幕間 舞台裏


●柿谷賢人●


 三日後にはエレガンステストが行われる。

 初回はお試しのテストとなるみたいだが、それでも大泉様に一番を取って目立ってもらい月末の代表者投票を確実なものにしたい。


 結果を得るには回答を把握しておくのが一番だ。

 使用人との共同テストでもあるので、回答を知っていればその答えに向かって誘導することができる。

 不正を許さない大泉様にも気づかれずに一番を取ることができるのだ。


 回答を事前に知っておくなど、普通の使用人では実行できない。

 だが、私はパーフェクトジーニアスな使用人なので、事前に把握することも可能なはずだ。


 教員側に私の内通者がいるため、他の生徒よりも先に具体的なカリキュラムを把握することができる。

 その方を頼り、テストの問題や回答を事前に把握しておこう。


「もしもし、私です」


『あら柿谷君。何の用かしら?』


 スマホで電話をかけるとすぐに応答してくれる内通者。


「三日後に行われるエレガンステストの回答が知りたいです」


『あらあら、いきなり無理難題を要求してくるわね』


「大きめの要求ですがその分、報酬は用意しますよ」


『ふふっ、何時間のご奉仕をしてもらえるのかしらね……でも、残念ながら教員側の私でも回答を教えることは不可能だわ』


 どうやら主人の成績に大きく影響するエレガンステストはセキュリティも甘くはないみたいだ。

 だが、テストという大掛かりなものになる以上、抜け穴や隙が存在するはずだ。


『エレガンステストは一部の限られた教員で問題を決めるため、問題や答えを入手するのは極めて困難よ。それに問題も一部、答えが出回っていないものや、回答が不透明なものもあるの』


「そうですか……」


『でも、答えを把握するよりも簡単なことがあるわ』


 この内通者は私の師匠でもあった人物。

 実力は確かなもので頭もキレれるし、ずる賢さもある。

 無理ですとは頑なに言わない頼れる存在だ。


『それは、答えを教えてもらうこと。当日には問題となる物を運ぶスタッフやテストの試験官に答えが伝わる』


「なるほど」


『そして、当日に手配されるスタッフなら、教員側の私が把握できる範囲よ』


「助かります」


 やはり教員側に内通者がいるメリットは大きい。

 便利な繋がりは迷わず使った方がいい。

 人脈やコネも実力の内だからな……


『今日中にスタッフの名前と居場所を記したメールを送るわ。報酬はそうね……今度の休日に三時間コース、オプションでAN付きね。いつものホテルで待っているわ』


「お安い御用ですよ」


 要件を終えて電話を切る。


 ……相変わらずの性欲モンスターは今日もお盛んですね。

 だが、単純な人ほど扱いやすいから私も助かる。


 内通者を頼ると面倒なデメリットはあるが、それでも私がこの学園で頂点を取るためには余裕で我慢できるものだ。

 今は師匠から犬の様に扱われているが、いつかは私がこの世界の愚民どもを犬の様に扱う日が来るのだ。

 その日までは我慢の時間だな――



     ▲



 エレガンステストまであと一日。

 今日はスタッフを懐柔する日となっている。


 スタッフを味方にするなんて簡単なことではないが、私にはできるはず。


 星人学園のスタッフは大半が使用人として生徒だった卒業生でもある。

 在学中にあまり芽が出ず、卒業後に誰とも契約できなかった生徒を学園側が雇うことがある。才能ある使用人は教員として採用もされる。


 つまり、元はプロの使用人を目指していたというわけだ。

 そこにスタッフの隙があると私は考える。


「伊藤さんですよね?」


「は、はい」


 学園の外へ出てきたスタッフの伊藤さんに声をかける。

 星人学園の中にはいくつもの監視カメラがあり人の目もあるので、外で話すのが一番安全だ。


「少し、協力してもらいたいことがあるのですが……」


「私にですか?」


「あなたにしかできないことなんです」


 相手に特別な存在だということを意識させると、目の色を変えてくる。


「あなたが明日のエレガンステストのスタッフであることは把握しています。その件で私に協力してほしいのです。もちろん報酬もたっぷりと用意していますよ」


「で、ですが、そんなことがバレたら……」


「安心してください。一部教員からは許可を貰っていますし、この件であなたが危険になることは一切ありません」


 教員から許可を貰っているというでたらめを言って相手を安心させる。

 不安さえ無くせば、人は欲に溺れていく。


「報酬は百万円です。既に前金として五十万円を用意しておりますよ」


 五十万円の札束をちらつかせると、伊藤さんは息を飲んだ。

 百万円なんて伊藤さんの五カ月分の給料だからな。それがほんの少しの事で手に入るチャンスなんだ。


 私は将来的に格式の高い主人の下で働くことになる。

 きっと年収は億を超えることだろう。

 今は師匠から借金をしているが、返済は苦にはならないのだ。


「それに私はプロ使用人の事務所を作る予定です。そこであなたを必ず採用します」


 そんなものは一切作る気など無いが、希望は餌となる。


「プロの使用人になれるんですか?」


「あなたは雑用係のようなスタッフをする器ではありません。プロの使用人として世界を行き渡らなければならない人材です」


「……あなたについていきます。私にできることなら何でも協力します」


 金や餌に釣られて職務を放棄する……

 だからあなたは三下なんですよ。


 指示を伝え、答えを伝える方法を教え込む。


 明日のエレガンステストは簡易的な形式のために、スタッフも少数のようだ。

 本来ならもっと大掛かりでスタッフも一問ずつ入れ替えて行うみたいだ。その本番に介入するのは難しそうだな。


「あなたのこと、信じていいんですよね?」


「もちろんです。私はパーフェクトジーニアスな使用人ですから」


 私は私のことしか信じていない。

 他人のことを信用するなんてお馬鹿さんがすることですよ――



     ▲



 エレガンステストが終わり、大泉様は目的通り一位となった。

 しかし、それは三神様と同率でという形だった。


 これでは意味が無い。

 あの片平遊鷹に、エレガンステストのために準備してきたものを無駄にされてしまった形だ。


 音鳴らしているスマホを見ると、珍しく内通者である師匠の方から電話がかかってきた。


『望み通りの結果は得られなかったみたいね』


「相手の強運にやられましたね」


『片平遊鷹君だっけ? 彼は私の好みのイケメンね。首を切断して顔を家に飾っておきたいレベルだわ』


 例えがイかれている。

 師匠は狂気じみた性格で何を考えているのか分かり辛い。


「あのラッキーボーイのことは口にしないでください、不快です」


『……あなたの弱点はやり方がはっきりしていること』


 急に弱点を指摘してくる師匠。

 早く電話を切ってしまいたい。


『あなたも片平遊鷹君みたいに何をしてくるかわからない存在にならないと、色んな強敵を出し抜けないわよ』


「余計なお世話ですよ、完璧な僕に弱点などありません」


 言葉通り私に弱点などなく長所しか存在しない。


『人は完璧を理想とするが、完璧を求めない』


「何ですかそれは?」


『私の元カレがよく言っていた言葉よ。なんとなく思い出したけど、今になっても意味はわからないや』


「そうですか。僕は急がしいので切りますね」


 隙あらば自分語りする師匠。

 他人の言葉なんてどうでもいい。

 これだから女は……


「お電話終わりましたか?」


 大泉様は私が通話を終えたのを確認して近づいてきた。


「はい。すみません、お待たせしてしまったみたいで」


「いえいえ。今日は柿谷君のおかげで一位を取ることができましたので、そのお礼を改めて言いたくて」


 私は答えを把握し、適当に理由をつけて大泉様を正解に誘導していた。

 大泉様は不正があったことなど微塵も考えていない。


「使用人として当然のことですよ」


「柿谷君は本当に凄いですよ。私の知らないことをたくさん知っています。こんなに頼りになる人と仮契約できて私は幸せ者ですよ」


 大泉様は私をおだてて気持ち良くさせ、三神様の下へ向かわないようにさせるつもりなのだろうか……


「このまま代表者のクラス投票にも勝ちましょうね」


「そうですね。僕に任せてくれれば勝ちは確定なようなものです」


「柿谷君の自信たっぷりな姿は見ていて安心できます」


 残念ながらあなたの言葉など私には響かない。

 大泉様のことは眼中にもないですから。


「安心してください。私はあなたを見捨てたりはしませんよ」


 私の目を見て理解できない発言をする大泉様。


 私の目に不安でも宿っていたというのか?

 いや、それは無い。

 自分には絶対の自信がある。


 きっと適当なことを言っているに違いない。

 大泉様もただの馬鹿なのか、それとも――




■柴崎舞亜■


 エレガンステスト終了してからシャルティ様は酷く落ち込んでいる。


 最初に脱落して最下位となったことが原因だと思われるが、かける言葉は見つからない。


「最下位とか死ぬほど恥ずかしい……もうこの学園で生きていけない」


 想像以上に酷く落ち込んでいたシャルティ様。

 普段のプラス思考は消えてしまっている。


「そう気にせんでもええやないか。ウチなんてテストでゼロ点取ったら笑いにできるやんってなってたで」


「シャルティは人としての話をしているの」


「ウチやって人や!」


 何故か同じ人間として扱われていなかった。

 ウチだってちゃんと戸籍あるで。


「決めた。あたし留学する」


「突然の急展開!?」


 シャルティ様のあまりの唐突な発言に力を入れてツッコんだ。

 相変わらずぶっ飛んでいる人やな~。


「何でや!? 服飾の勉強のためか?」


「世界を知るためよ。見識をもっと広めたいの」


「ならまずは日本を知ろうや」


「うっさいわね、もう決めたの」


 決意が固いシャルティ様。


 ウチの偏見やが海外留学を希望する奴は人の意見を聞かない傾向にある。

 さらには決意が頑なで誰にも止められない。稀にドタキャンする。 


「でもせめて短期留学とかにしいよ? シャルティ様いなくなったら流石に寂しいもん」


「舞亜には悪いけど、三日は会えないと思って」


「短短短短短期留学!? それただのプチ旅行やん!」


 留学と言いつつ三日だけ海外に行くなんて……

 シャルティ様、恐ろしい子。


 多分、三日経てばみんなエレガンステストのことを忘れてシャルティ様の最下位のイメージが薄れると思っているのだろう。


「シャルティはもう決心したの。止めないでよね」


「行ってらっしゃい。お土産よろしく」


「止めてよ!」


「どういうことなん!? 腐れかまってちゃんやないか!」


 三日だけなんて止める理由無いやん。

 空港まで走って行かないでなんて言わないぞウチは。


「もういい、パリに行ってくるから」


「気をつけてな」


 世界を股にかける相須シャルティ様は今日もとどまることを知らない。


 あれ? 股にかけるってなんかエッチやな――

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