幕間 それぞれの休日


●片平凛菜●


 今日は主人の蒼姫さんとお出かけ。

 お兄様は主人の生徒とお出かけをすると言って家を出てしまったのですが、蒼姫さんに誘われたので寂しさを考えずにいられそうです。


 表参道というオシャレな場所で待ち合わせており、既に主人のニコちゃんと使用人のユーリさんが来ている。


 集合時刻から三分遅れて蒼姫さんがやって来た。

 普段の制服姿とは異なり、黒いゴスロリちっくな服に踵が鋭いヒールを履いている。


「みなさんお揃いのようで。それでは行きましょうか」


 ご機嫌な様子の蒼姫さん。

 普段は足を震わせているニコちゃんは今日は落ち着いている。

 表参道という場所なだけあり、恐いことはされないだろうと思っているのかもしれない。


「蒼姫さんどこ行くの? 表参道ヒルズとか?」


 蒼姫さんのご機嫌を取ろうと、自ら率先して話すニコちゃん。


「私達が向かうのは、表向きの場所ではありません。まさに裏参道ですかね」


 蒼姫さんの言葉を聞いて顔を真っ青にするニコちゃん。

 ユーリさんはむしろぞくぞくとしているようだ。


 蒼姫さんは大通り沿いに立っていたビルに入る。

 赤坂組と書かれており、蒼姫さんの家が所有しているビルのようだ。


 エレベーターで六階まで上がると、薄暗いフロアが待っていた。

 ビリヤード台やダーツ台にスロットやルーレット台が置かれている。


「ここは簡単に言えば溜まり場ですかね。ドリンクバーとかもありますし、自由にくつろいで良いですよ」


 意外にも楽しそうな場所であり、ニコちゃんは笑顔になって大きなソファーに腰かけた。


「凛菜さん、ダーツは得意ですか?」


「少しはできますよ」


 お父さんが破産せずに家が少し裕福だった時は、家族でよくダーツやビリヤードで遊んでいた。

 マジシャンのお母さんはプロ級に上手かったし、手先の器用なお兄様も上手だった。私は子供だったこともあって、二人にはほとんど勝てなかった。


「では、勝負しませんか?」


「私で良ければお相手しますよ……でも、何か賭けたりしますよね?」


「もちろん。やはりできる使用人である凛菜さんは察しが良いですね」


 蒼姫さんがただ遊ぶということはない。

 何かスリルを求めてくるはず。


「負けた方は一番大切にしているものを勝者に教える……なんてのはどうですか?」


「なるほど」


 一見、罰ではないように思えるが、一番大切にしているものを教えるということは自分の弱点を知られるというか、弱みを握られてしまうことにも繋がる。


「私の大切なものは家族だと言いませんでしたっけ?」


「聞きましたが、あなたにしては珍しく答えに詰まっていたので、本当のことは隠したと推測しました。違いますか?」


「その通りです」


「やはり。では、熱い勝負になりそうですね」


 蒼姫さんは私の隠したものをどうしても知りたいみたいだ。

 簡単に教えるわけにはいきませんが、それぐらいリスクがある方が楽しめそうですね。


「普通のダーツとはいきませんよね?」


「ええ。私の好きな顔面ダーツで戦いましょう」


 その言葉を聞いてソファーに座っていたニコちゃんが震え始める。


「ニコちゃん、ユーリさん。あなた達の顔面を提供してください。拒否するとここから二度と帰れなくなってしまうのでご注意を」


 相変わらずのドSっぷりを見せる蒼姫さん。

 酷く歪んだ表情をしていて、私でも少しぞっとしてしまう。


「そんなに怯えなくて大丈夫ですよ。あなた達に優しいルールとなっておりますから」


 二人は突如入ってきたスタッフに運ばれていってしまう。

 まさに闇のゲームの開幕といったところでしょうか……


「凛菜さん、こちらへ」


 別の部屋に移動すると変わった形のダーツ台が置かれていた。

 的の中央にはニコちゃんとユーリさんの顔が動かないように固定される。

 なるほど……顔面ダーツとはそういうことですか。


「顔面から3cm以内は3点、10cm以内は2点、15cm以内は1点という得点となります。五回投げて合計得点が高い方が勝ちということになります」


「ひ、ひぃええ!!」


 えげつないルールを聞いて悲鳴をあげるニコちゃん。


「安心してくださいニコさん。もし万が一、顔面に当ててしまえば持ち点はゼロ点となってしまいます。顔に当ててしまえば、ほぼ負けということです」


 優しい表情で安心してと伝える蒼姫さん。

 とても中学一年生の女の子がするゲームとは思えない。


「私は愛しのニコちゃんの台。あなたはユーリさんの台。私が先行ということでいいですか?」


「わかりました」


 ニコちゃんとユーリさんと同じで、私にも断るという選択肢は無い。

 この闇のゲームを受け入れるしかない。


 リラックスして平常心で挑まなければ、経験者の蒼姫さんには絶対に勝てない。


「では、いきますよ……それっ」


「いやぁあああ!!」


 可愛い声を出して矢を投げた蒼姫さん。

 反してニコちゃんは絶叫している。


「2点を頂きましたよ」


 10cm以内に見事当てて初手から2点を取る蒼姫さん。

 さらにはわざと目の並びに投げてニコちゃんの恐怖を煽るほどの余裕を見せた。


「私の番ですね……それっ」


「あひぃん!!」


 私が投げるとユーリさんは変な声を出していた。

 ダーツの矢は15cmの枠ギリギリに入っており、なんとか1点を獲得した形だ。


「初心者が初手から枠に入れてくるなんて流石は凛菜さんですね」


「緊張しましたよ。女の子の顔面は決して傷つけてはならない領域ですから」


 ダーツの矢の先端は鋭く、顔面に刺さってしまえば確実に傷がつく。

 容赦もないゲームに流石に少し手が震えていた。


「これは心の削り合いでもあります。メンタルを各位、それぞれメンタルをお保ちください」


 そう言ってダーツの矢を投げた蒼姫さん。

 3cmの枠のギリギリ外側に刺さり、再び2点を獲得している。


「きゃは、今日は調子が良いですね」


 二連続2得点にはしゃいでいる蒼姫さん。

 そういうところは12歳の女の子らしいんですけどね。


 私の二投目は再び1点を獲得する形となった。

 ですが、二回安全に試したので感覚は掴めてきましたね。


「ぴょえええ!!」


「あ~ん、惜しい。またギリギリでしたわ」


 再び枠ギリギリで2点を獲得している蒼姫さん。

 ニコちゃんは恐怖のあまり涙目になってしまっている。


「私は6点となりました。2点の凛菜さんは少し追い込まれましたかね?」


「まだまだ、勝負はこれからですよ」


 私の三投目はユーリさんの首をギリギリ避けて2cm横に突き刺さった。


「あら、お見事です」


 私の結果を見て拍手をしてくれる蒼姫さん。

 まだ1点差があるので余裕が見えている。


「やはりあなた、只者ではないですね」


「いえいえ、ただの貧乏使用人ですよ」


「顔面に決して当ててはならないというプレッシャーの中でそのプレイはお見事としか言いようがありません。私も負けてはいられませんね」


 蒼姫さんの4投目は再び10cm以内に入り、さらに2点を加える。

 四連続2点を取っている蒼姫さんも、只者ではないですね。


「では、さっきのがまぐれか本物なのか見させてもらいましょうか」


 言葉をかけてきてプレッシャーを与えてくる蒼姫さん。

 ですが、集中力には自信があります。


「こんな感じですかね」


「う、嘘でしょ……」


 私の四投目は再びユーリさんの首をギリギリ避けて、2cm横に突き刺さった。

 三投目と同じ感覚で投げたので、まったく同じ位置だった。


 蒼姫さんは驚きの表情を見せている。

 離されていた得点は私の四投目もって同点となった。


「……最高ですね凛菜さんは。こんな規格外のパフォーマンスを見せてくれるなんて、私も少し感動してしまいました」


「お褒めの言葉ありがとうございます」


「最後は少しスリルを加えましょうか」


 余裕がなくなったのか、蒼姫さんは何かゲームにテコ入れを施すつもりだ。


「最後はこの矢を使います。先ほどのものよりも先端が鋭く、針のような矢です。より強く投げなければ刺さりませんし、顔面に当ててしまえば大惨事が待っていますよ」


 よりプレッシャーのかかる矢に変更する蒼姫さん。

 こんな矢をユーリさんに当ててしまえば、大怪我を負わせてしまう。


「恐ろしいですね……蒼姫さんは大丈夫なんですか?」


「ええ。凛菜さんはもの凄い集中力を持ち得ているようですが、私とではくぐってきた修羅場が違います。何の恐れもございません」


 まるで人生を三週もしたかのような、全てを見透かした目を見せている。

 同級生ものとは全く異なる冷たい目……

 強気な言葉ははったりではなさそうです。


「もちろん、何も感じないわけではないですが」


 ダーツの矢を持ち、深呼吸を始める蒼姫さん。

 流石に指が少し震えているように見える。


 勝負の決まるラストの一投のプレッシャーに、危険なダーツの矢を放つスリルが蒼姫さんを襲っている。 


「待って待って! やめてやめて!」


 とんでもない状況に追い込まれたのはニコちゃんやユーリさんもだ。

 お気の毒ですね……


「すぐ投げますから待っててねニコちゃん」


「正気になって! 人の顔にナイフ投げるようなもんだよこれ!」


「……だから、楽しいんじゃないですか」


 蒼姫さんの手の震えが止まり、指は矢をしっかりと抑えている。

 まるでゾーンに入ったかのように、周りが干渉できない集中力を見せている。


 スリルを快感に変えている。

 プレッシャーを覚悟に変えている。


 その蒼姫さんの姿は美しくも恐ろしく、

 頭に突きつけた銃の引き金を引くように矢を放った――


「あはっ」


 矢が今までギリギリで入らなかった3cmの枠内に刺さり、蒼姫さんは満足気な声を出した。


「……素晴らしい」


 私は思わず感嘆とした声を漏らしてしまった。


「ありがとう凛菜さん。あなたに私の凄さを実感していただけてみたいで嬉しいです」


 達成感に包まれた蒼姫さんは、プレッシャーから解放されて笑顔になる。


「……凛菜さんって、人を殺したことがありますか?」


「あるわけないじゃないですか」


 満足気な表情で私に不可解な質問をする蒼姫さん。

 いったい何を考えているのだか……


「私はありますよ」


「えっ」


「赤坂家では十歳になった時に、人を殺す体験をさせる決まりがあるのです。私も例外ではありませんでした」


 裏社会の組織の組長の娘とは聞いていましたが、ここまでとは……

 やはり主人の生徒は一般人とまったく境遇が異なりますね。


「至近距離から銃で頭を撃ちました。その感覚は今でも忘れることはできません」


「とんでもない体験ですね」


 先ほどの状況でも矢を至近距離に狙えることができたのは偶然ではないみたいだ。

 彼女はもう、何も恐れない――


「凛菜さんも興味がありませんか? パパに言えば用意していただけるかもしれませんよ」


「私は遠慮しておきます、たぶん何の理由もなく人を殺めることはできませんので」


「そうですか。まっ、普通の人はそうですよね」


 私が興味を持つのは、あの人のことだけ。

 私が知りたいのは、もっと違う快感。

 それ以外は、何もいらない。


「でも、普通の人では私に勝つことはできませんよ」


 蒼姫さんは私に矢を渡してくる。

 3点を取らなければ、私の負けとなってしまう。


「同点の場合は引き分けですか?」


「最後の一投がより顔に近い方で」


 となると、勝利には顔の横からたった1cm隣に当てなければならない。

 ただでさえ矢を変えられてスリルが加わったのに、そんなほぼ不可能な条件まで加えられてしまうなんて……


 何だか血が疼いているような感覚がしますね。

 楽しいというか、ワクワクするというか、なんでしょうねこれは……


「身体が震えていますよ凛菜さん」


「違う……違うの。全身がなんか疼いてるの」


「えっ……」


 矢を持ち、ユーリさんの顔を見て狙いを定める。

 狙うは首横……あそこが、あそこが一番危険だから。


「凛菜さん、決してユーリさんに当ててはいけませんよ。もしものことがあったら、私でも隠し通せない部分はあります」


「何を怯えているんですか蒼姫さん。もしものことは、もしもの時に考えましょ」


 やってはいけないこととか、してはいけないこととか、そういうものに手を出すと罪悪感とか背徳感に襲われてしまいます。


 でも、私の欲しいものはその先にあるんです。


 だから、罪悪感とか背徳感とかは全部受け入れないとですよ。

 全部受け入れてむしろ私のエネルギーに変えてしまわないと。


 こんなことでびびっていたら、欲しいものは到底手に入らない。


 私が欲しいものは、もっともっとヤバいものですから――



「……信じられない」


 驚いた声を出して、目を疑っている蒼姫さん。


 私が投げた最後の矢は、ユーリさんの首の横1cm隣に刺さっていた。


「同点ですが、距離は私の方が近いので、私の勝ちですね」


「ど、どうして、そんなことができるの? 私には人を殺めた経験もあれば、このゲームだって三度目だというのに……なのに、何で凛菜さんはそんなにも」


「私は人を殺したことはありません。ですが、たとえ人を殺してでも欲しいものはありますので」


 ゲームを終えると、どっと疲れが押し寄せてくる。

 緊張感からの解放……久しぶりに良い汗をかきましたね。


 こんなことは刺激の少ない一般学校では味わえません。

 蒼姫さんのおかげで、刺激のある楽しい時間を過ごすことができました。


「それにしても、あんな首横に投げて……もしもあと少しずれていたら首を傷をつけるどころか、頸動脈に入って殺していましたよ」


「そっちの方がスリルを楽しめるかなと思いまして」


「イかれているわ。どの3点も首横に投げていたのは、死を覚悟をしての挑戦だったなんて……お手上げよ凛菜さん」


 使用人の生徒は主人の上を行かないと頼ってもらえないから、蒼姫さんを超えることをしなければらない。

 ただ挑むだけじゃな駄目だったんだよね。


「じゃあ、もしよければ蒼姫さんの一番大切なものを教えてください」


「約束だから構わないわ」


 負けた方は一番大切なものを教えるというルールだった。

 スリルを楽しむ蒼姫さんのことだから、きっと知られたくなかったものに違いない。


「あれ? 血が……」


 慌てた声を出しているユーリさんを見ると、首筋から血が垂れているのが見えた。

 矢は刺さらなかったはずでしたが……


「どうやらダーツの矢の羽がユーリさんの首を薄く切ってしまったみたいですね。凛菜さんはギリギリを狙い過ぎてしまいましたね」


「え、えぇ~!!」


「残念ながら矢を当ててしまったので凛菜さんの得点はゼロとなり、私の勝ちですね」


 傷つけてはならないユーリさんの身体を傷つけてしまっていた。

 これは私の負けとなっても致し方ありませんね。


「ごめんなさいユーリさん」


「い、いや、もうなんか生きてるだけで満足です」


 ユーリさんは許してくれたが、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 そういえば静かだなと思っていたニコちゃんは隣で気を失っていた。


「それで、凛菜さんの一番大切なものは何なのですか?」


 私は他の誰にも聞こえないように、蒼姫さんに耳元に向けて小声で伝えた。


「あらま」


 意外な答えだったのか、蒼姫さんは空いた口を手で抑えている。


「あらまあらま」


「絶対に内緒ですよ蒼姫さん」


「ええ、もちろん。というか、その、凛菜さんも女の子なんですね」


「もしかして馬鹿にしてますか?」


「そんなことないですよ。なんか、凄い親近感が湧いたというか、とにかく応援したいです。凛菜さん可愛い」


 蒼姫さんがわちゃわちゃしながら手を合わせてきたので、私も合わせ返す。

 どうやら私の気持ちを少しわかってくれたみたいだ。


「凛菜さんのこと、ますます好きになってしまいました」


「私も私も。蒼姫さんといると楽しいです」


 手を握っては、握り返される。

 今はちゃんと中学一年生みたいなことしちゃってるかもですね。


「あ、あの、キャッキャウフフしているところ申し訳ないんですが、そろそろ私達を解放してもらえませんか?」


 ユーリさんにツッコまれ、わちゃわちゃタイムは終了することに。


 また今日もお兄様には話せないような、危ない橋を渡ってしまいました。

 私は悪い子なんですよお兄様――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る