうなの……」


 とんでもなく残念そうにする三神様。

 その表情を見て、子供から夢中になって遊んでいるおもちゃを取り上げるような罪悪感に襲われた。


「いいじゃない、次はこれで勝負よ」


 そんな三神様に気を遣ってか、ボルダリングのアトラクションを勧めるシャルティ。


 勝ちに行くならこのゲームは避けるべきだが、シャルティの言葉を聞いてうれしそうにしている三神様の表情を再び曇らせるわけにはいかない。

 ここは勝負を受け入れ、敗戦した時のフォローに全力を注ぐべきだな。


「どちらが先に一番上まで行けるかの勝負ね」


 シャルティは身体能力に自信があるのか、ゲームの主導権を握ってくる。


「上等じゃない。スペックの違いってのを見せてあげるわ」


 腕まくりをして気合を入れる三神様。

 勝負以上に楽しんでいるようなので安心した。


「三神様、運動はお得意ですか?」


「ええ。お父様から体力は健康の基礎だと強く言われて育ったもの。休日のランニングは日課になっているわ」


 三神様の言葉を聞いて安心する。

 非力そうには見えたが、体力はあるみたいだ。


「じゃあ、勝負スタートね」


 シャルティの合図と共に三神様は動き始める。

 高さは五メートルほどしかないので、スピード勝負になる。


 しかし、三神様は一つ目の取っ手をつかんでからピクリとも動かない。


「そのまま上に登ってください」


「ええ……」


 返答はしたものの先には進まない三神様。

 シャルティはゆっくりとだが登っている。


「ちょっと一旦着地するから支えてくれるかしら」


 三神様は一旦、着地するみたいだ。

 地上から三十センチほどしか離れていないので支えは必要無いと思うが、命令には従わなければならない。


 三神様の背後に回り、腰辺りを抱きしめて地上に降ろす。

 初めて触れた三神様の身体からだは想像以上にきやしやだった。


 美しい黒髪を間近に見て、触れてみたいという衝動に駆られる。

 シャンプーの香りか知らんが、全てのストレスを消し去ってくれるかのようないやされる匂いがする。


「私としたことが……身体を慣らしてから挑むべきだったわね」


 手を回してストレッチを始める三神様。

 身体を慣らしてどうにかなるレベルではなかったが、ここは温かく見守ろう。


「これ以上、シャルティ様と差を広げるわけには……」


「大丈夫よ、コンディション調整はもう終えたわ」


 コンディション調整を終え、調子の矢印が↑になっている三神様。

 これなら、やってくれそうな気はするが、果たしてどうなることやら……


 再びボルダリングを始めるが、最初の取っ手を摑むだけで先には進めない三神様。


「ちょっとタイムです。一回、俺の腕を全力で握ってください」


 三神様を地上に降ろし、三神様の握力を測ってみることに。

 俺は機械ではないので握力を正確に測れるわけではないが、大体の目安なら出すことはできる。


「えいっ」


 言われた通りに全力で俺の手首を握ってきた三神様。

 安物の洗濯バサミに挟まれたかと思ったが、それが三神様の全力だった。


 握力は十前後といったところか……

 これではボルダリングができないのもうなずける。


 三神様はとんでもないお嬢様なので、重い荷物を持つこともなければ、力を振り絞るなんて機会も滅多にないのだろう。


「三神様、申し訳ないですがドクターストップです」


「何でよっ」


 三神様に無理をさせてお怪我けがをされたら大変なので、ここで強制終了とさせて頂くことに。


「シャルティの勝ちね。やっぱり頂点に相応ふさわしいのは、このシャルティだわ」


 シャルティは宣言通り、頂上まで辿り着いていた。

 シャルティはお嬢様とはいえ、平均的な身体能力があるみたいだな。


 だが、シャルティは制服を着ているため、スカートからパンツが丸見え状態になってしまっている。

 一人の男としてパンツを凝視したいところだが、お嬢様のパンツを見るのは失礼なので目を背ける。


 パンツ水色じゃん……

 いや、目を背けろ俺。


「意外と子供っぽいパンツ穿いているのね」


「なっ」


 三神様の指摘を受け、顔を真っ赤にさせて慌ててスカートを押さえるシャルティ。

 しかし、取っ手から手を放してしまい、シャルティが頂上から落下してくる。


 状況を理解するよりも先に身体が動いていた。

 五メートルほどの高さとはいえ、無防備に落下すれば危険だ。


「きゃっ!」


 落下してきたシャルティをギリギリのところで受け止める。

 お姫様抱っこのような形になるが、実際にシャルティはお姫様のような人だ。


 舞亜も主人を助けるため、落下地点にダイブして自らをクッションに変えようとしていた。

 ふざけたやつだが、主人を絶対に助けなければならないことは理解しているようだ。


「あ、ありがとうございます……」


 何故なぜか敬語で感謝を述べてくるシャルティ。

 間近で見るお顔は半端なく美しいし、高級な香水の香りも漂ってくる。


「シャルティ様が怪我をされてしまったら全世界が悲しみますので、もう少し安全に気を配り自分を大切にしてください」


 シャルティ様は俺の主人ではないとはいえ、俺の目の届く範囲で怪我をされてしまったら使用人としての評価はガタ落ちだ。

 下手すれば停学処分もあり得る。


「ごめんなさい」


 意外にも素直に謝ってきたシャルティ。

 震えた手で俺の腕を力強く抱きしめていた。


「何はともあれ勝負はシャルティの勝ちよ。どうよ、このシャルティの実力は」


 シャルティは切り替えてサッと立ち上がり、得意気な笑みを浮かべて三神様の前でおおにガッツポーズをする。


「見事だったわね。素直にすごいと思ったわ」


「そ、そう……まぁ、楽勝よ」


 シャルティは三神様から素直に褒められ、顔を赤くして嬉しそうにしている。


「これで一勝一敗、次はシャルティが勝って終わりね」


「さっきの勝利は奇跡よ。シマパンの奇跡とでも称すべきね」


「パンツ馬鹿にすんなっ」


 ゲームでの勝負を通じて、確実に二人の仲は近づいてきている。

 次の試合に勝っても負けても、当初の目的は達成されそうだな。

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