第二十話 冥途の土産


 黒露様とのデートも残り二時間しかない。

 一般人とは異なり多くの用事を抱えている立場の黒露様。そんな忙しい身でも、俺のために時間を割いて今日という日を用意してくれている。


 だからこそ黒露様にはのんびりと楽しんでもらいたいのだが、俺にはまだやらなければならないことが残されているのだ。

 少し手荒な真似をするが、結果を得るためには必要なことと割り切ろう。


「着きました」


「……何よこの怪しい喫茶店は」


 看板には社会に疲弊したご主人様をお待ちしておりますと書かれている。

 ここは喫茶店オヴァンプという店で、この街では珍しいメイド喫茶なるものだ。


 普段はこのような店に来ることはないが、今日はとある目的のために黒露様を連れて入ることに。


「ここには使用人の仲間もいますから」


「そ、そうなの」


 黒露様は今まで訪れたことのない空間にちゆうちよしている。

 俺が先を歩くと、その後ろをせわしなくついてきた。


 流石さすがに店の中までは護衛の人たちは入ってこないようだな。

 きっと外で怪しい人が入ってこないか、見張りをしていることだろう。


「おかえりなさいませ、ご主人様っ」


 テンプレートな挨拶と共にメイドが出迎えてくれる。

 何だか気恥ずかしくなる店で、俺もあまりこの場の空気に慣れそうにない。


「予約してた三代目ハンカチ王子です」


「かしこまりました、あちらの席へどうぞ」


 個室の席へと案内されることに。

 あちらこちらから女性特有の甲高い声が聞こえるな。


「使用人仲間って、ただのバイトメイドじゃない」


「執事もメイドも平たく言えば使用人です。俺も彼女たちと一緒ですよ」


「屁理屈ね……まぁいいわ。ここで何の修行をするのよ?」


「先輩達の行動を見て、使用人のノウハウを吸収するのです」


「手段は選びなさいよ……でも、こういう店は一度は来てみたかったのよね。普段の生活じゃ絶対に行かないし」


 メイド喫茶に興味を持ち、あれこれのぞいている黒露様。


「何を頼むの?」


 嬉しそうにメニュー表を見る黒露様。

 俺もメニュー表を手に取るが、飲み物一つが千円近い値段だ。アニメとコラボしたカフェ並みに高い。


「コースを予約してあるので、メニューは決まっています」


「あら、気が利くじゃない」


 黒露様はどんなメニューが来るのか楽しみにしているのか、足をぶらぶらさせて待機している。


「お待たせしました、三神様こちらへどうぞ」


「え?」


 黒露様はメイドに呼ばれて呆気あつけにとられた表情を見せる。


「これからメイド体験コースを実地しますので」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ」


「安心してください。サポートも充実してますから、気軽に体験できます」


 黒露様は俺を睨みながらメイドに連行されていく。

 ふっ、決まったな……


 黒露様には申し訳ないが、やなぎの要求を満たすにはこの強引な手しかなかったのだ。

 だますような手を使ってしまい心が痛いが、黒露様のメイド姿を見てみたい俺もいる。


 五分ほど待機していると、メイド服に着替え終わった黒露様が戻ってきた。


「お、お待たせしましたご主人様」


 額に怒りマークが見えるほど怒っている黒露様。

 だが、しっかりと教えを守っているのか、メイドの口調で話してくれる。


 先日の交流会で派手な服を着ることも好きなように見えたから、コスプレ体験のようなものは嫌いではないかもしれない。

 本気で怒っているのなら、メイド服なんか着ないで俺をクビにすればいいだけだ。


「おう、ごくろう」


「こちら、メイド特製の愛情たっぷりオムライスになります」


 黒露様はテーブルにオムライスを置いて、震えた手でケチャップを垂らしていき、文字を書き始める。


 いびつなハートマークが完成し、一息つく黒露様。

 これも裏で仕込まれてきたみたいだ。


「メイド服も似合いますね黒露様」


「うっさいわね、断れる空気じゃなかったのよ」


「メイドはそんな荒れた口調で話しませんけど」


「申し訳ございませんでしたご主人様」


 顔を真っ赤にさせた黒露様。主従逆転とはこのことか。


「耐えられないなら、スタッフ呼んできますけど」


「大丈夫よ。たまには使用人の気分を味わうのも、自身の見識を広めるために必要なことだと思えるしね。それに、こんな服着れる機会もめつにないもの」


「メイドはそんな口調で話しませんけど」


「従える側になった途端にドSになりすぎですよご主人様」


 黒露様は小言を言いながら俺の隣に座ってくる。

 最初は少し怒ってはいたが、なんだかんだで楽しんでいるようだ。


 飲み物も運ばれてきたので、オムライスを半分に分け黒露様と一緒に食べることに。


「着替えは大変だったわ。メイドさんは遊鷹のこと何故か彼氏だと思っていたし」


「黒露様の彼氏だと思われるなんて光栄ですね」


「そ、そうかしら?」


「はい。黒露様はれいで優雅でそうめいなお方ですから、気分を味わえただけで僕は幸せですよ」


「もぅ……口だけは上手いのよね」


 黒露様は顔を真っ赤にさせて、意味も無く服の裾をいじっている。


「お待たせしました。こちらクレープです」


「あっ」


 運ばれてきたクレープを見てパッと顔を明るくする黒露様。


「どうぞ食べてください黒露様」


「ええ、美味おいしそうだわ」


 大きなクレープを手に持って、小さな口でパクパクと食べ始める。

 その様子は小動物のように愛らしく、見ていていやされるな。


「覚えててくれたのね、私がクレープ好きだって」


「もちろんです。黒露様が好きなものは使用人の僕も好きになりますから」


「そう、なら一口食べてみる?」


「良いんですか?」


「ええ、遊鷹なら別に」


 クレープをこちらに差し出し食べなさいと言う黒露様。

 俺は少し前のめりになって、そのクレープを頂いた。


 デートらしい行為だし、黒露様と間接キスなんて流石に胸の鼓動が高鳴ってしまう。

 クレープってこんなに甘かったっけか……


「甘くて美味しいですね」


「そうそう、クレープはこれぐらい甘くなきゃいけないの。うちのコックに頼んでもビターな高級クレープしか出してくれないし、もっと甘くしてなんてお子様みたいで言えないから困っているのよ」


「そうでしたか。安物だと黒露様のお口に合わないのではと心配していましたが、逆に良かったみたいですね」


「ええ、美味しいものに高いも安いもないもの」


 クレープを幸せそうに食べる黒露様を見て、こちらも幸せな気分になる。


 最初は黒露様のことを違う世界の人間だと思っていたが、特別他の女子高生と何かが違うわけではない。

 それは他の主人の生徒も同じだ。


 育った環境が大きく異なるだけで、同じ人間であることには変わりない。

 黒露様もその内、女子高生らしく誰かに恋をして、使用人の俺が応援するようなことにもなるのだろうか。

 その時は全力を出せる気がしないのが悩ましいところだ。


 主人と距離を詰め過ぎるのも使用人としての仕事に支障が出そうだな。

 一流の使用人というのは、主人と適度な距離を保てる能力も必要なのかもしれない。


「まさか、この私が学生使用人とこうして喫茶店に行くとは予想していなかったわ」


「それは僕も同じですよ」


「退屈しない生活を送りたいとは思っていたけど、こんなことになるとはね……」


 うれしいというよりかは不思議そうに語っている黒露様。


「僕はもっと黒露様が刺激的な日々を送れるよう努力しますよ」


「努力の方向を間違えないようにね。それにこれはギリギリアウトよ、私を警護している執事たちに見られたら遊鷹も怒られるでしょうし」


 改めて自分の格好を見る黒露様。

 そして、再び顔を赤くした。


「そろそろ恥ずかしさが限界だから着替えに行きたいのだけど」


「許さん」


「魔王みたいに拒否しないでよ」


「ちゃんとおねだりできたら承諾しますよ」


「お、お願いしますご主人様」


 上目遣いで見つめてくる黒露様。

 あまりの可愛かわいさに俺は黙ってうなずくことしかできない。


 だが、この瞬間、柳場の要求は果たされる。

 この目に映る映像を柳場に見せれば、度肝を抜くことだろう。


「ふふふ、ふはははは」


「何の高笑いよ! 本当に魔王になってるわよ」


「すみません、すぐにスタッフを手配しますね」


 計画通りに事が進んだため、俺の中のリトル魔王が顔を出してしまった。

 ここでの目的は達成したので、もう黒露様は着替えて問題無い。


 メイド喫茶を出た俺と黒露様。

 次の場所が時間的にラストだ。


 やはり楽しい時間は過ぎるのが早いな……

 色んな目的があるとはいえ、黒露様と一緒にいられるのは楽しいからな。


 黒露様を連れて公園に戻り、テーブルのあるベンチに対面して座る。

 後は黒露様の本音を引き出しておきたい。


「休日ですが、少し学園でのお話を聞いてもいいですか?」


「問題無いわよ」


「シャルティ様やあかさか様とは上手うまく付き合っていけそうですか?」


「ええ。二人とも他の主人と比べて変なところはあるけど、裏表とか上辺感が無くて私は好きなの」


 偉い人たちから見れば、シャルティや赤坂は黒露様が付き合うべきではない人間かもしれない。

 だが、黒露様にとっては心の支えになりえる人物であることも確かだ。

 三人の関係はこれからも温かい目で見ていきたい。


「いよいよ、明後日あさつてにはクラス代表選挙がありますね」


「そうね。もちろん、私の人生に敗北は存在しないわよ」


 百パーセント勝つ気でいる黒露様。

 その表情はクラス代表に相応ふさわしい勇敢なもので、使用人としても誇らしい。


「そこまでしてクラス代表になりたいですか?」


「何よ今更。なりたいとかではなくて、ならなくてはいけないのよ」


「どんなクラスにしたいとかあるんですか?」


「そりゃもちろん、退屈しないクラスよ。青春とも言われる高校生活の大事な時期を退屈に過ごしたくはないじゃない? 私が退屈なのは大嫌いってのもあるけど、できればクラスのみんなにも良い思い出を作って欲しいし」


 邪気の無い素直な言葉に俺は胸を打たれる。

 その言葉がクラスメイトにも届けば、黒露様への印象は大きく変わっていくことだろう。


 その後も黒露様に質問攻めをする。

 デート中ということもあってリラックスしており、普段とは違い表情豊かに質問に答えてくれた。


「あら、もうこんな時間ね。楽しい時間は過ぎるのが早いというのは本当だったのね」


 黒露様は宝石の装飾が施された高級腕時計を見て、慌てて立ち上がる。

 どうやら黒露様も今日という日を楽しく感じてもらえていたみたいで、嬉しい気持ちが込み上がってくる。


「ちょっと早くて申し訳ないけど、夜は会食があるのよ」


「いえ、貴重な時間を僕に割いていただきありがとうございます。今日はどうでした?」


「遊鷹のこと少しだけど知ることができて楽しかったわ。今度はそうね……遊鷹の家にでも行ってみたいわね」


「どぅえ?」


「へ、変な意味じゃなくて、遊鷹がどんな生活をしてるのか気になるのよ」


 慌てて真意を説明する黒露様。

 単純に庶民の家がどうなっているのか知りたいという好奇心みたいだ。


「僕も黒露様と過ごせて楽しかったです。今日はありがとうございました」


「……ここは外なんだから、別に遊鷹は使用人じゃないのよ。様はいらないわ」


 もじもじしている黒露様。

 どうやら外でも様を付けて呼ばれるのが嫌だったみたいだ。


 考えてみれば、主従関係が無ければ俺と黒露様は同い年の差の無い関係だったな……


「じゃあ、また明日、黒露」


「うん。また明日」


 少し浮ついた足取りで去っていった黒露様。

 道路に出ると、スタンバイしていた車の扉が開き黒露様を乗せていった。


 無事に何事もなく黒露様とのデートを終えることができた。

 必要な素材も集まったし、後はクラス代表選挙に備えるだけだ──

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