第十九話 二人の休日
今日は日曜日。
学園は休みであるが、俺は外出している。
待ち合わせ時間よりも三十分ほど早く集合場所に到着し、
今日は約束のデートの日だ。
もちろん、デートといっても男女で遊ぶだけの行為に過ぎない。
黒露様は
黒露様と付き合うには地位や名誉に資格に財産など様々な問題が絡むことになる。
その一つも有していない俺は、彼女と対等になることすらできないのだ。
仮に黒露様から好意を抱かれ付き合えたとしても、両親が借金を抱えている情報など様々なことを調べられて別れを強制されるに違いない。
まぁ今日の目的はクラス代表選挙の下準備と割り切っていこう。
黒露様のストレスや疲れを発散させつつ、素材を集めれれば満足だ。
「待たせたな」
集合場所である駅前の通りに現れたのは、黒露様ではないスーツ姿の女性だった。
その人物は何度か目にしたことがある。
黒露様を学園まで送り迎えしている執事の人に違いない。
きっと正式に雇われているプロの使用人なのだろう。
三神家に雇われているということは、彼女は一流の執事に違いない。
「
冷徹な警告を浴びせられる。
外で遊ぶのにもこんなSPのような警備が付けられるのは肩身が狭いだろうな。
まぁそれだけ黒露様が価値のある人だということになるが……
「わざわざ忠告ありがとうございます」
だが、そんな忠告は言われなくてもわかっている。
ただの学生だと思っているのか、
「これからもよろしくお願いしますね」
俺はこれからもお世話になるであろう女性に頭を下げて挨拶するが、女性の目に優しさは一ミリも現れない。
「君はあくまで学園内だけの時間を任される使用人だ。これ以上こちらは君に干渉しないが、君もこちら側には一切干渉しないでくれ。だから、そんな挨拶も必要無い」
冷たく言い放ち、この場から去っていく女性。
遠回しに舐めんなクソガキがと言われている気がして少し腹が立つな。
あちら側は俺が到底足を踏み入れられない、高次元なプロの領域ということだろう。
その
「お、お待たせ」
入れ替わりでやってきたのは私服姿の黒露様だった。
学校での制服姿とは異なり、オシャレな藍色のワンピース姿の黒露様。
そこに普段の堅苦しさはなく、その姿に
「お
「あ、ありがとう……」
素直に言葉を受け入れて感謝を告げる黒露様。
何だかどこかこそばゆい。
「普段の制服姿とは異なり、可愛い雰囲気も強く出てますね」
「そ、そう?」
「はい。すれ違う人は皆、非常に魅力的な女性だと思って振り返ってしまうことでしょう」
「ま、まぁ私ほど気品ある人はいないでしょうし、周りの目を引くのは致し方ないわね」
俺達の真横を男性二人組が通りかかったが、特に振り返って黒露様を見ることはなかった。
「ちょっと、あなたが言うほど振り返らないじゃない。お世辞も過剰だと信用を失くすわよ」
「お世辞なんかじゃないですよ。本当にそう思っています。まぁ僕が傍にいるので彼氏持ちかよって思われてしまったんだと思いますよ。僕も彼氏っぽい顔つきがただ佇んでいましたから」
「私の彼氏面なんて百年早いわよ」
「むしろ百年経てば僕なんかと付き合ってくれるんですね?」
どうやら俺が115歳にならないと黒露様とは付き合うことができないみたいだ。
それでもプラスに捉えて少し黒露様を困らせてみる。
「……遊鷹なら七十年くらいあれば、大丈夫かもしれないわね」
まさかの85歳に短縮してもらうことができた。
このペースで行けば、最終的には65歳まで持ち込めそうだ。
「もう一押しください」
「己惚れないで。あなたは私と対等になれるほどの器ではないのだし」
がっついたら、ばっさりと切り捨てられてしまった。
そもそも主人と使用人が付き合うなんてタブーとされていることだからな。
星人学園でも自らが契約している主人や使用人と恋愛することは禁止されており、もし発覚すれば使用人が退学処分となってしまう。
まるでアイドルグループみたいな校則だが、主従関係という親密な関係は時に間違いを生んでしまうことがあるので、絶対に撤廃されない校則となっている。
「どこか行きたい場所はありますか?」
「今日は遊鷹に合わせるわ。私の行きたいような場所は普段から行ってるし、遊鷹が普段休日をどう利用しているのかが知りたいわね」
「なるほど。でも、黒露様にとっては楽しくない場所かもしれませんよ?」
「構わないわ。私は遊鷹のことが知りたいの。普段どのように休日を過ごしているのか、どんなものが好きなのかとかね。それに、あなたはつまらない男ではないでしょ?」
ニヤニヤしながら俺を見てくる黒露様。
どうやら休日でも試されているようだな……
「退屈させないように頑張ります」
「そういうことよ」
黒露様が俺にプランを合わせることは想定していたので何も問題は無い。
ただ、俺は周りから変わっていると言われるほど基本的に変なことをしている。
中学生の時も、周りから優しい変人扱いをされていたからな。
「まずはこの街にある大きい公園を歩きます」
「定番なルートね」
背後を振り向くと、しっかりと護衛の人たちが黒露様を監視している。
絶妙に視界に入り
「スマホで花壇の写真を撮ります」
「確かに、綺麗な花が咲いているわね」
「この写真をSNSに載せて、3イイネを獲得します」
「なるほど、これが庶民の楽しみ方なのね」
全国の庶民に謝って欲しいところだ。
「承認欲求を満たした後は、困っていそうな人に声をかけます」
「ボランティア精神が強いわね」
辺りをキョロキョロとしている道に迷っていそうな外国人に話しかける。
「お困りですか?」
外国人に話しかけたが、知らない言葉で返されてしまう。
英語なら対応できたけどなぁ……
「いや、逆に困ってどうするのよ」
黒露様に助けを求める目を向けると、
結局、黒露様が
「あまり無意味なことをすべきではないわね。知らない人や、もう出会うことはないと思われる人を助けるなんて利益の無い行動だわ」
「利益はきっとありますよ。僕は因果応報をモットーに行動しているんです。良いことをすれば良いことが起こる。そう信じて行動しているんです」
「親が借金抱えて蒸発している分際で、よくもまぁそんなことが言えるわね。良いことなんて起きてないじゃない」
「そこを突かれると痛いですね。でも、その影響でこうして黒露様とデートできているわけですし、結果的には良いことなのかもしれません」
「なっ、そこを突かれると痛いわよ」
互いに言葉で胸をチクチクし合う二人。
まさにデートに
「それでも私は、遊鷹の善行は
「そこまで大それたことじゃないですよ。僕はただ誰かに認められたいから行動しているだけで、善意よりも自己満足の方が強いですし」
「その度を超えた自己満足欲求が、あなたを特異的に成長させているのね」
黒露様は俺を理解できたことが
「次にお小遣いを稼ぐため、公園で芸を披露します」
「せっかくあなたの謎が一つ解けたのに、また謎が深まったわ」
両親が消えてからはこの公園で芸を披露し、小遣い稼ぎを繰り返している。
芸を磨けてお金も稼げるなんて一石二鳥だ。
子供が多い動物園の近くまで向かい、芸を披露する準備を始める。
ハンカチ一枚あれば俺は何でもできるからな。
黒露様は近くのベンチから、温かい
普段は目にしない光景なので、新鮮なのだろう。
「はい、今からマジックしまーす」
俺が大きな声で宣言すると、興味を持った子供たちが集まってくる。
「マジック見せてー」
駆け寄る子供たちの期待に応えるため、早速披露することに。
「今からこのハンカチから鳥さんを出したいと思います」
「どうせ
背伸びした子供が始まる前からクレームを入れてくる。
「残念、キューバヒメエメラルドハチドリでした」
「うぉおスゲー」
「名前ながーい」
緑色の小鳥のぬいぐるみを出すと、子供が嬉しそうにはしゃぐ。
マジックというのは、人の予想を超えなければならない。それは相手が子供であってもだ。
それが手品師としてのポリシーであり、俺のプライドだ。
「本物は隣の動物園にいるので、是非見てってください」
興味を持った子供を隣の動物園へと誘導する。
「もっと何か出してー」
子供にせがまれたので、再びマジックを披露することに。
「はい、ではまたこのハンカチから動物を出したいと思います」
「どうせまた鳥でも出すんだろー」
「残念、キティブタバナコウモリでした」
「鳥かと思ったらコウモリ出しやがった!」
コウモリのぬいぐるみを出すと、子供は度肝を抜かれた様子で驚いている。
「本物はタイ西部に生息しているので、駅前の旅行会社で航空券をお求めくださーい」
興味を持った子供を両親と共に旅行会社へと誘導する。
その後も子供たちの要望に応え、マジックを披露していく。
「大人気じゃない。手先の器用さは立派なものね」
二十分ほどでマジックを切り上げると、黒露様がお疲れといった様子で近づいてくる。
「マジックが嫌いって人はいませんからね」
「そうね。あなたのマジックは私も好きよ」
目の前には今まで一度も拝めたことがなかった、黒露様の屈託のない笑顔が広がっている。
その笑顔は先ほどの子供たちと比べても遜色ない、優しく純粋なものだ。
「でも、小遣い稼ぎという割にはお金をもらってないじゃない」
「子供たちの笑顔というお小遣いをもらっているんです」
「遊鷹……」
俺の名言に心打たれている黒露様。
後でサヴァイヴルに追加しておこう。
「いつも
「ども」
俺は動物園のスタッフからお金の入った封筒を頂く。
「給料もらってるじゃない! さっきの私の感動を返しなさいよ」
「今日は、まるで片平遊鷹のドキュメント番組を見ている気分だわ」
「ドキュメント番組らしく、僕にも質問してくださいよ」
「遊鷹にとって手品とは?」
「モテるための術ですかね」
「そこは人生とか生きがいとか言いなさいよ」
黒露様に
人生とかそんな恥ずかしいことは、まだ少年の身の俺には言えない言葉だ。
その道を究め職人になるには、何十年もの月日が必要だ。
実際、マジシャンの母親から手品を必死に学んでいたのは、クラスメイトから注目されたいとか、女の子からチヤホヤされたいという目的だったからな。
モテるための術というのは間違いないことなんだ。
「さて、次は使用人としてのスキルアップをする場所に向かいますか」
「それは面白そうね。遊鷹の実力の秘密が垣間見えるかもしれないわ」
俺は黒露様をとある喫茶店へと案内することに。
初めて行く店だと気づかれないように立ち振る舞わなければな――
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